何処までもやせたくて(56)怒られる体型


「このたび、写真家人生初の個展を開くことになりました。
若輩者ゆえ、まだまだ大した作品はございませんが、
足をお運びいただき、ご高覧賜れると、光栄に存じます」

Gさんからの葉書は、個展の案内だった。
ちょっと堅苦しいあいさつの下には、手書きのメッセージ。

「元気にしてますか?
僕のこと、覚えてないかもしれないけど(笑)
もしよかったら、来てみない?
風景の写真が中心だから、面白いかどうかはわからないけど」

話し口調そのままのメッセージに、半年近く前の記憶が甦ってくる。
ダイエットをテーマにした、ファッション誌の読者座談会。
写真を撮ってくれたのが、Gさんだった。

そのあと、摂食障害の噂があるモデルさんについて聞きたくて、
個人的に電話をして、いろいろお話をして・・・
でも、ダイエットについてはちょっと怒られたっけ。

「そういう君こそ、大丈夫?
何年か前にも、あの雑誌のダイエット企画に出てくれたあと、
拒食症になって、入院したコがいたから。
ホント、気をつけるんだよ。
今でも十分すぎるほど細いんだから」

だけど、それすら今は懐かしい。
また、怒られるかもしれないけど、行ってみようかな。

だって、すごい偶然だもの。
心に醜い贅肉がついた気がして、
本を読んだり、映画を観たりすることの必要を感じてた矢先の、こんなお誘い。
神様からのプレゼントかもしれない。

葉書に紹介されている作品も、なんとなく私好み。
冬の湖が写ってるだけのシンプルなものだけど、
淋しげなのに、不思議と落ち着く。

気がつくと、古い履歴から、Gさんの連絡先を探し、電話をかけていた。

「あれ? お久しぶり。どうしたの? 
あ、そうか、葉書、届いたんだね」

懐かしさとともに、ちょっとドキドキ。
男の人と話すなんて、いつ以来かな。

「はい、届きました。
個展なんて、すごいですねー。
私、伺ってもいいですか」
「もちろん! でも、大した写真、ないからさ。
あまり期待しないで。
場所が銀座だから、ついでに来る感じぐらいがいいと思うよ。
ショッピングとか、食事とかのついでに。
・・・もしかして、まだダイエットしてるの?」

いきなり聞かれ、口ごもる私。

「なんか、ずっと気になっててさ。
最後に話した時点で、すでに心配な感じだったから、
あれ以上やせてたら、やばいんじゃないかって」

「秘密です。また、怒られそうだから」

「・・・・・・」受話器越しに、ため息が聞こえる気がする。

「あ、でも、元気でやってますから。
それより、すっごい偶然で、ビックリしました。
ちょうどね、芸術とかに接したいなぁって思ってたところなんで。
ダイエットばかりしてると、心が干からびちゃうから、
キレイなものを見て、栄養与えなきゃ、って。
だから、怒られても行きます!」

「いや、怒るつもりなんてないよ。
あのときだって、怒ったわけじゃないんだけど・・・
まぁ、とにかく、僕の写真、心の栄養になるかどうかはわかんないけど、
会えるの楽しみにしてるから。
それとさ、ちゃんと食べてないと体だって干からびるんだからね。
最低限の栄養は摂ってほしいな。
お説教じゃなくて、常識として、ね」

「はい、わかりました。
頑張ってみます」

素直に答えた自分が、ちょっと意外。
それから、二言三言会話して、電話を切ったあとも、
そのすっきりした気分が持続してる。

やせたモデルさんを見慣れてるGさんが、心配してくれるくらいだから、
私、太ってはいないのかもしれない。
それに、今はもっと体重減ってるんだし。
Gさんの言うように、最低限の栄養を摂る、っていうのは常識なんだよね。
今の体力じゃ、銀座まで往復するのもひと苦労だもの・・・
よし、夕ごはんはちゃんと食べるぞ!

冷蔵庫の中を見て、豆乳鍋を作ることに。

できあがるにつれて、湯気とともに、おいしそうなにおいが台所にたちこめてくる。
そろそろ、食べごろかな。

と思った瞬間、電話の音。

イエ電にかけてくるなんて、どうせ、セールスか何かだろうけど・・・
火を止め、電話をとると、聞き覚えのある声だ。

「もしもし、お姉ちゃん?
なんで、メール返してくんないのよー。
しびれ切らして、ケータイかけても、つながんないし。
もう、わけわかんない!」

そういえば、さっき、電車に乗るとき、着信音を消音にしたままだっけ。
メールにも、全然、気づかなかった。

それにしても、妹の恵梨、なんでこんなにキレてるんだろ。
もともと、声も大きいし、ズケズケとした物言いをする子で、
私はそれが、ものすごく苦手なんだけど・・・
今日は、いつにも増して、という感じ。

だいたい、ふだんは自分が行方不明になって、
親を心配させるほど、遊び歩いてるくせに。
私に連絡してきたのだって、3ヶ月ぶりぐらいじゃない?
いったい、何の用なんだろ?

すぐに連絡がつかなかった事情を説明しながら、ケータイのメールをチェックすると、
たしかに、2時間のうちに3回も届いてる。

その内容を見て・・・

血の気がひいた。


#小説 #痩せ姫 #拒食 #ダイエット



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