何処までもやせたくて(68)病気を認める勇気


「私、病気なんでしょうか?」

自分でした質問に私が驚いたほど、相川さんは驚いた様子ではない。

「うーん、私の意見を言う前に、またひとつ、聞いていいかしら。
あなた自身は、自分のこと、どう思ってるの?」
「自分のこと・・・ですか?
そうですね、病気、とまではいかなくても、
調子がよくないのは、認めざるをえないかな、って。
疲れやすいし、体のあちこちが痛いし、それに・・・」

一瞬、言おうかどうか迷ったけど、
「最近、おかしいんです。
ダイエットを始めて以来、食生活、それなりにコントロールできてたのに、
突然、過食みたいになっちゃったりして。
それが、すごく不安で・・・」
一番、気になってたことを口にした。

「そっかー。それって、つらいよね。
でも、私はちょっと安心したかな」

「安心・・・ですか?」

「ええ、まあ、それはそれとして・・・
さっきの質問に、答えるね。
私は新米だし、まだちゃんと治ってはいなくて、
あなたのようなケースを担当するには未熟な立場だから、自分の意見は言えないけど、
今のあなたを、専門家が診たら、全員が病気と診断するんじゃないかしら」

そうなんだ・・・
なんとなく、覚悟してた反応だけど、なんか、イヤだ。
そんなの、認めたくない。

「でもね、専門家がどうこうより、大切なことがあると、私はあると思うの。
ちょっと長くなりそうだけど、聞いてくれる?」

穏やかな笑顔のまま、それでいて、目には厳しさが宿ってる。

私がコクリとうなずくと・・・

「じゃあ、言うね。
病気かどうかは、あなたが判断することだと思うの。
たとえば、風邪をひいたとき、重いのか軽いのか、
自分で考えて、対処法を決めるでしょ。
早めに寝たり、薬を飲んだり、病院に行ったり。
それと同じで、体調が悪ければ、その状態を自分で考えて、
対処法を決めればいいと、思うのね。
健康なら当たり前にできることが、できなくなっていないかとか、
体重や摂取カロリーが、標準と比べて、少なすぎないかとか、
冷静になって、いろいろ考えてみると、
自分がどれくらい体調が悪いのか、その原因がどこにあるのか、
何か、気づけるかもしれない。

冷静さだけじゃなくて、想像力も必要かしらね。
ダイエットをする前のあなたが、今のあなたを見たら、どう感じるか、
なんてことを、想像してみるの。
そして、やせたことで、得をしたことは何なのか。
体調が悪くなってても、やせたい気持ちがなくならないのは、
やせることに、何かメリットがあるからでしょ。
もしかしたら、あなたを苦しめてるものの正体が見えてくるんじゃないかな」

相川さんは、ふーっと息を吐き、厳しさの消えた目で、笑ってくれた。
私も、張り詰めていたものがほぐれ、ふーっと力が抜ける。

なんだろ、この気持ち。

砂漠のなかで、オアシスに出会った感じ?

いや、その逆かも。
梅雨どきのじめじめした空に、爽やかな光が射したみたい?

いずれにしても、すごく気持ちいい。
しばらく、この気持ちよさに身をまかせていたいけど・・・
私も、何か、言わなきゃ。

「あの・・・うまく言えないんですけど、なんか、今、
相川さんのおっしゃってることが、私のなかにスーッと入ってきて。
不思議なくらい、楽になれてるんです。
病気なのか、どうか、自分でじっくり考えてみますね。
もし、それで、やっぱり、病気なんだ、ってことになったりしたら、怖いけど・・・」

「うん、怖いよね。
でも、風邪だって、どんな病気だって、自分で気づかないと、なかなか治せないから。
そのときは、病気を認める勇気、持ってほしいな」

病気を認める勇気、か・・・

「わかりました。
そのときは、相川さんに報告していいですか。
カウンセリングは、担当してもらえないみたいだけど・・・」

「そうね。担当はできないけど、何か、アドバイスならできると思うから。
手紙でも電話でも、報告してくれると嬉しいな。
あ、それと、じっくり考えるのはいいけど、
体調よくないみたいだから、無理しないようにね。
徹夜とか、プールで泳ぐとか、絶対、しちゃダメだよ」

いつもなら、鬱陶しく感じるような言葉も、なぜか、自然に受け止められる。
私のこと、わかってくれた上で、本気で心配してくれてるからだ。

そのとき・・・

「入っていいかな?」
Gさんが、戻ってきた。

手に、コンビニの袋を持ってる。


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