何処までもやせたくて(1)ちゃんと食べない!


「ちゃんと食べてる?」

母からのメールに、そのフレーズを見つけた瞬間、浮き浮きしていた気持ちが一気に落ちた。
ちゃんと食べたくないから、一人暮らし始めたのに。
何も新生活がスタートして早々に、そんなこと言ってこなくてもいいじゃない、って。

でも、メールだけならまだマシか、と思い直してみる。
かれこれ二年以上も、そういう言葉、聞かされ続けてきたから。

ちゃんと食べてる?
ちゃんと食べたの?
ちゃんと食べなさいよ!

そのたびに、私は不機嫌になり、ときにはケンカした。

きっかけは、高1の冬に始めたダイエット。
生まれて初めて、50キロを超えたのがショックで、必死に頑張った。
おかげで、夏休み明けには35~6キロになり、
友達からは「すっごいやせたねー」と言われた。

中には、心配する人もいたけど、生理が止まったこと以外、体調は問題なし。
むしろ体が軽くなって、いっぱい動けたし、勉強もはかどった。

身長は160センチだから、雑誌のモデルとかなら十分いそうな体型だし、
ガリガリって感じではなかったと思う。
だから、もっともっとやせるつもりだったのに・・・

母は私を、無理やり病院に連れて行き、入院させて、強制的に太らせた。
三ヵ月後、46キロで退院。
しかし、やせていった頃が天国だとすれば、それからの日々は地獄だった。

どれだけ食べたか、体重が減ってないか、母に監視され、
やせたい気持ちを押し殺しながら、デブになった自分を鏡で見ては、泣いた。

そんな日々にかすかな光明が差したのは、東京の大学に行こうと思い立ったとき。
実家を出て、一人暮らしを始めれば、自由にやせることができる。
母は当然のように反対したが、東京の大学にしかなさそうな学科を探し、
懸命に説得、というより、懇願して、認めてもらった。

本当の狙いがバレないよう、やせたい気持ちがなくなったように演技して。
母の前ではなるべく食べるようにしながら、学校では絶食、ときには下剤も使って、調節した。

もっとも、母が全面的に騙されているとは思えない。
一刻も早く、やせる生活を始めたくて、
私が三月初めから東京に住むと言い出したときも、難色を示していたし。
新しい環境に慣れておかないと、四月からのことが不安で、と、
これも懸命の説得と懇願で、しぶしぶ認めてもらった。

食べることにうるさいことを除けば、けっして嫌いではない母を騙していることに、
後ろめたい思いがないわけじゃない。
でも、私には、やせることのほうが大事。

だから「ちゃんと食べてる?」のメールは、削除することにした。

ちゃんと食べていたら、やせることはできないのだから。


#小説 #痩せ姫 #拒食 #ダイエット



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