見出し画像

「天使になりたかった少女」

「天使になりたかった少女」(キム・アンティオー 主婦の友社)。発売前に新聞の書評で知って、出たらすぐ買おうと思ってたのだけど、昨日ようやく入手して、一気に読んだ。
読後の印象は、なんとも不思議な感じ。あの「鏡の中の少女」みたいに、現実的なタッチではなく、幻想的な空気も含まれているので、読み終えたあと「あれっ」とか「へぇー」みたいな気分になる。でも、その分、いろいろ考えさせられ、イマジネーションもかきたてられるというか・・・あまりないタイプの小説、かもしれない。
新刊なので、ストーリーをまるごと紹介するような暴挙はしないが、表題について、少々。これは、拒食になり始めた主人公が、飛び出してきた自分の肩甲骨を見て、天使の翼が生えてきたみたいに感じ、
「私は天使になるんだ。だから、何もたべなくていい」
と、思い込むところから来ている。
もちろん、彼女はいたって本気。そこには、それまでの成長過程で刷り込まれた「誰かの役に立たなくてはいけない」という強迫観念が関係していて「天使になれば、みんなを助けられる」と、彼女は考えるわけだ。
と同時に、この病気にありがちな「やせること」を正当化するための、懸命な動機作りというものも垣間見える。というのも、摂食障害において、ダイエットは「原因」ではなく、それ自体が「症状」なのだ、という解釈が存在する(つまり、行き過ぎたダイエットによって病気になるのではなく、行き過ぎたダイエットができてしまう時点で病気なのだ、という意味だ)。
それゆえ、患者は行き過ぎたダイエットを続けるための、口実を見つけなくてはならない。ある段階を超えると「きれいになりたい」だけでは、自分も周囲の人たちも納得できなくなるから。その口実とは「体が軽くなって気持ちいい」とか「頭が冴えて作業の能率が上がる」とか「自信がつく」「心配されたい」「学校や会社から逃避したい」「大人の女性でいたくない」などなど、とにかく、さまざまだと思われるが・・・この主人公の場合は「天使になりたいから」だった。
そんな少女が「普通の人間」に戻っていくための葛藤を描いたのが、この作品だ。
で、最後に個人的感想をひとつ。摂食障害の女性って、どこかしら「天使」的なところがあるような気がする。天使のイメージには「軽さ」「清らかさ」「善良さ」「純粋さ」「あどけなさ」といったものがあり、そういうものに憧れ、また、実際にそういう要素を持っている方が多いというか。
でも、どんなにやせたところで、本物の天使にはなれない。もし、天使になりたくて、ダイエットしている人が実在したら、人間のまま、天使みたいに生きることを選んでほしいものだ。そういう生き方、きっと可能だし、天使に憧れる時点で、十分、天使に近づけてるはずなので。


(初出「痩せ姫の光と影」2010年10月)


正確には、07年にgooブログで書いたものを載せ直したものだが、きっかけはこんなコメントだった。
「そういえば、以前レベンクロンの小説を教えてもらった後くらいに『天使になりたかった少女』っていう別の本の話も出ましたっけ? この間、図書館でタイトルだけ見てなんとなく借りて、今途中まで読んでみたんですがどうも食事を食べない女の子の話みたいで。その女の子は、自分のことを天使なんだと言っていて『肩甲骨が羽に見えるでしょう』って言い回しがあって
それを読んだとき、どこかで聞いたような気がして・・・別サイトの方で確かめようかと思ったんですが、記事削除してあったので あたしの思い違いですかね?」
この痩せ姫とはgooブログ以来のつきあいで、いろいろとやりとりをさせてもらった。痩せ姫=天使、肩甲骨=天使の羽という、今ではかなり浸透してきた(?)イメージも、このあたりから固まっていったのだなと、しみじみする。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?