何処までもやせたくて(52)間違えた計算


「先生、わかった!
どこで間違ったか、私、わかったよ」

彩華ちゃんの無邪気な声。
数学の問題を解こうとして、答がなかなか合わず、二人で悪戦苦闘していたのだけど・・・

「ほら、最初に2乗するのを忘れてたんだよ。
先生も私も、途中で間違えたと思ってたから、すぐにわからなかったんだね。
最初っから、こんなうっかりミスしてるんじゃ、答、合うわけないや」

ホントだ、ただのうっかりミス。
でも、だったら私、なぜすぐに気づかなかったんだろ。
いや、そっちのほうの答は簡単。

私、今、頭が全然働いてなかった。
計算があわない理由を必死で考えてるのに、途中から、頭がボーっとして、思考停止状態。
最近、大学の講義ではよくあることだけど、カテキョでは初めてだ。

「先生より先に気がつくなんて、私も少しは進歩したのかなぁ」

さっきと同じく無邪気な口調だけど、今度はちょっとカチンと来た。

彩華ちゃんの成績は、中の上ぐらいで、しかも、数学は大の苦手。
そんな子に負けるなんて、私は中3以下のレベルってことじゃない!?

「そうだね、彩華ちゃん、最近、頑張ってるもんね。
私、学部が文系でしょ。
大学に入ってから、数学なんてまともにやってないんだよね。
なんか、頭、悪くなっちゃったみたい」

冗談めかして、切り抜けるつもりだったのに・・・

「先生、あんまり食べてないからじゃない?
私、少しでも頭がよくなれば、と思って、魚とか、毎日食べてるよ。
特にマグロやカツオには、DHAっていうのが含まれてて、脳の働きをよくしてくれるんだって」

想定外、しかも、ショック。

同じような言葉、一年前には、母親から毎日のように聞かされてたから。
高2でやせて、入院で元に戻され、憂鬱な気分で受験勉強をしていた高3の頃。

「野菜ばっかりじゃなくて、お魚とかも食べなさいよ。
頭、よくならないよ。
それでなくとも、入院で勉強遅れちゃったんだし」

もちろん、魚のDHAが脳の働きにいいことぐらい、私だって知ってる。
でも、動物性のたんぱく質や脂肪は極力避けないと。
マグロやカツオなんて、絶対ダメ。

不意に、涙がこみあげてきた。どうしちゃったんだろ。

あ、この感じ、あのときと似てる。

ファミレスのバイトをしてた頃、お客さんに渡すお釣りをうっかり間違え、パニックに陥って・・・

「やせすぎて、脳にも栄養行ってないんじゃないの?
頭の中も、ガリガリだったりして」
お客さんに怒鳴られ、涙が止まらなくなった。

あのときはただただ怖かったけど、今はただただ情けなくて。
やっぱり、涙が止まらない。

「どうしたの? 先生、大丈夫?
私、何かひどいこと言っちゃった?」
おろおろする彩華ちゃん。

「・・・・・・ううん、彩華ちゃんは何も悪くないの・・・
ちょっとね、つらいこと・・・思い出しちゃって・・・
ごめんね・・・なんか最近、すぐ泣いちゃうんだよね・・・」

「あ、だったら、思い切り泣いて、すっきりさせたほうがいいよ。
気持ちがおさまるまで、私、自分で問題集やってるからさ。
でも、最近の先生、やっぱり心配だな。
階段昇るのもつらそうだし、顔色もよくないし。
増やすって言ってた体重だって、全然増えてないよね。
あのね、もうちょっと・・・」

何を言いたいのか、ピンと来て、思わずにらみつけるような顔をしたせいか、
彩華ちゃんは、言葉を飲み込んだけど。

「もうちょっと、太ったほうがいい」
って、言いたかったんだよね。

心配してくれるのは嬉しいけど、ダイエットの邪魔されるのは鬱陶しい。
私を太らせようとする人は、みんな、敵。

結局、私の気持ちはへこんだままで、彩華ちゃんはずっと自習するハメに。
予定時間の半分以上も、無駄にしてしまった。

カテキョ、失格。
なんとか、立て直さなきゃ。

帰る途中、スーパーに寄り、食べられそうな魚関係の食品を探す。
ダメだ。
カロリーも、脂質も高すぎ。
なかなか見つからない。

最終的に、おつまみコーナーにあった、いわしの丸干しを買ってはみたものの、
こんなオヤジっぽい食べ物で、頭、よくなるのかな。

家に着き、お風呂のお湯を溜めていると、メールの着信音。
彩華ちゃんからだ。

「先生、少しは元気になった?
さっき言おうとして言えなかったこと、勇気出して言うね。
やっぱり、今の先生、やせすぎだと思うから、ちゃんと食べてほしいんです。
このままじゃ、私、心配で心配で。

初めて会った頃の、キレイでスタイルがよくて、彩華の憧れだった先生に戻ってほしい。
あの頃の先生、モデルさんみたいに輝いてたんだもん」

やっぱり、複雑でビミョーな気分。
結局、太れってことじゃない。
それに、今の私は、醜くて、スタイルも悪くて、憧れの対象にならない、ってことだよね。

でも、彩華ちゃんが言う通り、あの頃の私が今より輝いてたとしたら・・・
途中のどこかで、ダイエット、やめとけばよかった、ってこと?

だけど、今の今まで、自分の体型に満足できたことなんてないのだから、
それは、無理な話。
輝きたくて始めたダイエットでもあったはずなのに。
私、どこかで間違っちゃったの?

もしかして、さっきの数学の問題みたいに、最初から間違えてたとしたら・・・


#小説 #痩せ姫 #拒食 #ダイエット




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