駅に向かうバスのなかで

一昨年の年明けのこと。 その年は雪のちらつく日が多かったが珍しくその日は小春日和だった。急遽、娘と一緒に下鴨神社に出向くことになり、京阪バスに乗った。  そこそこの混雑の、シルバー席が一つ空いていたので 素早く座ろうとするけれど、分厚いオーバーのすそが邪魔してなかなか座れない。  「ごめんなさいねえ。あ~、どっこいしょ!」と腰を落ち着けたた時、「今日はお天気でよかったな~」と突然声をかけられた。誰か?と 思ったら隣の席のおばあさんだった。「そうですねえ。よう晴れてて気持ちが いいですねえ」と言いながら、座り直して、おばあさんの 前に置かれている買い物キャスターを見て内心驚いた。そのキャスターには 年季が入っているなあと思われる汚れた小さな動物のぬいぐるみや人形が幾つも付いていた。  それを見て、突然 ある人の言葉を思い出した。「いっつも汚れた派手な服着て、いっぱい何かぬいぐるみのついてるカゴをひっぱってるあのおばあさんに捕まったら、話聞くの大変よ~」そうなんだ!そのおばあさんの隣に座ってしまったことを 少し後悔したとたん、又声がした。「ほら、みんな木の葉っぱが 落ちてしもうて、、」とバスの窓の外を 指でさし示す。丁度信号でバスが速度を落とし始めた時「これなんか、全部桜やねん。奥のは梅やけど まだ咲いてへんな~」車窓を眺めながらの会話は なかなか情緒があるやん!と私は思う。再度おばあさんのキャスターを見た。これは 相当年季が入っているとみられ、ずいぶん汚れている。横を向いて覗きこむとと、かわいい猫の絵柄のテープで色々な布を縫い合わせて作られたベストが目に入った。パッチワークというセンスの良さはないけれど、かわいい!と思ったので「かわいいベストですねえ」と、私が思わず言うと、ニッコと笑って、「この前、検査に行ったら どっこも悪いとこないって言われて、先生が『カルテに何も書くことないなあ』って言わはったんで『そうですか~、私 どっこも悪いとこないかもしれへんけど、この顔だけ悪いですね』っていうたら、先生が私の顔をジーと見て『そやな~、よう こわれとるな~』って言わはったから、私言いましてん『先生は藪医者か!』って。そんなら先生が『私はセキ医者です』って言わはったんやでえ」このおばあさんから こんな面白い話が聞けるやなんて、、「なんや、漫才みたいやねえ」私が笑うと、おばあさんは続けた。「そんで『あんたは口動かさんと、指先動かしなさい!』って。そんで、これ作ったんえ」と、ユニークなベストをひっぱって見せた。「私なあ、35才で主人に死なれて2人の息子を育てたんや」「へえ、偉いねえ。大変やったやろ」私はおばあさんの顔を除き込んだ。おばあさんは 首を縦に振りながら「大変やった。朝昼晩と仕事掛け持ちでなあ。しんどかった。けど、今こんなしてバスに乗れるんは、息子がバス券買うてくれるさかいや」と誇らしげに回数券を見せた。私は回数券を見ながら「ふ~ん、ええ息子さんやねえ。がんばった甲斐があったねえ」とつくづく言う「そやねん、そやからこうして駅まで出て一日過ごせるねん」おばあさんはキャスターのハンドルに肘をかけ、数回ゆらした。 「ありがたいねえ」私はおばあさんの満足を代弁した。するとおばあさんが急に「で、おねえちゃんどこまで?」と聞いて来た。一瞬、おしゃべりに没頭してたので戸惑ったが「京都まで」と言って、下鴨神社までとは言わなかった。そんな細かいところまでいう必要がないと思ったから、、。「ふ~ん」考え深げにおばあさんが返事をするのを見て、私は言った。「お姉ちゃん言うてくれて、ありがとう。実は私、相当なおばあちゃんやねん」と笑って窓越しに目をやる。バスは直角の道路をゆっくりと曲がり、駅のロータリーに入るところだった。「いや~、もう駅に着くわ。しゃべってたら早いね~」と言う私。「ほんま、早いなあ。楽しかったわ。ありがとう」おばあさんが頭を下げた。「こちらこそ、気いつけて楽しんできてね」「ふん、又 会えたらええなあ」「ほんまに、ほんまに!」私はこころの底からあたたかくうなづけた。

あれから、どうしてられるのか?一向に 見かけなくなった。コロナのこともあり、私自身出かけることが めっきり少なくなったのもあるけれど  どうか、ご無事でありますように!

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