抱っこ

＜ニャンの爪切り＞

ど～も、爪切りは苦手！　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　いつも、私は　ニャンの前足を　ぷにゅぷにゅしながら思うのだ。　　　「それにしても、娘は　上手にニャンの爪を切っていたなあ～、どうして、私は　切れないのかなあ？」　窓の外を見ているニャンの爪を触りながら、今日は切らなきゃ～！と、そっと爪切りを持ってくる私でした。

「ニャン！抱っこしたげよ～ね！」と　猫なで声を出すのは　いつも、私の方。もう、切り損ねて半年以上になるのに　まだ　前足の二か所と後ろ脚の左右一か所づつ。ほ～っておけば、ちょっとした拍子に　私のどこかが傷つく。ニャンに　悪気はないことは　解っているけれど…　その傷は　小さいけど、これが　あんがい痛いんだ！　それに、ほおっておけば、伸びてニャンの肉球を　傷つけるらしい。獣医さんに連れて行きたいけれど、籠に入れるのが　これ又大変なこと！　以前飼っていたゴールデンレトリバーの爪は　平気で切っていたのに…と　ため息が出るばかり。　　　　　　　　　　　いつも、「どうして娘はニャンの爪切りを　こともなげに上手に出来たんだろう？」と　考えている。と、ある時　それは「抱っこ」に原因が　あることがわかった。

「抱っこ上手」な娘は　保護猫の「抱っこ嫌い」のトラウマを　上手に取り除いたのだ。　しかし、私は「猫は　あんまり…」というのが　足を引っ張っているのだろうか、どうも　うまくいかない。「抱っこ」の時点で逃げられてしまう。　まあ、要は私自身「猫が怖い」のだ。　こわごわ抱っこするから　ニャンも怖い！　そういうことで、今だに爪は　切れていない。

＜大工さんの　おかみさん＞

「抱っこ」のことで　思いだすことがある。　姉から聞いた話だけど…。　　　　　　　　　　　　　それは、私がまだ２才になる一か月前に　妹が出来た。　妹が一か月を迎えた頃、私はまだ２才になっていない。母親の温もりがほしい時期にも　母は妹に　かかりっきりになっていなければならない。　私が生まれたのは昭和１８年２月、妹が生まれたのが昭和２０年１月。敗戦間際のそして終戦直後の生活の苦しい時期だ。　何処へ行くのも、母は妹をオンブして、私はその後ろを　クシュン！クシュン！と　泣きたい気持ちをこらえて歩いていたそうだ。それを見かねた近所の大工さんの女将さんが　「抱っこしてほしいんやろ～？」と、大きな丸太のような腕で　ヒョイ！と私をかかえ抱っこしてくれ分厚い脂肪のお腹とともに、フ～フ～言いながら付き添ってくれたそうだ。その頃、京都御所の近くに住んでいたらしいが、私は全く記憶にございません。今更ながらその人に「ありがとう！」と　お礼を言いたいけど…　

＜自転車屋さんの　ハルちゃん＞　　

私が小学校4年生位の頃、近所に　自転車屋さんがあった。当時、自転車は時代の先端を行っていたので　羽振りも良く、一人娘のハルちゃんは　とても可愛かった。私に妹がいたはずなのに、私は2年生になったハルちゃんを妹のように可愛がっていた。　ある夏休みの夕方、私はハルちゃんを抱っこしてハルちゃんは　「くすぐったい！」と　笑いながらもがき　ふざけていたその時，私の腕から　ハルちゃんがフッといなくなって、ドスン！と、音がした。見ると、ハルちゃんが　アスファルトの上でうずくまっている。「だいじょうぶ？」すぐにハルちゃんは「ウン」とうなづきおきあがったが唇から血が流れていた。その口元を見て驚いた。前歯が一本折れていたのだ。　それから、私は　すぐ、ハルちゃんの家に行き、ハルちゃんのお母さんに　抱っこして落としてしまったこと、前歯を欠かせてしまったことを　話して「ごめんなさい」と頭をさげて謝った。それに対して　ハルちゃんのお母さんの　まるいお顔の赤い唇が　おおらかに許してくれたことを　断面的に思い出す。よくぞ家に苦情が来なかったものだ。と今更ながら　こころの広いご近所さんだったのだなあ。と思う。それからというもの、私はだれも抱っこをしなくなった。いつ頃だったか、自転車屋さんが　引っ越され、その後のハルちゃんの歯がどうなったかは、気になりながらも何年も過ぎていた。　

私が　市バスに乗っていた時のこと、偶然　ハルちゃんを見かけた。私はすぐに声をかけた。「ハルちゃん！ハルちゃんやねえ！懐かし～いわ、今どこに行くの？」ハルちゃんは覚えてないのか、曖昧な返事をして笑った。その時私は　ハルちゃんの真っ白できれいな歯が入っているのを　見たのだ。「あの時はごめんね。気になってたんやけど、きれいな歯がはいったんやね。安心したわ。お父さんお母さんによろしくね！」それを言うのが　精一杯だった。　そのバスを　ハルちゃんが先に降りたのか、私が先に降りたのかは　覚えていないけど、あの時のハルちゃんの笑顔は　いまだにはっきり覚えている。