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人生最後の発表会”踊りあかそう!”

高校音楽クラブからの友人であるT子ちゃん

高校2年の文化祭の時、オペラ「牛若丸」をやった

その時のプリマドンナだったT子ちゃんから 電話がきた

「あんなあ、ヤマハの音楽教室で10月22日発表会があるねン
私もこの歳やろ、来年出られるかわからへんし、聴きに来てくれへん?」

彼女は同学年だけど4月生まれなんで もうすでに81才になっている。

「そやなあ、来年どうなってるか? 誰にもわからへんもんな!
偉いなあ、独唱やろ? どんな曲歌うん?」

「ほら、00(私のニックネーム)も知ってると思うけど、マイ フェアレディの『踊りあかそう』やねん」

「あ~ あれか! ララララ~ララ ララララ~ララ♬」と 口ずさむと

「それそれ、それやネン!」と 彼女

「去年の発表会のスマホで見せてもろたやん、ロングドレスで… 確か石川啄木の歌やったなあ、『砂山の砂に~』」と 私が口ずさむと

「いや~、よ~覚えてくれてたんやなあ!」

「そんなん、忘れるかいな!」

「この時は神戸であったんで、遠いところ来てもらうの気の毒やと思うたから 声かけへんかったんやけど、今年は00も知ってる古川橋の【ルミエーホール】やから… それに 最後になるかも知れんし…」

「ホンマこの先 どないなるかわからへんもんナ、そやからT子ちゃんの【生声】聞いておきたいわぁ、 行くへ! いや~、楽しそうやなア、
そんなんやったらクラブの子に声かけてみるわぁ」

「そんな大げさなことでもないんやけど、00には聴きに来てほしいと思うて電話したんや」

「私、みんなに連絡とってみるわ!」

「そうかあ、悪いなあ、開演は1時半からやけど、私が何番目に出るかが
はっきりしたら連絡するわ、なんやバイオリンもフルートの演奏もあるらしいし…」

「きっと、T子ちゃんは大御所やから後の方やと思うわ!」と言うと

「そんな大げさなぁ・・・」と大きく笑った。

「いや、年齢からしても大御所やんか!」というと、急に真面目になって

「そやな!」と同意して「最後に歌わはる人は いつも一緒に行ってる人で
ちょっとだけ年下なんやけど オペラのアリアなんかを もうそれはそれはうわ~ッと歌わはるねんよ」と 言った。


 その後、メールという便利なものがあるので、すぐ 音楽クラブの仲良しメンバーにメールを打った。
しかし、10月という季節は みなさんお稽古ごとの発表会があって、結局「行く」と言ったのは一人きりだった。

 その「行く」と言った同級生は男子で 京都から出たこともなく、平々凡々と幸せな暮らしをしていたせいか、本人は「どこへでも 行きまっせえ!」と張り切るが ちょっと他県に出るのは心もとなく、同窓会も奥さんに同伴してもらっている。
 特に最近、物忘れがひどくなったらしく、認知症の始まりか?と心配した私は「いつも行ってるお医者さんに紹介状を書いてもろて、大きな病院に『物忘れ外来』という所があるから、一回行ってみたら?」と勧めた事が
以前にあった。その時は「軽い症状ですから、お薬を出しておきましょう、けど、誰から『物忘れ外来』のこと知ったんです?」と聞かれて「『同級生から教えてもろたんです』と言うたら、先生あんたのこと褒めたはったえ」とのこと。
たまたま知ってただけで お役にたってよかった!

 みんなに声をかけた時も、奥さんとご一緒と見込んでいたところ
お茶を教えている奥さんが この日はお弟子さんを連れてどこえやら行かねばならぬ!とのこと、奥さん曰く「連れてもろたら行けますえ」と言われて私が一緒に行くことになった。
 高校の時もその後も 二人っきりで出かけたことなんか、一回もあらへんかったのに…
えらいこっちゃぁ、こんなんやったら誘わへんかったらよかったかなぁ…?

けど、断るわけに いかへんし…
ま、ええわ、 面倒見ましょ!
その日まで、調べておかねばならないことがある。
それは スマホも携帯電話も 持っていないちょっと頼りないおじいさんとピッタリ会うには・・・

 パーマをかけに行った時、京阪電車の案内窓口へ 飛び込んだ。
「ちょっとお聞きしますけど 古川橋の『ルミエール』に13時30分に着きたいんです。三条京阪から私と同い年のおばあさんが乗って来て、枚方市駅で待ち合わそうかと思てるんですけど、三条駅を何分の特急に乗ったらいいですかぁ?」
京阪の帽子を被った小太りの男性が
「【古川橋】ですかぁ?」と何やら地図らしきものを広げながら
「2回乗り換えてもらわな あかんですなぁ」ふんふんと首を振りながら「【萱嶋】か【守口】いや電車によっては【門真】・・・」と言いながら
その電車の線路らしき無数の線が ふにゃらふにゃら入りまじっている地図を覗き込んでいる。と、時刻表を見ていた横の制服のお嬢さんが 
「京阪三条12時39分の快速急行があります」とそつなく言ってのけた。
どれどれと言う感じで 時刻表を覗き込んだ彼が「あ!」と小さく叫んで
「【特急】と 違いますよォ!12時39分の【快速急行】です。どこで待ち合わせしたはりまの?」と 聞かれるままに
「この駅のホーム、一番前の列車の一番前のドア辺り」と答える。
「あ~、一両目ですか?それなら 安心ですね。【枚方市駅】13時08分に着きますからお客さんは それに乗らはったらええですわ、それに乗って次の駅【香里園】で【普通】に乗り換えてください。【香里園】に着いたらもう普通が止まってますから、それに乗ってください。それに乗ったら【古川橋】まで行きます」
私は 急いでメモ帳を取り出した。
「ちょっと、メモしますね! 年寄りやからメモしとかんと!すぐ、忘れる友達もお婆さんやから、そこまで教えてもらえると助りますわぁ、ありがとうねえ」すると、ご親切にも
「三条から古川橋まで410円です」と、運賃まで教えてくれた。
[Icoka]を持っていない者には 運賃表を見るのも大変なこと!
なんと、なんと有難いこと!

 一緒に行くのは おばあさんでなく、80才のおじいさんだった。けど 何となく、おじいさんと言えず おばあさんと言ってしまった自分が可笑しかった。その同級生は こともあろうに、携帯電話を持っていない。今更 持つほどでもないけれど、こんなときに携帯電話があると便利なんやけど、持ってないのは しようがない!
電話で伝えるけれど、きっと覚えてらへんと思ったから、「奥さんにメールすると言っておいて!」と私は告げた。

それから私は奥さんに
「いつもお世話になっております。10月22日(日)T子ちゃんの発表会の日の電車の時間をお知らせしますので、お手数ですがご主人に紙に書いて渡して頂きたくよろしくお願いします。(中略) 枚方市駅で合流します。
T子ちゃんの出番まで居ることになりますが、帰りは枚方市駅から特急に乗り込んだ時点で、ご連絡します。のでよろしくお願いいたします。」

すると、
「こちらこそ、いつもお世話になっております。22日の件確かに伝えておきます。当日はお世話になるかと思いますがよろしくお願いいたします」
と すぐに返事がきた。


 当日は 文句なしの秋日和だった。
少し早い目に出かけたバスは混んでいた。私は 座れたけれど次のバス停からゾクゾク乗客が増え、ラッシュ時の混雑ぶり やはり いい季節の秋日和のせいかもしれない!と 思っていると、急に赤ちゃんがぐずり始めた。
大勢のなかで 赤ちゃんがどの席にいるのかもわからず、ますます大きくなる赤ちゃんの声にお母さんの焦りが伝わってくるようだった。
なんとか枚方市駅に到着して、ぞろぞろ人が降りはじめたそんな時に一人の男性が 無言の合図の動作で バギーを持ち上げた。
「すみません、ありがとうございます」という 若いお母さん、
まだ降りてない乗客が 一斉に注目する。
男性はさッとバスを降りて、バギーを置くとジェスチャーと共にさわやかな笑顔でいうように「ここに置いておきますから!」と、「ありがとうございました」という美しい声を背に改札口に消えていった。

あ~、朝からいいものを見せていただいたなあ!
見てる方も さわやかな気持ちなる。
早ように出て来てよかった!
あの青年 恰好良かったけど、あの行動で 余計「恰好ええハンサム青年」に見えたなあ! 不思議なもんやなあ⁉

 時間にゆとりがあるので気持ちもゆとりがあるからか、私はフと思い出したように 改札口から案内窓口の方へ行って、制帽のマスク姿の駅員さんに
「この前、親切に時刻表を見てくれたの、あなた?」と、聞いていた。
「いえ、ちがいます」
「マスクと帽子で わからへんかったけど、親切やったんで、お礼言いたいと思うてきたんやけど、『ありがとう』て言うといてね!」と言い残して私は ホームに上がった。

が、あれ? なんか変!
私は 一瞬 躊躇した。
あ~、私 今日は大阪方面のホームに来なあかんのに・・・
何時も京都方面ばっかり使ってるんで、自然といつものホームに来てしもたわぁ…!
心のなかで にやにやしながら、階段を降り直し
やっぱり、早めに出て来て正解やったなあ と 思った。

30分も早く着いた私は 手持ち無沙汰でホームの待合室に入った。
行楽日和で、幾つものグループが 三々五々集まっては電車に消えていく。
その度に、話し声と笑い声も消えて 慌ただしい人の波に発車のベルと車掌の落ち着いた案内の声が終止符を打った。
しかし、その中に
「ただいま00駅で人身事故のため電車が遅れております」と放送があり
暫くして
「ただいま、00駅の事故のため 列車の到着が遅れていますことをお詫びいたします」
また、暫くして
「ただいま、安全運転のため もうしばらくおまちください」
私の待っている人の乗った電車は どうかいなあ?
ちょっと、不安になる
確か13時08分到着なんで… ああ、11分の到着になってるわぁ!

待ちに待った11分の電車がすべるように入って来た。
この電車に乗ってるかどうか?
会えるかどうか? 
いや、それより見つかるかどうか?
電車が止まった。一番前のドアが開く。しかし、彼の姿が見えない!
どうしたもんやろか? あたりを見回しても それらしき人がいない。
私は焦った! 
ドアが閉まる!
ええい、どうにでもなれ! 
電車が動き出したその時、一番前の席でうずくまるような恰好で黒のウエスタンハットが動いて私の袖を引っ張った。
「なんや、そんなとこに居てたん!」
やれやれ、合流できました。
「あんな、家内もな 会えるやろか…て心配しとった」
「ほんま、やれやれやな!けど 次の駅で降りるんよ」
ふんふん、首を振って同時に立ち上がる二人は やはり、背中が丸かった。

【古川橋】下車、改札口で駅員さんに「ルミエール行きたいんですけど…」
と聞いて、駅の外の公園でスケボーをしている男の子に 又たずねる。
何回聞くねん?といわれそうやけど、何回聞いても 自信がない!
中学生位の男の子は スケボーを置いて友達と二人で「案内しましょか!」と言ってくれる。
「そうかぁ わるいなぁ」と言いながら後ろから付いて行くと
「それ持ちましょか?」と、ぶら下げている手提げ袋をふりかえる。
「これは軽いもんしか入ってへんからええよ!」といいながら、心から
「この子ら ホンマにええ子やなあ」と繰り返していた。

近いはずの『ルミエール』がこんなに遠く感じる。
受付の人が「今 演奏中ですので、今しばらく…」とドアを押さえる。
そして、客席に入って驚いた。
がらがらの空席が広がって、出演されるご家族のみの鑑賞だ!と すぐに分かった。
ピアノ演奏、独唱、フルート演奏、ピアノの連弾演奏、独唱、独唱
司会者の明るい声で 進む演奏会
独唱は 知ってる曲もあるし、知らない曲もあったが、ほとんどがオペラのアリアが多かった。
いよいよ、T子ちゃんの番!
彼女はまっ白なドレスに右肩にふわふわの羽のアクセサリーをつけて出て来た。
可愛かった。
音楽が好きで、高校の音楽クラブも 早朝にピアノが借りられるので 入ったとのこと、そんなことちっとも知らんかった!
私みたいに指揮者に憧れて入った不届き者ではなかったのだ。
家族が宗教団体に入っていたので、高校卒業してからは就職して その団体の合唱団に入り、後半指揮者も務めたという本物だ。

数年前、「声帯萎縮」という症状が出て「年齢と共に声帯の筋肉が緩み、声が出なくなる症状」になったことがあった。その時も彼女は 訓練所に通って今の発表会につながるのだ。
お舅さん、お姑さん、2人の小姑さんの家に嫁いだのも、同じ宗教だったから、苦労もあったと思うけど、それをカバーしてくれたのがご主人だった。
夜,皆が寝静まった時間に 彼女は毎晩のように「焼肉」を食べに行った。それを黙って車を出してくれたのが、ご主人だったのだ。
そのおかげで、彼女は嫁ぎ先の家族からのストレスを解消できた。しかし
その代わりに彼女は「糖尿病」になった。
私から まるまる1年上になる彼女は 糖尿病の影響もあって、早やくに
白内障や歩行困難になり、薬を飲みながらも「飲食」を楽しみ、よく笑い 歌をうたって乗り越えて来た。
そして、最後になるかもしれない歌の発表会に 呼んでくれたのだ。

 まっ白なドレスに包まれたT子ちゃん、若い頃から ちょっぴり太ちょでまん丸な可愛い彼女の声は やはり声量のある声だった。
しかし、年齢のせいか それともいろんな困難なことがあったせいか、声の厚みというか、音量が足りなかった。低く話すような音階が 残念だが聞き取れなかった。マイクがあれば それはカバーできたかもしれないのに…
しかし、最後の高く伸ばしてこの曲を終えるところは、見事に練習の成果が表れて大成功だった。それは まさに「踊りあかそう!」を 歌いこなせたT子ちゃんそのものに思えて、私は 思わず小さく「ブラボー!」と言っていた。 



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