神様からのプレゼント:もう一つの青い鳥

冴子の生まれた家は 京都御所の近くだった。緑豊かな御所の周りには  やはり立派な家が多く、京都だけに糸偏の付くご商売の方が多かった。    戦後 父は勤めに出て母は内職で四人の子供を育てた。当時のことを「ミシン踏みで足が腫れあがった」と振り返る母が「お父ちゃんと二人で 貯金通帳を見ながら『これだけ貯まったな!』と言って見合うてたあの頃が 一番楽しかった」と語っていたことを思い出す。お金が貯まり、終戦後父が独立して仕事を始めた時から 京都の四条烏丸の家に引っ越した。 

元砂糖問屋だったその家は かなりの大きさの構えだった。父は商売が上手くいかなくなると、この家を売るべくお客さんを連れて来たが 母はその度に「この家は絶対に売りませんから!」と付いて回ったと言うから、母の強さに子供達はあきれながらも頼もしさを感じていた。しかし 古い家でもあり使い勝手もあって 時間をかけて少しづつ改造していったらしい。              その家は父の会社と兄の店があり、二階には兄嫁の医院があった。その奥に冴子達の家族が住んでいて、気が付けば沢山の人が出入りしていた。その上 当時住み込みの若い女の人もいたので 冴子と妹は 住み込みの人と寝起きをしていた。 

人の出入りが 多ければ多いほど、人と人の関係は複雑になり 子供達にとっては 原因も理由も分からず、只々現状だけを見ることになる。だから どうして大人は 諍いをし醜い行動を繰り返すのか? 分からないまま悶々とした生活を送るだけの希望などとても見いだせない毎日だった。

もやもやとした小学校六年間を卒業する時 冴子はうれしかった。中学校には 何かしらの希望があるように思えた。               クラスの名簿の一つ前に「石川 ちか子」ちゃんがいた。冴子は すぐ仲良くなった。ちかちゃんは とても文学少女だった。交換日記がいつの間にか詩などを書いて交換していた。楽しかった。その当時のことが今でも憧れの記憶として残っている。が、2年生になってクラスが離れると それも自然消滅してしまっていた。

2年生になったある日、冴子はフッと「死」に 憧れのようなものを抱くようになった。大人への失望が原因なのか それとも… 何がきっかけなのか はっきりしたことがわからない。 これも青春時代の一つの現象なのか?  とにかく、簡単に「死のう!」と思った。 

そして、まず 今まで書いたものを 燃やすことにした。冴子の書き溜めたものは 詩や短編物語そして不満をぶつけた日記だった。        それを一つ一つ燃やし続ける。その揺らめく炎を見ながら「あ~、私の書いたものが炎に消えていく…」と複雑な気持ちが湧いて来る。「私の書いたものが こうして消え、そして 私が消える」 その思いは ゆっくりと確実に 揺れる炎を見つめながら沸いて来る。 そして、疑問が生まれた。  「書いたものも 私も消えてしまったら、私は なんのためにこの世に生まれたんだろう…?」

その時、突然 冴子の目の前に絵本が現れた。

それは「青い鳥」の絵本。本の中央見開き二ページに描かれた大きな絵。 チルチルとミチルが 青い鳥を探して天国を訪れた場面だった。 

画面右下にチルチルとミチル、そして でっぷり太った頭に金の輪をつけ 白い柔らかな衣を身に着けた神様?

左上には雲が描かれていて、その雲の中には 沢山の背中に羽の生えた子供たちが うずくまるようにして眠っていた。 左下のページから右のページ真ん中まで描かれた大きな金の舟。その金の舟には 今にも出発を告げるように舟に乗る子供たちを手招きしている船頭さん、その船頭さんの差し伸べた手の先には 乗り遅れまいと急いで駆け来る子供達。 その子供達の背に羽はなく、代わりにリンゴやブドウそして電車やお人形などいろいろな物を一つづつ大切そうに持っていた。神様はチルチルとミチルにこう話した。

「ここでは 天使として羽の生えた子が うずくまっているじゃろう?」と左上の雲の中に描かれている子たちを指した。「あれは 地上に子供として生まれる前に 自分のスキな物を一つ見つけるまで 考えているんじゃ」 そして「自分の得手とするものを見つけた者から 金の舟に乗って地上の子供として生まれることが出来るんじゃ」 神様は ゆったりと微笑みながら 右上の子たちを指して言った。

その絵本「青い鳥」は 冴子が幼い頃 クリスマスプレゼントとして、サンタさんから頂いた物。それが、このようなかたちで はっきり現れたことに驚き、そして その時瞬間 閃いた!

「そうだ!こんな私にも きっと何かがある。それを見つけてからでも遅くない!」

それから、

どれくらい経ったのか…

ある時、冴子は妹とお風呂上りの洗面所で 談笑していた。たわいもない話に 髪をとかしながらフッと鏡を見ると、そこに 見たこともない顔が笑っている。写った顔を見て驚いた。 え! 私? 笑っている! 私が?  今まで 鏡なんぞじっくり見たこともなかった。朝、顔を洗って長く伸びた髪を三つ編みにするのが やっとの毎日。 妹と談笑しての自分の顔が  笑っている! 物調ずらした顔ならまだしも、ましてや笑っている顔なんて見たこともなかった。 だが、その顔にピンときた! この笑顔だ!

「何の取りえもないけど、私にはこれがある。この笑顔を 自分よりもっと寂しい人にあげることが 私の得手したもの!」あの天国で 見つけた物!

それが、冴子の「もうひとつの”青い鳥” そう、神様からのプレゼント」だったのだ。


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