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ほしになるひ(5)

 ある日のこと、家の電話が鳴り、受話器をとったデボラが相手と二言三言話して、電話を保留にすると青い顔をしてアークに何かを話していた。  アークが怪訝そうに電話を代わると受話器の向こうから、        「お宅の犬を売ってもらえませんか。高額で買い取らせてもらいますよ」という男の声が聞こえて来た。                     「どちらさまですか?」とアークが言うと相手は要件を話しているようで、その様子を不安そうにデボラが見ながら、わたしを離すまいと抱きしめてきた。電話で話している彼は 今まで見たことのない怒りを抱えているようで、それでもできるだけ感情を抑えて冷静に対応しようと努めているのが はっきりと見て取れたが、それももう限界だった。                                              「いったい、なぜお宅はうちの連絡先を知っているんですかね。これ以上、うちの犬のことで何か言ってきたら警察に通報しますよ」と、言って 彼はガシャンと電話を切った。                        「ああ、なんということだ。。信じられないよ、デボラ…」彼はショックを受けた表情をしていた。                       「スピカを売ってくれだって? スピカは僕たちの大切な家族だよ!    それを…」                             「一体、だれがそんなことを。私も聞いて驚いたわ」デボラも青ざめていた

 街でアークとスケートボードをしているわたしを見たある人物が、この辺りでは見かけない珍しい青い目を持ち銀の毛並みの大型犬のわたしを手に入れたらお金になると思い、犬のブローカーに連絡したそうだ。その人物はわたしに気づかれないように写真を撮ってブローカーに渡し、わたしたちの住む家の電話番号を探し出したのだった。

 すでにわたしの部族の血を引くものは 北の国でも今ではほぼ絶滅危惧になりつつあるので、増やせば儲けられるとでも思ったのだろうか。珍しい北の国の血を継いでいる犬を繁殖するために「譲ってくれ」という話だった。その上、他の犬種と掛け合わせて人工的に新しい犬種を作るのだと。   「ばかげているよ、ほんとうに。人間はなんでも金になると思ったら手段も何も考えず実行しようとする。ああ、情けない」アークは頭を抱えてその場を行ったり来たりしていて、まだ怒りが収まらない様子だった。     突然、降りかかった出来事に混乱しているふたりの側に行き、わたしは彼らのそばを離れなかった。

 北の大地を離れ、わたしの先祖は何代にもわたって大陸を越えて人間によってバラバラにされ、この星の各地に連れてこられたのだろうか。わたしは今まで思ってもいなかったことに気づかされたようで、星のように散らばってしまった仲間たちに危険をしらせる合図を送らなければと思った。   わたしが夢に見るあの保護施設での悲しみに満ちたリゲルという老人の姿を忘れられないのには、何かが関係しているように思えた。そして、隣の部屋にいたグループが二度と戻ってこなかったことも。そして、遠い昔、カペラが夜空の星を見ながらライカのことを話してくれたことを思った。    彼らはきっと人間の都合というものでこの世界から消されてしまったのだ。 「わたしの同胞であるいとしい、かわいそうなライカ…」

 その日の晩、わたしは眠ることができず、庭に出させてくれたアークと デボラをさんざん困らせ、遠い記憶の中にいる彼らに向けて何度もなんども夜空に向かって遠吠えをして合図を送った。けれども、合図は一度も帰ってくることはなかった。     遠吠えをするわたしの姿を見てデボラは        「悲しすぎるわ、スピカがあんなにも遠吠えするなんて。彼女にはわかるのよ、今日の出来事が」と目を拭った。 アークはデボラの肩を抱き寄せた。 「スピカ、大丈夫よ。心配しなくてもいいのよ。私達はあなたを絶対に離したりしないから安心して」とデボラは何度も言い続け、ふたりは毛布に包まっていっしょに庭で一夜を明かしてくれた。

そのとき、わたしがここに存在していることは奇跡のような偶然の出会いでアルデバランとデボラというこのふたりの夫婦によって救われたことを知りそして、たくさんの幸せを与えてくれていることを この生を受けている限り忘れまいと誓った。

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