見出し画像

昨年までの 風景(17)

<千葉県習志野市大久保屋敷>

ピーナツ畑は広かった。アスファルトの一本道を 朝夕のみ 走るバス。  私達は 宛てにせず自転車で走った。京成電車の「大久保駅」前には 二軒のスーパーがある。 朝、夫を見送って 新聞を広げ、新聞を読まずに「広告」を広げ どちらの店の何が安い!か?を調べてメモる。主婦としてこれは とても重要な任務である。まなじりは鋭く眺める姿は 競輪や競馬をやるおっちゃんの如き? 夫が見たら幻滅するかも知れないが、これも子の為夫の為!と いうわけで洗濯物を干し子供の世話をして午前は あっという間に過ぎる。 そして、昼を済ませて いざ!買い物へ!となる。

我が社宅からスーパーまで自転車で走って 何分位かかったっけ? 15分?まっすぐなバスも通れる幅広一本道。自転車を漕ぐ両脇には 左右前方に 広がるピーナツ畑。行けども行けどもピーナツ畑。 いや、冬は人参畑。  その途中に何軒かの店があった。丁度社宅と駅の真ん中辺り。駅に向かって左手にお豆腐を売る河内屋さん、その隣に青物屋の布施さん、そしてクリーニング屋さん。右手には 何があったっけ? あ!あ~、あった一軒 丁度青物屋さんとクリーニング屋さんをまたぐかのようにして ちょっと大きめの何でも屋さんがありましたっけ。そこは あんまり使わなかったようだけど 地図を思い出すたび懐かしい。  あのお店はどうなったのかしら?  まだ あるのかしら…? 善良なあの人たちは…?


<シミもできますわよ。旦那様 >

社宅のご主人方は ほんとうによく働いた。朝は暗い内から出社して 夜は大抵午前様。奥様達はそんな夫を機嫌よく送り出す為、出来るだけ喧嘩せず体力をつけてあげられるか…?これが問題だ!ということで、いろんな情報交換がなされた。土曜日もヘタすると日曜日まで返上する。       そんなご夫婦で 「しげしげ」とか「まじまじ」と 妻の顔を見なかった ご主人が言ったそうな「おまえ、よ~、焼けたなあ。どないしてん!」と。

よくぞ聞いてくださいました。旦那様!

鶴の恩返しじゃあ~りませんが、お話聞かせてあげましょう!

私達主婦は 昼を済ませ子供を寝かせたら、いざ、出陣!買い物メモと袋を自転車の前かごに放り込み、猛スピードで出かけるのです。「子供の目が覚めない間に!」まるで魔法がとけない間に!と言わんばかりに 自転車を漕ぎ お目当ての買い物を済ませ、又 自転車を猛ダッシュして帰り着くまでいえいえ階段を駆け上がり、ドアをそっと開け 耳を澄ませて 子供が泣いていないかどうかを確かめる迄、気が抜けないのだ。と。

<青物屋の布施さん>

あの四件のお店で 一番よく通ったのは 青物屋の布施さんだった。   私達社宅の奥様達は ホンにご主人思いの奥様たちだった。集まっては梅酒や梅ジュース、ラッキョ漬けから胡瓜のピクルスや色々野菜の糠漬けまで。はたまた、雨にも冬の寒さにも負けないご主人のために、ニンニクと卵黄の滋養強壮剤までも 手作りした。みんなで作れば何ちゃやら!でとにかく集まっては夫の為子供のために よろこんでつくった。子供が少し大きくなると買い物も手がかかるから、と子供を預かる人と買い物に出る人を代わりばんこで こなした。遊ぶのもおかたずけするのもみんな一緒だった。そんなみんなで手作りする野菜を調達してもらっていたのが 青物屋の布施さんだった。

布施さんのお店は 子供達が少し大きくなったころだったと思う。近くに青物屋が出来たことを知ったとき、奥様達は手を叩いてよろこんだ。だって、野菜を買うのに、いくら急いでも 往復30分。 傘もささず、帽子もかぶらずあの炎天下を 自転車を走らせてりゃ~、真っ黒に日焼けしても仕方がないというもの。なぜ 帽子をかぶらないの?って!自転車で走ると帽子が飛ぶの! 帽子を片手で押さえながら走るのって たいへんなのよ~。それで行って帰ってきたら、顔中 汗でベットベト!出かける前 お化粧したはずなのに跡形もなく汗で流され 日焼け止めクリーム等どこへやら!水風呂に飛び込みたいくらいに全身干上がった体を 辛うじて冷蔵庫の冷た~い麦茶を 大きなコップで一気飲みしてやっと干物になりそうな体を潤す。という状態だったんです。あ~、なつかしい記憶! 


<競輪の選手>

その日もピクルスにするのに 丁度いい大きさの胡瓜が安く入ったというので、お店に出向いたところ、布施さんが「奥さん、買い物行くとき猛スピードで走ってたでしょ?」と、言われた。私は ん?何時の事?って考えて「あ~、自転車で?」と 答える。と「なんでそんなに急いで?」と聞かれて、そんなに急いでる? ちょっと考えて思い当たった。「あ~、あの時?子供が寝てる間に!っと 思ってね。そんなに急いでたあ?」と 聞くと「競輪の選手かと思った!」と言ってウフウフ笑った。「そんなにスピード出てた?」「そりゃぁもう!」といって、思い出したのだろうか、今度はニヤニヤ笑う。その言葉を聞いて自分の姿を想像し、私も思わず二ッと苦笑してしまった。         

それからというもの、青物屋の前を通り過ぎる度 布施さんの笑い顔が浮かんで、「競輪の選手」? の言葉を思い出す。 こみ上げる笑いを抑えて 布施さんの店を通り過ぎてから 私は おもむろに 自転車のスピードを あげることにしたのである。

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?