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ほしになるひ(1)

カペラが死んだ。  

 その冬は今までにない厳しい寒さが半年以上続いた。降りやまない雪、時にそれは吹雪となり、何日も地鳴りを響かせ、この「世界」を支配したようにふるまった。                           そして、ようやくその吹雪がおさまったのは3日後だった。 それもまた 一瞬の止み間だろう。                           カペラは雲の切れ間からひとすじの光が差し込んできたその時を逃さなかった。この雪の止み間にやらなければいけないことが山ほどあった。

 この年の思いもよらない長く開けない冬に、国家の発電所の電力は不足し、暖をとるのにも灯油も底をつきかけていた。 山間にあるこの地域は 灯油を届ける事も雪深くなると届かなくなり、何日も雪嵐が 続くと配給が止まってしまうのだ。そのために、カペラは夏の間中、森に入り木を伐採しては薪を作り、長い冬に備えて保存食等もこしらえて冬支度をしていたのだが、それも もうあと残りわずかとなっていた。                次の雪嵐が来るまえになんとか食いつなげられるように、その食糧と薪等をできるだけ沢山保存庫から持ち出して家の中へと運び入れ、そして屋根の上に何メートルもの降り積もった雪を掻き落とさなければならなかった。

 昔はこの地域は100軒くらいの家屋があり、お互い困りごとがあると 助け合っていたが、今ではすっかり人は減り、片手で数えるくらいの家が 取り残されひっそりと残っているだけだった。

 冬が長いこの土地で生まれ育ってきたカペラにとって 雪かきは慣れていた作業だったはずなのに、3日降り続いた雪の下に固くなった氷雪が凍っていたことを うっかり忘れてしまっていたのか、その注意深さを一瞬欠いた時に、大屋根から雪崩のように雪共々彼の体は宙を舞い大きく一回転して地面にたたきつけられ、そのまま意識を失ってしまった。

「カペラが死んだ…、カペラが!」                      降り積もった深雪の中から彼を村の人が見つけたのは、転落してから2日後のことだった。カペラを愛して止まなかった子が、その間、ずっとそばを離れることはなかった。

カペラの葬儀に参列した人々が話をしている。              「大した子だ、あの子は。よくこの寒さの中凍え死ななっかったことだよ」「しかし、あのカペラがまさか雪かきをしているときに、足を踏み外した なんて、信じられんな」                        「村で一番若い奴だっただけに残念だ…、村のこともなんでも進んでやってくれるいい奴だったのに…」                      「ここんところ、ずっと吹雪で外に出ることすらできず、すぐに見つけて やることができなくて、すまんかったなあ、カペラ…」

口々にある者は無念であることを、ある者は泣きながら心の内を吐露した。

「そんで、ひとつ問題があるんだが…」村の長老が重い口を割って言った。「あの子を、さて、これからどうするかが問題だわ…」         「あの子も昔からこの土地で生まれ、育ててきた大切な子だ。どこにもやるにはいかねえ。それに、ほんとにカペラが可愛がっていた子だから…」   カペラと親しかったアデルバランが言った。               「したら、お前のところで面倒みれるんかい?」 別の者が言った。     「いいや、それは無理だ。面倒見てやりたいが、うちはじさまとばばさまと3人で生活が手いっぱいだし、俺んところも同じ子が二人もいるからな」  腰に差していた手拭いで彼は涙をぬぐい鼻を噛んだ。そして、カペラが残したその子の方を見ながら                        「だれか面倒みてくれそうなところはないのか」と、皆に問うた。    「最後まであの子を見れるような若い奴は もうこの集落には残っていないべ」

長老のその一言に、誰も答えられずにただ重たい沈黙が長い時間続いた。

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