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るん(笑) 酉島伝法著

〈きっかけ〉
本紹介YouTuberの女性MCのあかりんが紹介していて面白そうだったので、メルカリで購入しました。

〈要約と感想〉
現代医学は医療科学である。病気になった場合は生体の構造や機能、疾病について研究し、疾病を診断・治療・予防する方法だ。
本書は医療科学ではない迷信やスピリチュアルな医学が基準になっている物語である。
早川書房が刊行している「SFが読みたい!」にノミネートされた作品である。
しかしこれはSFの蓑を着た、現代の我々を描いた風刺小説なのではないかと感じた。

物語は3章に分けられ、全て別人の視点で描かれる

  • 1章
    主人公は結婚式場に勤務する土屋という男。38℃の熱が続いており、ヤクザイシから購入した非合法の医療薬である解熱剤を飲もうとすると妻に怒られる。妻は熱を下げるために、発熱と共鳴するイエロージャスミンの根をすりおろし、龍の鱗で濾過した閼伽水をごく親しい人間が愛情を込めて時間をかけて撹拌した愈水という免疫力を高める水をつくる。
    熱が出るということは元素で言うとストロンチウムで炎色反応は赤、牡羊座は火のエレメントなので身につける衣服は火の気の強い化繊は避けたほうがよい。
    仕事を休めず仕事に向かうと、同僚は身体中に水疱ができてしまうような病気にかかっている。
    また物語上では一人婚や離婚式が流行っており、離婚式をしてから結婚式をする夫婦もいるという。
    この世界では血縁のつながりよ心縁のつながりの方が大切で、思考が盗聴されないようにウィッグを被り、心理チューナーで心を落ち着かせる。
    熱が一向に下がらない中、国が平熱を「38℃と決定した」ということを知る。

  • 2章
    主人公は土屋の妻である真弓の母親、川北美奈子。憑かれて(疲れて)蟠りを抱えるところから始まる。蟠りというのは癌の呼称が変わったもので、「蟠」もイメージが悪く作中では癌のことを「るん(笑)」とよぶ。そもそも疒自体が縁起が悪いため、病院→丙院、痛い→甬いとなっているが、座布団→ 痤布団、体温計→ 体瘟計など、他の漢字には使われていたりする。
    一時的に丙院で入院している時に家族がお見舞いに来るが、真弓の息子である光君は真弓の甥っ子とその母親と真弓の3人しか認識していない。光君のセリフには「」がなく、「〜と言っていた気がする。」というように登場人物を介して語られる。家族によってすぐに出されてしまい、自宅でよ療養となる。
    心縁者が一人一羽折った千羽鶴をプレゼントされ、鶴を開くとそれぞれ名前と連絡先が書いてある。電話してお礼を言い、今度は裏返しで鶴を折りなおす。全て終わった時には癌が治っているという療法で徐々に衰弱していく。

  • 3章
    主人公は真弓の甥っ子である真。小学生。この世界では他人が書いたものは危ないので本屋が殆どなく、教科書も先生の手書き。クラスは25人だが人は7人しかおらず、残りは魂の旅の最中だと思う。普通のクラスメイトの他に、首が曲がったままの友達や歯生えない友達がいる。
    図工の時間にランダムで選んだ故人の人物画を描く。いずれも戦争で亡くなった日本人であり、絵を描くことで鎮魂の意味も込められている。
    自分たちが生まれる前にはなかったという山に探検に行き、地面を掘ると幾重にも重ねられたブルーシートがあり、大量の骨や「mSv」などと記載された機械が埋まっていた。

私は本書が核戦争後の世界であることを気がついた。
太字で記載した部分を読み解いていくと、放射線の被曝によって出生率は下がり、血縁関係が希薄になる。人口が減ると血縁より心縁を大事にするようになり、結婚式場は一人婚や離婚式などで売上補填する。1クラス25人のうち7人しかおらず、残りの人間は魂の旅の最中だという。
被爆した親から生まれてきた子供たちは歯が生えてこなかったり、首が曲がったままだったりする。戦争で亡くなった人の鎮魂を目的とした図工の授業があり、探検に行った山を掘ると放射線の単位であるmSvを測るガイガーカウンターが大量に見つかる。
放射線やインチキ医学の影響で慢性的に体調不良の人間が増え、平熱の基準が38℃に引き上げられたのだ。
このことに気がついた時にえもしれぬ不気味さを感じた。

また感心した点として、例えが秀逸だということ。
胃が重い→垂れた水切りネット
耳障りな声→レジャーシート
(脳のリソースを面積に例えて、それの一部分を占領されているイメージ)
申し訳なく恐縮→座布団折で全体の形そのまま小さくなる
猫の濡れた鼻→木魚
上記のように、独特な例えが多く用いられており、耳障りな声については本作でも数回語られる脳内盗聴とリンクしているようにも思える。

放射能から逃れられず似非科学に縋ることで現実を直視しない世界。
狂った世界だが突き詰めていくと、我々の世界にも蔓延っている「お腹を痛めて産んだ子」「手書きの方が気持ちが伝わる」「病は気から」などは、作中の「変人のあの人は母乳で育てられてない」とほどんど変わらないレベルではないか。
ありえない論理や似非科学が現実世界とは大きく異なるが、それでも強いリアリティを感じさせる作者の筆才には感服である。

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