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小説 冬の訪問者             スミレの恋人 第1話

いつからだろう。

寺沢一郎は、人から恐れられるようになっていた。

70歳の一郎の風貌は、毅然としていると同時に、人をよせつけない冷徹さがにじみ出ていて、多くの人は畏怖から、引いてしまうのだった。

やり手の弁護士である彼は、これまで多くの仕事をしてきていた。

しかもある時点から、一郎は巧妙に良いクライアントを多く抱え、財力も持つようになっていった。

一郎は充分な成功者だった。

多くの人々は、一郎の輝かしい経歴により、彼は自分が特別だという優越感に満ちているのだろうと思っていた。

実際、一郎と話をしてみても、温かさが伝わることは、稀有だった。

理路整然としていて、いかにもすきのないやり手の弁護士がそこにいるというだけだ。

彼のその印象により、依頼には、貧しく金のない者など来ることはなかった。

これは一郎にとってもありがたいことだった。断る手間がはぶけたからだ。

利益率の低い仕事など、してもしょうがない。

一郎は特別な業突張りというわけでもないだろう。経済の論理からすれば、当たり前の話だからだ。

一郎は偽善を好まないだけなのだ。

そんな彼にも、予測できないことが起きた。

世の中に、今までになかったような感染症が拡大してきたのだ。これは思わぬハプニングだった。

一郎は仕事を減らすようにした。もっとも、現在のクライアントだけでいいのであって、もはや、客を増やす必要はなかった。財政的には、申し分なく、潤っている。


一郎の事務所は3階建てのビルの2階に位置していた。

事務員は大学で法律を学んでいたという、40歳になる山形香奈子という女性が一人いるだけだった。


次話へ続く


作品掲載    「小説家になろう」
         華やかなる追跡者
         風の誘惑      他

        「エブリスタ」
         相続人
         ガラスの靴をさがして ビルの片隅で

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