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2020年アースウォッチ環境DNA調査成果発表会Q&A

アースウォッチ 「環境DNAを用いた魚類調査プロジェクト(Supported by: 株式会社カカクコム)」の2020年に行われた調査の成果発表会でのQ&Aです。重複する質問がありましたので、質問を編集し、まとめたものに対して、回答を掲載しています。掲載されていない質問もありますが、どうかご容赦ください。


アースウォッチの環境DNA調査についての質問

Q1. 目撃された種と環境DNAによる推定種は、おおよそ一致しているのでしょうか?
A1. よく一致していますが、目撃しなかった種も検出されていますし、目撃したけど検出されなかった種もいます。(Q3やQ17の回答もご覧ください)

Q2. 文献の記載種や標本と比較して、今回の調査での環境DNAによる推定種の検出率はどれくらいなのでしょうか?
A2. 例えば、現在、志津川湾で確認されている魚類は約200種で、今回の志津川湾環境DNAサンプルからの検出種数は、確認されている種の約1/5でした。この「志津川湾で確認されている魚種」というのは『これまで1回だけでも見たことのある種』であり、時期的にいない種やごく稀な種を除いたり、採水場所を増やすと、もっと検出率は高くなると思います。

Q3. 東北や、舞鶴での調査で、標本などでは見つかっているのに、環境DNAで検出されない魚種というのは、生態や生息場所など、何か特徴はあるのでしょうか?
A3. 函館湾では、イシダイが夏に、アサヒアナハゼが年中観察されますが、これらは環境DNAでは検出されませんでした。採水時のイシダイは数個体の群れで行動していたため、たまたま採水した場所と観察された場所が離れていたのかもしれません。一方、アサヒアナハゼは海底にいる魚のため、表層での採水では検出が難しかったのかもしれません。
東北の志津川湾には、クチバシカジカやダンゴウオという魚が年中いますが、小型種で個体数も少なく、海底でじっとしているような、ほとんど動かない魚です。このような魚は検出されにくいように思います。
舞鶴湾で比較的個体数が多いのに環境DNAの検出されなかった魚は、チャガラとサツキハゼで、いずれも群れを作る小型のハゼです。これらはハゼの群れと採水地点が離れていれば、検出されない可能性も高いです。一方、多数いたスズメダイの環境DNAが検出されなかった理由は、海では一様な水温や塩分を持つ海水の塊(水塊)があり、異なる水塊では水と環境DNAのやり取りが多くないためだろうと考えられます。また、親が卵を保護するタイプの、定着性の強い魚であるため、そのような生態が何か影響している可能性もあります。

Q4. 沖合で検出できた環境DNAが沿岸よりも少ないのは、どうしてでしょうか?
A4. 岸を離れると、魚の密度自体が低くなります。沖合の綺麗すぎる水では、DNAがトラップされにくいのではないか、ということも考えられます。ただ、沿岸のにごった水では、DNAの検出を阻害する物質も含まれるので、注意が必要です。

Q5. 魚以外の生物、海藻や無脊椎動物などのさまざまな生物のDNAも調査できるのでしょうか?
A5. 甲殻類や二枚貝などのDNAを検出する方法が次々に開発されています。今回の調査で集められたDNAや、今後に集められるDNAから、これらについても分析できたらと考えています。生態系全体のモニタリングが可能になっていくとしたら、とても夢があって素敵です。しかし現状は、分析にそれなりの費用もかかるため、経済的に難しいです。

Q6. ろ過する際に使用したシリンジは、どのようなものを使用したのでしょうか?
A6. 全ての器具は、環境DNA学会のマニュアルに準拠したものになっています。

Q7. 10月に調査が行われたことには何か理由はあるのでしょうか?
A7. 10月実施は、熱中症の危険や台風のリスクなど、参加者の皆さんの安全を考慮した部分がかなりあります。次回の調査は、夏に開催する予定なので、採水場所の近くに日陰のある場所を選んでいただいたり、水分補給をこまめにしていただく必要があると思っています。

Q8. 今回のプロジェクトを通して何か課題などあったのでしょうか?
A8. 参加者の方の負担を減らすため、採水やろ過作業の簡略化と省力化を進める必要があります。また、沖合で採取された環境DNAの濃度は低いので、沿岸の採取とは別の取り扱いをしなくてはいけなかったのですが、今回はそれができませんでした。事前に配慮しておく必要があります。

Q9. 次回の市民調査はいつ頃でしょうか?
A9. 今年の夏ごろを予定しています。ぜひ、ご参加ください。


環境DNAについての質問

Q10. 環境DNAの種の判定はどのようにしているのでしょうか?
A10. DNAの類似度から、確率が高い種を採用しています。(Q11の回答もご覧ください)

Q11. DNAの類似度は何%でしょうか?
A11. 類似度は自動的に閾値を決定する方法と、閾値を固定して種を判定する方法の2通りで同定しています。閾値を自動的に決定する方法では一定ではありませんが、閾値を固定する方法では95%です。

Q12. DNAで判定できる魚の種類は何種類あるのでしょうか?DNAのデータバンクがあるのでしょうか?
A12. 潜在的に判定可能な種は36,000種強ですが、今回使用したゲノム領域が登録されていないものも多数あり、登録されていても不十分なのものあるので、実際にはもっと少ないと考えられます。データバンクはDNA DataBank of Japan (DDBJ)があります。

Q13. 「この種だ」と判定されても、実際には違う近縁種だったということはないのでしょうか?
A13. 不確実性が高いものは「クロダイ属」など、種を未確定にします。

Q14. 環境DNAによる推定種の検出率はどれくらいなのでしょうか?
A14. 採水の時期と地点の数によりますが、6月に西舞鶴湾の47地点で採水した調査では、それまで14年間の潜水で夏季に記録された魚種のうち、実に62.5%にあたる魚種が検出されています。
Yamamoto et al. (2017) Environmental DNA metabarcoding reveals local fish communities in a species-rich coastal sea. Scientific Reports 7: 40368.

Q15. 個体数などの定量的な解析は可能なのでしょうか?
A15. 環境DNAの分解や移動を考慮する必要がありますが、下記の論文では、それらを考慮し、マアジを対象にして定量的な解析を行っています。
K. Fukaya, H. Murakami, S. Yoon, K. Minami, Y. Osada, S. Yamamoto, R. Masuda, A. Kasai, K. Miyashita, T. Minamoto, M. Kondoh (2020) Estimating fish population abundance by integrating quantitative data on environmental DNA and hydrodynamic modelling. Molecular Ecology: 482489.
ただ、この論文では、複雑な海洋力学モデルや統計モデルを用いており、環境DNAから個体数を推定するには相当な作業が必要です。

Q16. 環境DNAによるサンプルから、集団間の遺伝的な違いはわかるのでしょうか?
A16. わかる場合もあるとは思いますが、今回対象としたDNAの12S rRNA領域は種内変異が少ないので、そのような目的には適していません。その目的に合った領域を増幅して、解読すればできると思います。

Q17. 一箇所の調査場所でも、採水場所を変えることで検出される種数が大きく変わることがあるのでしょうか?
A17. 違いが出る可能性が高いと思います。今回の調査では、舞鶴湾の潜水調査で多数目撃されたスズメダイが、環境DNAでは検出されませんでした。これは、海では一様な水温や塩分を持つ海水の塊(水塊)があり、異なる水塊の間では水と環境DNAのやり取りが多くないためだろうと予想しています。そのため、環境DNA調査の際には、場所を少し変えながら、複数回バケツを投げて採水するのが理想的です。

Q18. 採水する季節によって、検出される魚種に変化はあるのでしょうか?
A18. 変化があります。これまでの調査によると、季節変動は、環境DNA調査でとてもうまく検出できます。例えば、函館湾では、秋から春にかけてサケが検出され、ブリは夏季にしか検出されません。これらは、魚の回遊の様子をよくとらえています。

Q19. 環境DNAが検出されると、近くにその生物が生息しているのでしょうか?
A19. 環境DNAの濃度は、放出源である魚に近いほど濃いと考えられるので、ある程度の量が検出されたら、近くにいた確率が高いと考えて良いと思います。実際、検出されたDNAに対応する魚は、その日に見てはいなくても、かつてその海域で見たことのある魚のDNAがほとんどです。
 海での環境DNAの分散の範囲については、オンライン成果報告会の質疑でもご紹介しましたが、下記の論文でいけすを用いて実験しています。主に30m以内、遠くても数百メートル、というのが、いけすを用いた実験から推測されています。
Murakami et al. (2019) Dispersion and degradation of environmental DNA from caged fish in a marine environment. Fisheries Science 85(2): 327-337.
ただ、ウナギのように飲食店で提供される種については、採水地点の近くに、そのような種を提供するお店や魚市場がないか、注意が必要です。

Q20. その場所に生息している魚由来のDNAと、他の場所から流れてきたDNAは区別できるのでしょうか?
A20. ターゲットとするDNAの断片長の違いを利用する、という方法があります。短いDNAをターゲットにすると、死んだ魚のDNAを多く拾ってしまうため、魚市場などの影響が強く出ますが、長いDNAをターゲットにすると、死んだ魚の影響を消すことができる、という結果が下記の論文に示されています。
Jo et al. (2017) Rapid degradation of longer DNA fragments enables the improved estimation of distribution and biomass using environmental DNA. Molecular Ecology Resources 17: e25-e33.

Q21. 海中だと、DNAはどのくらいの期間、検出できるのでしょうか?
A21. 水中では、1週間もすると検出できなくなるレベルにまで分解が進むと考えられています。ただし、底に沈んで堆積したDNAはもっと長く残ることもあるようです。

Q22. 分布域に入っていないような魚種が検出された場合、環境DNA分析の結果は信頼できるのでしょうか?
A22. 潜水調査との比較で見るかぎり、検出魚類の同定の信頼度は非常に高いと思います。


その他の質問

Q23. ウグイは淡水魚ですが、海でも検出されるのでしょうか?
A23. ウグイには降海型がおり、北方ほど降海型が多いことが知られています。北海道では、河口や沿岸で、普通にウグイが観察されます。また、ウグイは北海道では夏場にのみ海で降りてくるのに対し、和歌山県では産卵期に川に入る以外はほぼ海で過ごす、という知見もあります。塩分耐性の実験をしてみると、舞鶴産のウグイは、水温15度および20度のときは海水でも死にませんが、10度以下あるいは30度では、海水中では死にます。これについては、下記の論文があります。
Nakamura et al. (2016) Narrowed temperature adaptability in non-natal osmotic environments of two euryhaline wanderers, dace and black porgy: implications for seasonal habitat changes. Fisheries Science 82(2): 261-268.

Q24. 東北エリアは10年前の地震による魚類の変化があるのでしょうか?
A24. 東北の気仙沼舞根湾というところで、2011年5月から2ヶ月に1回の潜水調査を行なっています。津波直後は魚類の極端に少ない状態であったのが、その年のうちにまずキヌバリのように寿命の短い小型の魚類から回復して個体数としては飽和し、2年目には種数も回復しています。アイナメやシロメバルなど長寿な魚は、平均体長が津波から4年ほど連続で大きくなっています。震災後5年間の比較では、魚類全体のバイオマスは5年後が最大となりました.震災以前の情報(定性的ですが)との比較から、以前に見られた魚は1種をのぞいては震災後も確認されています。その1種とはチカという冷水系の魚です。震災から5年間のデータについては、下記の論文があります。
Masuda et al. (2016) Recovery of coastal fauna after the 2011 tsunami in Japan determined by bimonthly underwater visual censuses conducted over five years. Plos One 11: e0168261.

Q25. 魚類の分布(緯度)が記載されている文献は何でしょうか?
A25. 中坊先生の日本産魚類検索第3版に基づいています。分布について詳細に書かれています。この分布に舞鶴が入っていなかった魚種もいますが、基準としては上々です。

Q26. 日本海に位置する「音海」という環境は、高浜原発によって他地域と比べ年間を通して温暖で、そこに生息している魚種は移動せずに音海に住み着いているのでしょうか?
A26. 若狭湾では、対馬暖流にのって、毎年夏から秋に南方の魚種の稚魚が運ばれてきます。冬に普通なら死滅してしまうこれらの魚が、原発の温排水があると越冬できます。越冬した個体は成熟し、おそらく産卵もしていますが、局所的温暖化海域での繁殖により生じた子孫がさらに生き残っているのかどうかは、興味あることながら、まだわかっていません。原発が止まった直後に、南方種が次々と死滅するのも見ました。

Q27. 磯焼けで草食性の魚が増えるのは、藻類を食べて増えているのでしょうか?
A27. 磯焼けの原因は、草食性魚類だけが原因でなく、水温上昇なども含めた複合的な原因といわれています。目でわかりやすい現象として、草食性魚類が増えています。そのため、草食性魚類の駆除事業などが行われていますが、水温上昇などのその他の原因は、人間がコントロールするのは難しい状況です。

Q28. 温暖化によって暖海性の(暖かい海に生息する)魚種が増える事を前提とした漁業、地域づくりとは、例えばどのような事ができますか?
A28. 漁業対象種が変わってしまう可能性が高いです。また、暖海性の海のレジャー(熱帯魚観察を目的としたダイビングなど)などにシフトする可能性があります。
日本海ではブリの分布が北上し、特に京都府あたりでは、それまで少なかったサワラの漁獲量が増えています。そこで京都府ではサワラをブランド化するなどして売り込んでいるようです。食文化、と言われているものには、すごく歴史の長いものもあれば、意外と最近にできたものもあります。イカナゴの釘煮は後者の好例です。食文化を創出する、ということも有用なアプローチだと思います。

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