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リウマチ歳時記~8月15日~

終戦記念日。

弟の誕生日でもある。

祖父は南方の激戦地から帰還した後に3人の子供をもうけた。一番上の長女が母。母にとって祖父は、「酔って暴れるアル中」でしかなかった。酔うと妻や子供たちを一列に並べて「この非国民どもが!」と銃で撃つ真似をしたという。深夜に飲み屋から電話があると、祖母と母が暗い山道を走って祖父を迎えに行き、おぶって帰ってきたのだと。「酔っていない時は、物静かな人だったのよ。読書が好きで、いつも本に囲まれてた。気の小さい人だった。多分戦場で、人を殺してしまったんだと思う。そのことに耐えられなくて、お酒に逃げるしかなかったんじゃないかな。戦争の話は一切しなかった」。私の記憶にあるのは、初孫(私)が可愛くて仕方なかったであろう祖父の柔らかい表情。祖父の頬には銃による傷跡が残っていた。両頬を銃弾が突き抜けたのだという。数cmのずれで生き延びた命。その数cmがなければ、母も私もこの世に存在しない。

アルコールの力を借りて戦後を生きた祖父だったが、最後は簡単な手術の麻酔から目覚めることなくこの世を去ってしまった。祖父の葬儀で、ひとつだけ覚えている光景がある。母が大きなお腹に、魔よけの鏡をかざしている姿。その年の8月15日に、弟は生まれた。

祖父からバトンを受け取るようにこの世に生を受けた弟。その日、長かった祖父の戦争が終わったのかもしれない。

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