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「流行感冒」解説【志賀直哉】【スペイン風邪】

「流行感冒」は1919年(大正8年)の作品。1918~1920年に世界中で流行したスペイン風邪を題材にした志賀直哉の短編小説です。日本でも40万人近くが犠牲になっています。コロナとは比較にならない大惨事でした。

章立て

章立て1

上下に別れています。それぞれ3つに分割できますので、6章とみなせます。各章にタイトルつけてみました。最悪これだけでもだいたい内容理解できます。以下詳細説明します。

章立て3

1、自粛要請

最初の子供が病死したので、娘の佐枝子の病気に神経質になっている志賀直哉夫妻。といって田舎(当時千葉県我孫子住まい)の百姓のガキなんぞは粗雑に育てられていますので、あんまり大事にしすぎるのも近所の手前まずい。悶絶するうちに流行性感冒、すなわちスペイン風邪が我孫子にも襲来してきます。妻、お手伝いさんにできるだけの自粛を要請する志賀直哉です。

2、クラスター対策

のんきなことに、小学校の校庭で旅役者の芝居興行が開催されます。中止すればよいのに。近くを通るとお客が集まっています。これは感染拡大必至です。とりあえず家族、手伝いに注意するのですが、石(いし)というお手伝いが夜に出かけて帰ってきません。さては、、、

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翌日問いただしてみますが、石は芝居に行っていないと言いはります。とりあえず子供を抱くことを禁止しますが、佐枝子は石になついています。しらないうちに抱かれています。怒る志賀です。

3、経路調査

怒ったせいで女中が居なくなります。こまった志賀がでかけると、出先で石、石の母、もうひとりの女中きみと会います。泣きながら謝ってきます。やっぱり芝居に行きました。三人で行きました。志賀が首を切るつもりでいると、志賀の妻が同情します。石の家と隣の(志賀と縁があった)関家は仲が悪い。だから解雇になると石の家が関の家にたいして体面が悪い。意味不明の理由ですが、ともかく説得されて志賀が負けます。解雇しないことになります。

章立て4

ここの実際芝居に行ったのかどうかの探求が作品の中心になります。あーだこーだとエンドレスに続きます。志賀もそこに埋没しますが、客観的になって考えてみると感染拡大防止とは少々違います。志賀が感情的になっているだけです。

4、パンデミック

よく考えると、石が三人で芝居に行ったというのは嘘でした。もうひとりのお手伝いきみは当日志賀宅に居たからです。しかし石は悪びれる風もなく素知らぬ顔です。一方志賀は植木屋からスペイン風邪をうつされます。志賀宅をパンデミックが襲います。妻、お手伝いきみ、雇った看護婦、とうとう佐枝子も感染します。全員ダウンです。

ここで石だけなぜか平気です。普段の倍働いて家族を支えます。頼れる存在に急変するのです。志賀の感情も変わってきます。その後きみが復帰しますが、復帰すると石は元の木阿弥で以前と同じダラダラキャラに成り下がります。

今日の視点では、芝居の時点で石は軽く感染してすぐ回復、免疫をつけていたので家族のダウン時に平気だったと類推できます。。

5、引っ越しと結婚

志賀は東京に引っ越すことになります。それ以前から石の結婚話があったのですが、不確かな噂が二転三転するらちの明かない話です。先程の経路調査の話と対になっています。つまりこの作品は、実質的に石が主人公なのです。

章立て5

石は引っ越す時になって私もついて行きたいと言い出し、やむなく了承すると今度は母親が2月いっぱいで自宅に帰してくれと言いにきます。これまた経路調査と同じく、ムダに話が錯綜します。品が良すぎてそう見えませんが、おそらく本人ドタバタ喜劇のつもりで書いたはずです。東京では佐枝子が麻疹にかかりますが、今度も石が役に立ちます。だから志賀も芝居を見せてあげます。実家に帰る日、石は情が濃すぎるせいか、無愛想になります。

石が居なくなると志賀宅は静かになります。子供は可愛がってくれたし、暇を出さなくてよかったと思います。

6、勝者、お手伝い石

ある日志賀が家に帰ってくると、何故か石が居ます。勘違いして来てしまったようです。しばらく志賀宅で手伝いをして、その後帰って結婚するようです。志賀夫婦は石の幸福な結婚を祈ります。

つまり、一連の騒動の勝者は石なのです。自粛要請を守らず、経路調査も非協力的、それでもパンデミックの対処では最大の戦力になります。幸福を祈らざるをえません。志賀本人はヒステリーを起こした挙げ句、不要不急の植木工事で家庭内パンデミックを引き起こしただけです。志賀のマヌケ振り、石の強さを味合う作品です。

石長比売?

志賀は登場人物の名前に凝ります。「赤西蠣太」の同僚は銀鮫鱒次郎、恋文を出す相手は小江、サザエさんを先取りしています。

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では「石(いし)」は?同僚は「きみ」ですから、石長比売(いわながひめ)とと考えたくなります。
天皇の先祖のニニギノミコトは、見栄えの良くない石長比売を里に送り返し、妹の木花咲耶姫だけを嫁にしました。そのせいで天皇家は長寿ではなくなったのです。感染症拡大に効果ありそうなキャラではあります。ただ短い小説なので、言い切るには証拠不十分です。

世代

作者の志賀直哉の一つ年下に有名人が三人居ます。東条英機、山本五十六、石橋湛山です。

年代

勝ち切る力がない感じがするのは単なる後知恵ですが、しかし彼らに弱さがあるとすれば、本作での志賀同様考え方に迷いがあることだろうと思います。「隣の家どうしの仲が悪いから嘘を許す」とか、古いと言うか非合理的というか。志賀自身もあれほどヒステリックになっていたくせに本人が三密やって感染です。科学的なのかどうなのか。近世と近代のはざまで考え方を見失った世代なのかもしれません。ただ作品としては間違いなく優秀です。自分のマヌケさを客観的に描けていますし、実は非常にユーモアがあります。


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