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「戦争と平和」あらすじ解説・1【トルストイ】

長編小説読者ヒエラルキー

「教養を身につけるために有名な作品を読もう」と安易に判断して読み始めようとしているあなた、ちょっとお待ちください。長編小説の読者には冷酷なヒエラルキーがあるのです。長編小説の「作品の」ヒエラルキーもありますが、今言っているのはそれではなくて、長編小説の「読者の」ヒエラルキーです。

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神とは「ろくに読んでいないのに内容を理解している人」です。もちろん普通の人間ではちょっと無理です。読まなきゃわかりません。
勝者は「がっつり読んで内容を理解できた人」です。がしかし、「戦争と平和」クラスですと勝者はほとんど存在しません。
凡人は「一部しか読んでない、理解できていない人」です。これが圧倒的多数でしょうね。そして負け犬は「全部読んだが理解できなかった人」です。

なぜ同じように理解できていないのに、全部読んだ人のほうが地位が下なのか。それは時間を無駄に使ったからです。長編小説最大のリスクは、消費時間が膨大なことです。人生の長さが無限ならば負け犬にはなりませんが、あなたの持ち時間は数十年間しかありません。
しかしご安心ください。本稿の読者様には、「神」と「勝者」の中間位置あたりを狙っていただきます。一部しか読みませんが、しかし全体はがっつり理解していただきます。

ページ数焦土作戦

「戦争と平和」は恐るべき大作です。「ページ数焦土作戦」が大規模に展開され、今自分がどこを進んでいるのかさえ定かではなくなり、ナポレオン軍のごとく雪中でバタバタと落伍してゆきます。最終ページを読み終えた瞬間に、最初のページに書かれていた事を思い出せる人はほとんどいません。ちなみに最初のページは「俗物夜会シーン」です。貴族の俗物っぷりを悪く描いたワルプルギスもどきですが、悪く書いたにしては品が良すぎてインパクトが弱く覚えられません。
ナポレオン軍がケーニヒスブルクを出発した時、45万の軍勢でした。そこからモスクワへ往復したのですが、帰ってきたのは千人です。450分の1です。小説「戦争と平和」の読書に関してもだいたい同じ成績だと思います。しかし本稿では生存率80%超えを狙います。ただし男性専用です。女性読者については関知できませんあしからず。方針は以下です。

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1、実際に読書する箇所を「軍事シーン」のみに限定
2、全体構成と主題は本稿にて把握、本文はできるだけ読まない

この作品の軍事シーンは、男性ならば絶対に読んでおいたほうが良いです。特に社会人にはそうです。仕事のどうにもならない進展の遅さ、愚劣さが十分に表現されています。仕事の大部分は本作で描かれる「混雑する橋の途中での立ち往生」です。全く前進しません。

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この後の文学、映画、アニメの作品の戦闘シーンは全て本作の影響下にあります。押さえておいて損はありませんし、複数回の読書に耐えます。ただし軍事シーンのみです。素晴らしい描写はいくつもありますが、全体としては男性にはダレて退屈です。
トルストイ家は大貴族でして、ボンボンなんてものではありません。安倍、麻生が無名な庶民に思えるレベルです。苦労知らずですから人間洞察は甘く偽善にみちみちています。よほどの名家の方ならいざしらず、一般人は下手に読まないほうが精神衛生上よろしい。

全体構成

長編の作品を読んで全体構成を把握するのは無謀です。全体構成を把握してから作品を読むべきです。「戦争と平和」の章立てを雑に表現するとこうなります。

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戦争と平和が交互に来ます。第三部でナポレオンはモスクワに入城します。しかしそれは破滅への入城です。モスクワは放火されてゆっくり疲労回復とはいきませんでした。単に敵の只中で孤立しただけでした。作中では「モスクワへ落下」と表現されています。上手い表現です。

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ですから第四部はモスクワおよびロシアからのフランス軍撤退なのですが、軍隊は登場しても戦闘シーンはほぼありません。なぜって、ロシア軍が補足できないほどのスピードでフランス軍はひたすら逃げていたからです。早すぎて大多数の兵隊が振り落とされます。落ちた兵隊は捕虜になるのですが面倒なので殺されます。追いかけるロシア軍も早すぎて大量の兵隊が振り落とされます。どうなったのか誰もわかりません。つまり第四部にも軍事シーンはありますが、戦争というより単なるスピード競争です。ですので「平和」に分類しました。よって読むべきは第一部と第三部のみとなります。

しかし第一部にも第三部にも、読まなくともよいダラダラが混入しています。更に削除するとこうなります。アウステルリッツの三帝会戦付近と、ボロジノの戦い付近のみです。

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これでもまだ無駄があります。前半のアウステルリッツのほうが描写が優れているのですが、さらにさらに無駄な部分(第一部第三編1~6)を削ると、全体の9%になります。緑の部分です。ここが本作で最も素晴らしい部分です。まずはここから読みます。

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この緑の9%は、作家トルストイが書いたものではなく、神が書き、トルストイに転写させた文章です。何度も読むべきです。説明不足で愛想がないのですが、無駄もまったくありません。こと情景描写に関しては、人類史の最高峰です。

第一部、緑部分のアウステルリッツ終わって面白くなかったらもう一度読みます。それでも面白くなかったらあっさり放棄しましょう。それ以上は時間の無駄です。10年程度時間を置いて再挑戦してみてください。
もしもアウステルリッツが面白かったら次は第三部のボロジノ読みます。黄色の部分、8%相当です。前半9%と合わせて合計17%読んで、非常に面白かったらもう一度読み、何度も繰り返したら他の部分を読んでも構いませんが、読まなくても構いません。それより本稿をもう一度読み返すのが優先になります。

おわかりのように軍事シーンは少量です。第三部第三編にも、第四部第二編と第三編にも少しありますが、算定基準によりますが軍事は合わせても最大30%程度です。素晴らしい戦争の描写で有名な作品ですが、作者執筆の目的は戦争の描写ではないからです。執筆の目的は社会観、歴史観の開陳です。

次回に続きます。


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