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伊豆の踊子 あらすじ解説【川端康成】

「伊豆の踊子」は1926年、大正15年の作品、作者の伊豆での旅行体験を元に描かれた小説です。

あらすじ

「私」は伊豆半島旅行で旅芸人(男1名女4名)と同行になります。若い踊り子にほのかな恋心を抱きます。彼らと行動をともにしてゆくなかで、孤児である私の心は癒されます。彼らと別れ、船の中で涙を流します。

「私は涙を出委(でまか)せにしていた。 頭が澄んだ水になってしまっていて、それがぽろぽろ零(こぼ)れ、その後には何も残らないような甘い快(こころ)よさだった」

実体験?

作者川端はこの作品を、実体験を元にほぼ忠実に書いたといわれています。実際作品の最後に出会う学生は、そのときの話を回顧談で残しています。しかし、どこまで本当かどこまで創作か、はっきりしないのが川端という人物です。人生まるごと一貫してそうでして、最期までそうでした。

最期は一応ガス自殺ということになっています。しかし証言からは単なる事故死の可能性もあります。遺書はありません。わざとわかりにくくしたのかもしれません。この作品も、本当の部分があるのは事実ですが、すべて実体験とは思わないほうがよいです。

関西芸風

川端康成は大阪出身です。大阪には独特の芸風があります。たとえば司馬遼太郎は、戦国時代の描写に続けて「余談ながら筆者は、、、」と突然自分の実体験が述べられ、そしてまた突然時代は戦国に戻ります。

たとえば筒井康孝はさんざんグロい描写をしている最中で、「単に筆者がスプラッタを描きたかっただけかもしれないが」と楽屋オチをしてしまいます。

たとえば手塚治虫はコマの端っこに「ここは手塚が手抜きをしました」と言い訳書きます。

たとえばやすきよ漫才(横山やすし・西川きよし)では、脚本のある運動会のネタを演じている最中、とつぜんやすしの逮捕騒動の話に切り替わったり、また運動会に戻ったりします。

大阪の芸の優先事項は、現実から切り離された壮大な虚構世界を構築するのではなく、ほどほどの虚構とほどほどの現実を混ぜ合わせて、飽きのこない、気楽に味わえる世界を作ることです。ある意味最高に文化的です。

文化が肩肘張ったものではなく、普段着の、家庭料理のようなものになっているのです。起源はおそらく近松です。

虚実皮膜論

「虚実皮膜論」と書いて「きょじつひにくろん」と読むそうです。江戸時代関西の劇作家、近松門左衛門の議論です。「芸といふものは実と虚との皮膜の間にあるものなり」と書かれています。つまり、本当であってもいけない、嘘であってもいけない、その中間に存在していないと芸ではない、とする考え方です。川端も、関西文化という意味では近松の後輩です。その川端が「実体験」と主張するということは、かなり作っているということです。創作物とみなして、分析してみましょう。

7章構成

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章立て表です。クリックしてご覧ください。全体は7章で構成されます。こういう場合、たいてい中央の第4章に中心がきます。対句表現を拾ってゆくと、果たして第4章が中心で、対称の位置に対句が配備されています。きれいな配置です。

一応恋愛小説ですので、踊り子と作者のからみが物語を引っ張ります。

第1章:踊り子から座布団をもらう私、ありがとうと言えない
第7章:私と別れる踊り子、さようならと言えない
(1+7=8、8/2=4、つまり4章から等距離にあります。以下すべて同じです。)

第1章:紙くずの山に埋もれた中風のおじいさんを見る
第7章:孫3人に埋もれた困ったおばあさんを助ける

第2章:2室兼用の電球のある暗い部屋。遠くから踊り子の太鼓の音。
第6章:電球の明かりで弁士が読み上げる活動写真、暗い街、太鼓の音が聞こえる錯覚

第2章:私、柿代といってお金を包んで階下の男性に投げる
第6章:私、死んだ子供の供養金を包む

第3章:温泉から裸で手を振る踊り子
第5章:泉を発見して私を待っていてくれる女たち

というふうに、第4章を中心に対句は配置されています。

中心の第4章

では中心にある第4章でなにがあったのか。第4章の重要なイベントは3種あります。

1、踊り子と五目並べ。彼女は笑うと花のようだった。
2、旅芸人の身の上話。メンバーの名前と関係明かされる
3、男の妻の赤ん坊が生まれて一週間で死んで、もうすぐ四十九日、水のように透き通った赤ん坊だった

1は一応この小説、踊り子との恋愛小説という形式になっていますので、必要です。でも実は重要ではありません。

2はそれより重要で、この章にいたるまでに、踊り子を含む旅芸人たちの構成、明らかにされていなかったのです。

明らかになった構成は、男1名女4名ですが、
踊り子
踊り子の兄
踊り子の兄の妻
踊り子の兄の妻の母
(以上山梨県甲府出身)
雇われの女の子(伊豆大島出身)
となります。ここまでの章は軽く推理小説で、「いったいこの芸人さんはどういう人々だろう」という興味が物語を推進します。

しかしもっとも重要なのは3です。踊り子の兄の妻が子を産んだが、死んでしまっているのです。そして次の第5章に、作者の属性が明らかになります。「二十歳の私は自分の性質が孤児根性で歪んでいると厳しい反省を重ね」という文章がさりげなく示されます。

ここでの川端の構成戦略は明らかです。

「私」は孤児、つまり親が死んでいます。
旅芸人は、赤ん坊が死んでいます。
つまり私=死んだ赤ん坊です。

私と旅芸人が、互いに欠損を補い合う旅なのです。そして上記のように、第6章で私は供養金を包みます。つまり私は、私自身を供養します。そして孤児根性を克服するのです。ですからこの中心となる第4章で、さらに中心となるのは、
「3、男の妻の赤ん坊が生まれて一週間で死んで、もうすぐ四十九日、水のように透き通った赤ん坊だった」
となります。そして本当の主役が明らかになります。この小説の主役「水」です。


すでに示した物語の末尾の文章を再掲します。
「私は涙を出委せにしていた。 頭が澄んだ水になってしまっていて、それがぽろぽろ零れ、その後には何も残らないような甘い快よさだった」

そして冒頭の文章を見てみましょう(物語で一番重要なのは冒頭です。名作ほど冒頭の重要性が高いものなのです)。
「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、 雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい 早さで麓から私を追って来た。私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺飛白の着物に袴をはき、学生カバンを肩 にかけていた。」

冒頭で「私」は雨に逢うのです。ずぶ濡れになって、入った茶屋で(それまでに2回見ていた)踊り子一行と再会します。ですからこれは、雨に打たれて始まり、船中で涙を流しながら終わる物語です。

第1章:雨に打たれて、踊り子たちに会う
第4章:水のように透き通った赤ん坊をなくした話(中心)
第7章:踊り子たちと分かれて、澄んだ水になって涙を流す

これがこの小説のもっとも重要なフレームワークです。

奇怪な設定

踊り子の兄の妻の母から家族の話を聞きます。かなり奇怪な設定です。もともと山梨県甲府の人です。男の子を残してきています。尋常小学校5年生だそうです。一方で伊豆大島にお爺さんが居ます。大島には家も2軒あります。どういう人生設計なのでしょうか。

結論言ってしまえば、踊り子一行は水の精なのです。山奥から海に出てゆきます。その中で水の流れとして自然を育て、人を癒します。大阪人以外でしたら、あるいは西洋人でしたら、もう少し抽象的に描くところですが、虚実皮膜論がありますので、いかにもリアルな体験というふうに描写されて、象徴的な要素は背後に後退して、細かく読み解かないと見えてきません。しかしいったん結論見えますと、作品全部わかるようになります。先ほどの対句をさらに補強します。

第1章:雨に打たれて、踊り子たちに会う
第3章:温泉から裸で手を振る踊り子
第4章:水のように透き通った赤ん坊をなくした話
第5章:泉を発見して私を待っていてくれる女たち
第7章:踊り子たちと分かれて、澄んだ水になって涙を流す

この結果として、「私」は成長できるのです。前述した対句見てみましょう。

第1章:紙くずの山に埋もれた中風のおじいさんを見る
第7章:孫3人に埋もれた困ったおばあさんを助ける

おじいさんのことを気の毒に思いながらも、なにも出来ません。しかし最後には人々にお願いされて、おばあさんを助けて感謝されます。「私」は社会に参加できるようになったのです。

天人合一

このような天地自然によって人格的完成を目指す、という小説、当時の日本人が好きだったようで、「暗夜行路」「富岳百景」なども同じですね。

「富嶽百景」解読【富士には月見草がよく似合う】
https://note.com/fufufufujitani/n/n9f70fe1e84fa

しかし山となると、いささか大上段で大げさです。さりげなく水で表現できるのが川端の特徴だろうと思います。元々水が好きな人のような気もします。

雑感

文庫本で40ページ程度の作品ですが、文章密度は大変濃いです。たとえば冒頭

道がつづら折りになって、いよいよ

ア)天城峠に近づいたと思う頃、
ア)雨脚が

ス)杉の密林を白く染めながら、
ス)すさまじい早さで麓から私を追って来た。

私は二十歳、
コ)高等学校の制帽をかぶり、
コ)紺飛白の着物に袴をはき、

ガ)学生カバンを
カ)肩にかけていた

と韻を織り込んでいます。冒頭だから勝負しましたね。

ただ複雑さという意味では前年度発表のアメリカの小説「グレート・ギャッツビー」
https://note.com/fufufufujitani/n/n231497cc30ea
に比べれば落ちるのは否めません。

当時の日本人は当時のアメリカ人に比べて、複雑な世界の把握能力がはっきり下手だったのでしょう。このあたり、まあ戦争に負けるのも納得だと私は思います。今でもひょっとするとそうかもしれません。ミクロな努力は本作が上だと思いますが。

「伊豆の踊り子」を下敷きにして、松本清張が「天城越え」という小説を書きました。映画化もされています。見ると本作への理解も深まりますので、未見の方は是非ご覧ください。

主演女優・田中裕子の演技は、演技中の演技中の演技です。



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