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「笹まくら」あらすじ解説【丸谷才一】

あらすじの前に

一応戦後の話なのですが、戦中の主人公の逃避行がちょくちょく入り込みます。その頻度が多く、順序もバラバラです。よって単純にあらすじを記述することが出来ません。簡単に表にすると

となります。実際には現在と過去は頻繁に交代します。
緑の部分は、

中間過去というべきもので、戦後、作中の現在時間の三年前です。
青の部分は

主人公浜田のライバルの西の述懐です。自宅で一人で酒を飲み飲みグダグダと、浜田の悪口やら、戦中の思い出やらが述べられます。ここの青の部分の筆の乗りが非常に良い。ここがなければ辛気臭い反戦ものです。ここの出来が良いので名作になっています。

以下現実的にあらすじを紹介するのに、現在、過去、および西の述懐の三部にわけて記述します。それしかあらすじに出来にくいのです。

あらすじ

現在

浜田庄吉は大学の事務員です。課長補佐です。昔の女が死にました。阿貴子と言います。彼女の香典の額に悩んでいます。浜田は大戦中の徴兵忌避の過去があります。阿貴子は逃げる浜田を匿ってくれた年上の女です。別れた後地元の男と結婚した彼女が東京に来た時に出迎えたことを、浜田は思い出します。東京タワーから東京の街を見ました。
浜田は今は課長補佐です。課長になりたいと思っています。西というライバルも居ます。昔つきあったことのある女、正子が情報くれます。浜田が課長に内定したそうです。安心して妻の陽子と旅行にゆきます。
しかし同窓誌に悪口が掲載されます。ライバル西の差し金です。浜田は徴兵忌避の過去があると。急に立場が不利になります。終戦直後はみな厭戦的でしたので、徴兵忌避はマイナスになりませんでした。時間が経って今はマイナスになります。桑野助教授が心配してくれますが、特に力にはなりません。結局冨山県高岡の高校に左遷と決まりました。高岡はいやだ。出世した昔の同級生の堺を頼って、別の会社に再就職しようとします。知り合いの会社を紹介してくれます。明日は面接、というところで警察から電話があります。妻の陽子が万引きしたと。急いで向かうと、どうも妻は万引きの常習犯だったようです。ショックです。解放されたので車で家に送ります。家の前に到着してみると、さらなるショックを受けます。なんと妻は助手席でスヤスヤ眠っていました。警察に逮捕され、解放された直後にです。おそるべきフリーダムです。浜田は妻がうらやましくなります。自由という宝に気付きます。

過去

東京に住む浜田は堺、柳と仲良しの高校生でした。電気系の学校でした。三人とも国家の戦争に否定的でした。年上の柳は早く徴兵され、いじめを受けて首吊りをします。浜田は、明日入営というタイミングで、なにくわぬ顔で母の料理を軽くつまんで、散髪にゆくと言って家をでて、そのまま逃避行にはります。徴兵忌避です。
最初宮崎、その後秋田、その後全国を転々とします。ラジオ修理の腕で食ってゆこうとします。その後時計の修理も覚えます。その後砂絵も覚えます。子供向けの玩具です。行商して過ごします。
そうこうするうちに山陰で家出女性と出会います。阿貴子という名の女性です。親しくなります。いっしょに隠岐の島にゆきます。恋人です。でも自分は追われる身の上です。全てを打ち明けます。阿貴子は、だったら一緒に逃避行しようと言います。
とはいえ二人が食べてゆくのは難しく、結局四国愛媛の宇和島の阿貴子の実家にやっかいになります。実家は質屋です。阿貴子の母も受け入れてくれます。やがて戦争が終わります。阿貴子も阿貴子の母も、死んだ魚のような目で浜田を見ます。おまえのようなやつが居るから負けたのだ、目がそう言っていました。浜田は東京に連絡して、実家から金を引き出して宇和島で店でも持とうとおもっていました。でも阿貴子は、終わったと言います。8/15に終わったと。他の男の嫁になると。
1945年11月に東京に帰ります。翌1月に父が死にます。浜田は仕事を探し、大学事務員になります。結婚もします。しばらく経って、宇和島の阿貴子が家出して東京に来ます。浜田は出迎えます。「現在」につながります。

西の述懐

徴兵忌避したやつに出世で敗けるのは嫌だ。あのやろう。戦争は苦しかった。そもそも食料がなかった。米軍の食料を泥棒するのが仕事だった。隊は俺以外全滅した。知り合ったノロマな長沼一等兵も、機銃掃射で死んだ。いや、あいつは死んでいない。植物になって今でも生きているのだ。悩みがない植物になって生きているんだ。
俺だけ生き残って申し訳ない。あいつらの敵討ちのためにも、浜田を課長にはさせない。例の記者に当たってみるか。

(あらすじ、終)

ライバル西は、戦争中は兵隊というより泥棒だったと述懐しますが、浜田の妻も泥棒をします。西は戦友たちのためにも敗けられないと浜田との闘争をがんばりますが、浜田は浜田で自殺した柳のためにも敗けられないとがんばります。西は長沼一等兵は植物になって生きていると言いますが、本作の題名は「笹まくら」、つまり笹を枕に苦しい旅する物語で、浜田も植物と一体化したのです。長沼一等兵の鉄兜は、樹木のてっぺんで毎年南十字星に近づきます。浜田と阿貴子はいっしょに東京タワーに登りました。西と浜田はパラレルなのです。ただ一人は戦争にゆき、一人は逃げただけです。

守護女神

現在時間は阿貴子という昔の宇和島の女の訃報からはじまり、陽子という現在の妻の万引き後の爆睡に終わります。この間に、課長昇進の話があり、それがポシャり、再就職の面談を控えています。阿貴子は逃避行している自分を匿ってくれた女です。恩人です。冒頭で女神の霊的庇護がなくなった。それに気づかず浜田は陽子と旅行します。阿貴子との行動を上書きします。当然タタリがあります。案の定課長にはなれません。でもどうも新たに女神を手に入れたようです。万引き妻陽子です。国家権力なんぞ恐れていません。
陽子は元来勝手な人間です。亭主が相手してくれなければ、隣の布団で自慰を始めます。声が聞こえてきます。年食った浜田にはプレッシャーです。しかしそれくらい勝手だからこそ、今後浜田を守ってくれそうです。頼もしいです。

浜田が家出をして、半年ほどで浜田の母は死にます。睡眠薬の飲みすぎです。自殺だったのか事故だったのか判然としません。母という守護女神を失った浜田は苦労します。2年後に阿貴子に出会います。あらたな守護女神です。

本作は母との別れ、阿貴子との別れ、妻の万引きを、近接した箇所に配置しています。時系列グチャグチャ系だからこそできる離れ業です。

赤の箇所です。作品の終盤で大きく盛り上がる構成です。現在と過去の決定的な瞬間が一度に襲ってくる感覚です。きわめて戦略的です。

これから浜田はどうなるのでしょう。転職は成功します。ただし地方転勤はあります。長期定住ではなく、営業所を点々と移動してゆきます。妻もいっしょに移動します。ゆく先々で万引きをします。ルパン+峰不二子をやるのです。これはこれで、スリリングで楽しそうです。

逃避行

徴兵忌避の逃避行は、時系列バラバラに配置されていますので把握が難しい。表にしてみました。

最初は宮崎に、その後秋田に、さらに各地を転々として、一時期朝鮮にも渡ります。もっとも結果がよくなかったのですぐに帰ってきます。場所に注目すると面白いことに気付きます。
東京に立ち寄らないのは、出生地だからです。バレる恐れがあるからです。関東地方も危ないので、伊豆以外には行っていません。でも関西にゆかないのは不自然です。兵庫、和歌山までです。京都、奈良、大阪、滋賀には滞在していません。大都会が嫌なのではありません。名古屋には行っていますから。
なぜ京畿に入らないのか。そこが天皇の土地だからです。ではなぜ宮崎から始めたのか。浜田は「裏天皇」だからです。天孫降臨の地だからです。新海監督の新作アニメも宮崎からはじまるようで、

まだ見ていませんが、こういうところは物語の定番ですね。
逃避行を終えて東京に帰る前、浜田はなぜか茶碗を買います。「草枕」の旅が終わったからです。

家にあれば笥に盛る飯を
草枕旅にしあれば椎の葉に盛る

飯を草の葉に盛る生活をやめて、食器に盛る生活に戻った。その茶碗を持って父の元に帰ります。上の和歌は有間皇子の作です。

人形作家の極めてすぐれた作品ですが、見ただけで何人もの人が「これは有間皇子だ」と判定していますね。なぜなら葉っぱに飯を盛っているから(ツイートクリックして手元をご確認ください)。つまりその人達は草枕の歌を知っており、有間皇子の悲劇も知っている。そんな人が多く居ることを期待して人形作家は製作したのでしょう。丸谷才一もそんな読者を期待して本作を書きました。タイトルの「笹まくら」は、

これもまたかりそめ臥しのささ枕
一夜の夢の契りばかりに

という藤原俊成女という歌人の作です。この歌自体が有間皇子の歌を下敷きにしています。食欲か性欲かという違いだけです。もしも「草枕」というタイトルをつけると夏目漱石作品とカブりますので、作者は藤原俊成女の歌を引っ張ってきた。

漱石の「草枕」も、浜田と同じく実社会から逃避した画工の物語です。温泉宿で女性と知り合い、社会性を回復してゆきます。舞台は宮崎の裏側、熊本です。
有間皇子→藤原俊成女→夏目漱石→丸谷才一、枕という小さなキーワードから滔々たる文学の流れが見えますね。有間皇子はむほんに成功していれば天皇でしたが、中大兄皇子たちに敗れました。裏天皇、敗者たちの物語ですね。

国家の目的

戦争にゆく前、柳、堺、浜田たちは、国家の本質について議論を深めてゆきます。そもそも国家の存在は無目的だ。だから維持が難しい。だから維持をするために戦争をするのだ。一見逃亡者の無責任な議論のように見えますが、それなりに本質は突いています。地球上に国家ができたのは、数千年前、エジプトかメソポタミアかシリアかトルコか、どこだか私は知りませんが、都市国家が成立します。外敵から自分達を守るためです。食物を溜め込んでいますから、どうしても周りの人々が略奪に来る。だったら城壁を築いて、武器を揃えて、戦士を確保して防衛しなければ生きて行けない。防衛だって戦争の一部ですから、国家の主目的は戦争なのです。
それがある程度以上機能する、つまり人々の生存にとって有利であることが経験則的に判明したので、国家は地球全体に拡がりました。今や南極以外、国家のない土地はほぼない。仮に一つの国を除いて全人類が国家を廃止したとしても、すぐに全地球に国家は広がるでしょう。最後の一つの国家に全て征服されるか、対抗するために廃止した国家を再興するか、二つに一つの選択肢しかないからです。では全ての国家を廃止したら? まず一つ、新しく国家が発生します。その後の経過は前といっしょです。すぐに地球上が国家で覆い尽くされます。
そして存在する国家同士も、戦争をする。勝者と敗者に別れる。日本は敗戦国ですので敗者です。ところが、敗戦国の中にも、より一層の敗者が居るのだ、と本作は主張します。徴兵忌避者だと。彼らは敗戦の瞬間には、みなが厭戦的だったのでさほど気にされなかったが、国家が自信を取り戻すと反逆者として非難される存在になります。しかし日本文化は伝統的に、基本的に敗者を持ち上げるのです。有間皇子はじめ、平家、義経、楠木、真田、西郷、みな敗者です。敗者を内に抱える存在であるほうが、社会として豊穣ではないか。良い社会なのではないか。
「それはそれで、反抗者も含めて一つのシステムだ」と思想家は言うかもしれませんが、たとえシステムであっても、そのほうがより柔軟で生きよいシステムだろうと思います。クリアーに正義の境界線を引かない社会です。
作者は戦中、徴兵されましたが戦地には出ていません。西と浜田の中間です。作中でも浜田が正しい、西が間違いと一方的に言っているわけではありません。ただ徴兵忌避者の人となり、言い分、社会状況を描写してみせて、読者に考えるいとぐちを与えています。

本作は時系列倒置の研究が必要なのですが、それは稿を改めます。


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