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森田芳光監督「それから」について

前回記事

で使った画像は、森田芳光監督の1985年作品です。出来はよいです。

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B012S0SI7Q/ref=atv_dp_share_cu_r

森田監督は「セリフ師」です。監督の中には俳優がどういう演技をすればよいか明快にはわからないが、なんか違うという直感だけでダメ出しするタイプが多いです。溝口健二がそうですし、小津安二郎もそうです。森田は違います。俳優がそのシーンでどのようにセリフを発声すれば良いか、事前に明快に理解しています。特殊な才能です。撮影の際にはセリフをほぼ口移しで伝えます。自分でセリフを読んでみせて、こんなふうにしてください、とマネをさせます。撮影効率が非常に良くなります。無駄な試行錯誤がなくなりますから。

「それから」のクライマックスは、1:39から7分続くシーン

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です。森田は地味な大冒険をしています。7分間カメラ固定。つまり7分全く同じ構図。会話シーンにつきものの顔アップなし。同じ絵を延々と見せられます。狂気の撮影です。しかも主演女優藤谷美和子は非常識なほどの小声で話します。ほどんど聞こえないはずの声量なのですが、文脈を正しく理解し、正しい表情付けをしたセリフ発声なので、小さい音量でも聞き取れます。針の穴を通すピアニッシモ芸術です。
このシーンで代助は三千代に告白をし、三千代は受け入れ、二人で地獄の業火に焼かれる決意をします。
「仕方がない、覚悟を決めましょう」の三千代の一言でシーンは終わりますが、おそらく映画史上最も小声で語られた決死のセリフです。三千代の覚悟が伝わってくるということは、つまり森田監督の覚悟が凄いのです。7分間ノーカット無編集のこのシーン、何回撮り直ししたのか知りませんが、松田、藤谷の演技の集中力も絶賛に値します。両者とも「ここがクライマックスだからこそ、ギリギリまで極小の演技をしなければならない」ことを理解しています。原作者が見ても納得するであろう仕事です。

その素晴らしさの一方で、カメラは少々甘い。十分頑張ってはいますけど。

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決して悪い撮影ではありません。でも超一流でもありません。上記写真、実は構図が全て少しづつ甘い。くだんのピアニッシモシーンも、後ろの障子が少し傾いています。

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カメラがほんの少し松田寄りに位置したので、歪みが出た。意図してそうする場合もありますが、この場合は画面の美しさを損なっています。「そんな細かいこと」と思われるかもしれませんが、たとえば今日の庵野秀明などは、こういう甘い構図を絶対にしません。

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「それから」と比べると画面の美しさの次元が違うことがお分かりいただけると思います。こちらのほうがはるかに上です。撮影の意図以前に、水平垂直の精度そのものが違います。
「それは昔の映画だから仕方がないのでは?」と思われるかもしれませんが、違います。たとえば「それから」の25年前、1960年の「おとうと」という映画、Youtubeに上がっていますから早送りででも御覧ください。

https://youtu.be/Z8t4EJTT7jQ

お時間ない方用に画像も置いておきます。

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市川崑監督、宮川一夫撮影ですので、陰影豊かな撮影という意味では、普通に世界映画史上最高レベルです。構図も研ぎ澄まされています。つまり「それから」の頃、1985年くらいがむしろ日本映画の低迷期なのです。庵野監督が市川昆を好きなのはエヴァのタイトルから有名ですが、突き詰めた美的映像という意味では確かに似通っています。森田にはその突き詰めはない。セリフの天才、画作りの凡才です。

しかしそれでも本作は夏目漱石作品の映画化では、最高レベルです。映画で最重要なのは脚本ですが、頑張っています。「ニーベルングの指環」が下敷きとは読めていませんが、非常に丁寧に原作者の意図を汲み上げています。ラストシーンの電車に乗った代助の世界炎上は流石に映像化不能ですから、作中何度か電車シーンを挿入して再現しようとしています。

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処理としてあまり上手ではありませんが、原作尊重の気持ちは伝わってきます。

漱石作品はだいたい映画化は失敗しています。ストーリーとしてそんなに面白いものではないから、商業ベースに乗らない。漱石最大の美質は文章力なのですが、映画化するとそこが無効になるので、筋のつまらなさだけが浮き上がります。森田は頑張ってなんとか楽しめる映画にしていますから讃えられるべきですね。個人的にはアニメ監督さんに漱石映画作って欲しいです。今のアニメ業界は漱石の文章力レベルの作画力持っていると思います。淡々と美しく表現すればそれなりにはなります。声優も優れた人材多いですし。


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