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『ありがとう。』が足りない。

小さな頃、大人はもっと大人だと思ったし
エスカレーター式でそれなりの男性とお付き合いをし、それなりの時期に結婚をし平和な家庭を当たり前のように築ける思った。

現実では大人になっても大人ではないし、クソな男性とばかりお付き合いを重ね、それなりの時期に結婚を逃し、キスをする相手すらいない。
平和な家庭なんて夢のまた夢。

自ら、一般的と呼べる幸せを放棄して、音楽の世界で生きているのだから致し方ないとは思っている。それでも音楽をやりながらもちゃんと家庭を築いてる人だっている。まぁ、とりあえずはなんとか健康で生きていられるからいいかと極論を言いたくなる。どんな時だって極論を言えば終わり。

これは諦めなのか悟りなのか、地獄なのか天国なのか、もはや考えることすら意味がないのではないかと考えていたら38度目の誕生日がやってきた。
私が物心ついた時、母親は38歳だった。あの頃の母親と同じ年齢になってしまった。

誕生日の日はなるべく暇をしたくないと思ってしまう。
去年もアルバムのレコーディングを入れて一日スタジオにこもっていた。
今回は福井伸実ちゃんとのユニット「ぜんぶ夢みたい、私ここにいるのに」の新しいアーティスト写真の撮影を入れた。
伸実ちゃんから「誕生日に撮影入れていいのですか?」と気を遣ってくれたが
私はむしろちゃんと仕事している方が楽だった。

誕生日の日のSNSは更新をしづらい。
0時になってすぐに誕生日アピールするのも嫌だし、しなかったらしないで誰か気づいてよとなるし。誕生日なんて誰か覚えているのだろうかと疑問を抱いていたが夜中にファンの子と伸実ちゃんからのお祝いメッセージ。
私自身が人の誕生日を覚えられないタイプなので、素直に連絡がくるのは嬉しい。

日中、アーティスト写真の撮影が終わり、自宅で伸実ちゃんが誕生日ケーキを焼いてくれていた。誕生日に祝ってもらうことはあっても、手作りケーキは初めてだった。
伸実ちゃんが作った美味しいバースデーケーキを食べて、誕生日プレゼントをもらって、とても幸せな誕生日。
そして衝動的に撮影終わりでomoimegurasuの祐ちゃんとご飯。
急に会うことになったのに、誕生日プレゼント用意してくれてご馳走までしてくれた。美人な大人女子たちに祝ってもらえるなんて私はもう男いらないのかも?!そんな気さえ起きる。

人生はある程度、満たされていればどれかが欠けていても補える。
ここ数ヶ月は本当に恋愛のれの字も出ないような日々。
でもそれにも慣れてきた。さめざめとしては危険性もあるが大丈夫。
しばらくは思い出で曲を作れるから。

思い描いてた大人には全然慣れていないし、今だに生涯をともにしたい相手がいないなんて悲劇的なことだがこれもまた人生。

おめでとうと祝ってくれる人たちへの言葉に私の「ありがとう」が足りてない。
改めてありがとうございます。
私ができるあらゆる表現方法でこの一年を豊かに過ごそうと思います。

今年の誕生日は少し気になってる人からおめでとうラインが来たら良しとしよう。

恋してぇ。

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