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【2019年9月号-仰角の実感-】地図博士 ノノさんの鳥の目、虫の目⑨

このnoteでは、『月刊不動産流通』の過去の記事を紹介しています。

「地図博士 ノノさんの鳥の目、虫の目」では、地図にまつわるエピソードを毎号紹介しています。執筆は、(一財)日本地図センター顧問の野々村邦夫氏です。

★2019年9月号
「仰角の実感」

田子の浦ゆ  うち出でてみれば  真白にそ 
  不尽の高嶺に  雪は降りける

山部赤人が万葉集に遺した歌だ。見上げるというほどではないにしても、富士山は天高く聳えるように見えたのだろう。歌を詠んだ海上よりはやや近くなるが、田子の浦の海岸から富士山山頂までの距離を地形図上で測ると
25.5km、富士山山頂の高さは3776mだから、標高0mの田子の浦海岸から富士山山頂を望む視線の勾配は1000分の148となり、三角関数表のタンジェント(tan)の欄を参照すると、仰角(視線が水平面と成す角度)は約8°ということになる。

箱根登山鉄道ケーブルカーの麓側の駅、強羅駅から山頂側の駅、早雲山駅を見上げると、かなり急な傾斜があるように感じられる。両駅間の水平距離は1.2km、標高差は約200mだから、勾配は1000分の167となり、仰角は約9°である。

防衛省は本年6月、陸上配備型ミサイル迎撃システム「イージスアショア」の配備計画に関し、前月に秋田市へ提出した報告書に誤りがあることを認め、謝罪した。レーダーの障害となる周辺の山の仰角を算出するに際し、高さを強調した縦断面図の上で角度を測り、実際には4°の仰角を15°とするような、過大な数値を出していたというのだ。このような誤りは、地図に関する
初歩的な知識の欠如であり、私の周辺ではそれを嘆いたり非難したりする声が強い。

私も同感だが、ただ、このことを知ったときの私の驚きと感想は、やや違った。国土の防衛に携わる職員の地図の知識不足は大いに問題だが、それ以上に現場経験や現場感覚の欠如は、もっと大きな、深刻な問題ではないか。実際に大砲やミサイルを操作した経験、現場で電波障害を検討した経験などがあれば、仰角15°とはどんな感じなのか、直感的にわかるはずだ。

例えば、立山(富山県)山麓の室堂平(標高約2430m)から立山(標高3003m)方面を眺めたとき、水平距離は約2km、標高差最大570mとすると、勾配は1000分の285となり、仰角は最大約16°程度になる。こうなれば、高山を見上げる感じだ。

戦争は絶対にして欲しくないが、指揮官や作戦参謀が実戦を模した現場体験を持たずして防衛計画を練るのは茶番だ。防衛省に限らず、現場を軽視した行政がまかり通る現状は、嘆かわしいではないか。




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