歪(いびつ)だけど興隆を極めるGT3レースと、誰も見てないけど超絶技巧のSFJボーイズ

フヂエンは2015年くらいまでは割と真剣に自動車レースに取り組んでいたのですが、現在の自動車レースはワンメイク化の流れもあり、モノづくりしたい人にとってはあまり快適な環境じゃないって事で、徐々に離れてしまいました。
けれども、 頼まれればモノを作ったり、エンジニアリングのお手伝いしたり、たまにレースの現場に顔出したり、一定の距離感を持っていました。

この週末、GT WORLD CHALLENGE ASIAのレースが鈴鹿であるって事で、シンガポールのチームのコンポジット(CFRP)の修理を請け負って欲しいという依頼があり、現場にほぼ毎日行ってました。

そこで感じた事を書きます。

まず、10年ほど前に僕はマレーシアのGTチームの手伝いでGTアジアに行っていた時期があるのですが、その頃と比較すると、アジアのGTチームもすっかり進化していて、よりプロフェッショナルな印象です。
機材も充実しているし、メカニックの動きも効率的でよりプロフェッショナル。

ですが、ドライバーのレベルとしては相変わらずで、
止められない、曲げられない、(周りが)見えない」の3連コンボで、レースとなるとコース上のいたる所で接触&コースアウトが発生していました。
本来的にあんな速いマシンでレースやれないレベルのドライバーたちが走っている印象です。(も少し軽くて小さいクルマで練習した方がいいよね、練習しろ!という意味です)
そもそもSROが発明したGT3というカテゴリーは、「(僕のような)レース原理主義者の言うてる事聞いてたら経済的成功はありえへん、本質曲げてでもレースは盛り上げて成長するべきや!下手くそでもお金持ちは大切なお客様やで!」と言う理念のもと(知らんけど)、BOP(バランス オブ パフォーマンス)という謎ルールを作って、世界中のスポーツカーの走行性能の平準化に成功しました。
BOPとは、コレすなわち、グリッドに並ぶ車両のそれぞれに適用されるルールが違うという事です。
運動会のかけっこに例えると、太っていて足の遅い子は20m先からスタート、陸上部の女子は5m先、サッカー部の俊足男子は0m地点からスタート、みたいなモノです。
本田宗一郎さんが聞いたら「車ごとにルールが違うだと?そんなしょーもないレースやめてしまえ!」とキレてテーブルひっくり返してしまいそうですが、今の世の中では、それが正しい事とされています。

スポーツカーメーカーにとってはメリットの大きいルールなので、ばっちりハマりました。
純粋な速さの面では一歩も二歩も劣るクルマ(別にベントレーとかレクサスとかNSXを指しているいるわけではありません)でも、BOP次第で伍して走れる、ブランドイメージの向上に一役買えるわけです。
もともと真面目に自社のクルマでレースシリーズを開催していたポルシェやフェラーリにとっても、ワンメイク(カップカー)→GT3へのステップアップの階段を作れることになり、目標設定とその達成により顧客満足度を高めることが出来ます。(悪い言い方すると、ひとりのドライバーから、より長く搾り取れる。)
そもそも、自動車技術に興味があってレースにはまり込んだ僕らみたいな理系人間にとって、本当に優秀な自動車技術がどのメーカーにあるのか見えなくなるBOPとかもう本当に意味不明で、忌み嫌うものなのですが、いつの時代もエンジニアリングよりもマーケティングが優勢です。
そして、GT3は実際に世界中で支持されていますし、かつてはミドルフォーミュラやガチ系ツーリングカーレースで若者にボコられてレースが嫌になりかけていたお金持ちのおじさんレーサーたちは、GT3レースフォーマットのおかげで自身の運転技術をそれほど磨かなくてもけっこうドヤれる、という事で、顧客満足度を高めて、SROとメーカー、レース業界は経済的成功を手に入れました。

しかし、そこには弊害もあります。
GT3というレースカーを世界中に売りまくるために、レースカーのメンテナンスを簡単にする事に注力しました。
ルールでサスペンションのスプリングは数種類まで、とかクルマに対しての調整項目を絞って、マニュアル化して普通レベルのエンジニア&メカニックでも維持管理できるようにしました。
本来、ガチ系のレーシングカーっていろんな所にややこしい仕組みがあったりして、腕っこきのメカニックじゃないとまともに走らせられない、そういうモノなんです。そういうメカニックってヨーロッパの一部の国、日本、北米にしかいないものでした。
でもSROが狙うのは第三世界の新興国、レース未開の地ですから、優秀な腕っこきメカなんていません。そこで、腕っこき不要なクルマにしたわけです。
アジアの国ではそれで良かった。おかげで自動車レースが少しずつ産業として根付きつつあります。
でも、日本はそうなって欲しくなかったけど、GT3が「業務として取り組む」レースの主流になってしまったおかげで、日本人メカニックのスキルレベルが落ちています。
昔は、シーズンオフになるとホワイトボディの屋根剥がしてバードケージ組んで、そこいらじゅう補強いれて、サスペンションパーツを機械加工して、てな具合にモノづくりしないとクルマが完成させられない環境だったので、若いメカニックたちは先輩にケリ入れられながらも技術を磨いて腕っこきになっていた訳です。
ですが、今の子たちは学校を卒業してずっとGT3だと、パーツはメーカーから届くので機械加工できないし(やっちゃダメ)、ひたすらセットアップとセットダウン、その間にパーツ交換、そんな感じなワケです。
とあるGT500のチーフが言ってました、「今の若い奴ら、タイヤラックもまともに作れねぇ。」と。そうなりますよね。だってやった事ないんだもん。
その点、フヂエンでは年がら年中モノづくりですから、入社2年もすれば、そこそこのモノは作れるようになります。
日本のレース界の優位性は「いちからレースカー作れる」だったのですが、それも失われつつあります。
全てGT3のせいとは言いませんが、悲しいですね。

まあ、そんな感じでGT3スタンダードが蔓延してしまったモータースポーツ界に少し悲しい気持ちになりつつ、SFJ(スーパーFJ)のレースを観ました。
SFJのレースが開催された日曜日の朝には、思い出しかけたレースへの情熱がすっかり冷めかけてたので期待値低く見ていたのですが、

SFJは想像以上に良いモノ

でした。
なんと言ってもドライバーのレベルが高い。
先頭集団は10代のカート上がりの若い子たちが多かった様ですが、とても完成度の高い走りに感動しました。
クルマの動かし方、他車との位置取り、サイドバイサイドのバトルの寸止め技術、どれをとっても僕らがFJボーイズだった2000年頃とは大違い。僕らのころは「速いか遅いか」だけでひたすらにがむしゃらに「おりゃーーー!」と走っていただけでしたが、今の子たちはベースで速いのが当たり前で、そこからレース運びだったり、タイヤの温度管理、バトルの駆け引きとか、高次元な事やっています。
今、F1で活躍?している角田選手がSFJを卒業して数年後にはF1乗っていたのも納得できました。コイツらすげーや、と思った次第です。
でも、朝8時過ぎからのサポートレースなので、関係者以外には誰も観ていない注目度ゼロなのが残念ですね。メインレースよりもレベル高いのに。

SFJは今となっては数少ないマルチメイクス(コンストラクターが複数ある)のジュニアフォーミュラのレースです。
世界の潮流では、ジュニアフォーミュラはドライバー育成の為だけの存在なので、マシン自体の競争は歓迎されていません。
そもそも、費用の高騰を防ぐ為にワンメイク化したはずですが、どこのレースもそうなっていないのが笑えます
以下に、僕が伝え聞いた1シーズンのシートのお値段です。
(ドライバー、チームの状況によってお値段は変わるし、伝え聞いた数字なので不正確な情報であることを前提にしてください)
ヨーロッパのF2 2億円?~
ヨーロッパのF4 3500万円~
日本のF4    1500万円~

それに対してSFJは、500万円あれば充実した環境で戦えます
マシンの速さが違うとは言え、桁違いに安い。
全日本カートよりも安い、という話も聞きます。
今後、コスト抑制の為にワンメイク!というのは根拠ない主張なので、信じるのはやめましょう。

これからSFJも物価上昇の影響でコストアップしてしまうかもしれません、けど今はまだ安いと言えます。
なのにこんなに高い競技レベルに入れる珍しいカテゴリーです。
もしカートからフォーミュラに上がる事を検討しているキッズは、SFJを検討してみるのも良いかもしれません。
SFJなんて上に繋がってないカテゴリーだからダメ、F4のほうが良いよ、という声もありますが、そもそも速く走れる能力が無いのに上に行くと支払い金額が高くなるばかりで、辛い人生が待っています。SFJでたっぷりトレーニングして自身に根源的なスピードセンスがあるかどうか確認してからでも良い、というのが僕の印象です。

というワケで、数日間サーキットに通ってみて感じた事を書いてみました。
僕が考える理想的な世界観とはかけ離れた状況ではありますが、そこにいる人たちは楽しい人たちばかりだし、レースを愛しているし(たぶん)、つかの間だけど楽しませてもらいました。
技術者としては、レースはそれほどエキサイティングな場所では無いので、今取り組んでいる電動車とか次世代自動車の開発業務をやっていきます。
でも、本質的に自動車レースは好きなので、今よりももうちょっと関わりを深めて行きたいな、という気持ちもあります。
では、ありがとうございました。



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