「筆先三寸」日記再録 2001年4月


2001年4月1日(日)

 少しトップをいじってみました。平野敬子デザインの新聞広告みたいになりました。
 ということで、今月からはもう少しまめに更新していければなあと思っています。
 雑文サイトとしてのありようも含めて。


2001年4月1日(日)その2

 3月31日に、とうとうユニバーサル・スタジオ・ジャパンがオーブンした。大阪では、テレビも新聞もUSJの話題で持ちきりである。
 子持ちの身としては、これはなんとしても早々に行かねばならない。しかしながら、この前売り券が手に入らないのである。先月の下旬にあちこち問い合わせてみたのだが、90日前からという前売りのスパンのうちにある週末の分はすべて売り切れていると言われてしまった。おそるべしハリウッド。
 しっかーし! 今日あらためて近場の旅行代理店で聞くと、7日の土曜の分がキャンセルで空きが出ているというではないか!
 買いましたよ買いました、速攻で買った。オークションではすでに1万を超えているというチケットが正規の値段である。おまけに開業二度目の週末、これを手に入れずして何が大阪府民か。
 というわけで、今週末はUSJへ参ります。

 でも、USJってTDLにくらべてやっぱりキャラの弱さは否めない。ピーナツ、ウッドペッカー、ET、ジョーズ、恐竜、ターミネーターと並べてみても、ミッキー連合とは比べ物にならない。実は、今も最強のユニバーサル社独自のキャラクターは、ボリス・カーロフが演じた「フランケンシュタインの怪物」なのである(フランケンシュタインと聞けば誰もが思い浮かべるあれ)。勝てようはずがない。
 まあ、大人向けの「ハリウッド映画」がテーマの遊園地とすればそれでいいのかもしれないけれど。
 スクリーミング・マッド・ジョージが朝日新聞にコメントを寄せていたように、「中に本物の映画スタジオがあれがぐっと格が上がる」というのは真理だと思う。その点は京都の東映太秦映画村を見習うべきであった。

 そこでやはり、日本の資本で日本独自のばかでかいキャラクター・テーマパークをつくってほしい。アニメ路線にかぎって、虫プロとタツノコプロと東映動画が組めばどうか。資本は任天堂で。アトムがいる、レオがいる、リボンの騎士が、ムーミンが、メルモちゃんが、ガッチャマンが、キャシャーンが、ヤッターマンが、マリオが、クッパが、カービィがいる。もちろん巨大ロボはゴロゴロいる。当然ながらポケモンがどっさりいる。紅三四郎とかブラックジャックとか、リンクもつけよう。製作会社はよくわからないけれど、セーラームーンとかラムちゃんとかサリーちゃんとか赤ずきんチャチャとかオジャ魔女どれみとか、女の子向けにもがんがん行こう。ネロとパトラッシュで泣かせるコーナーも作っとこう。
 なんか名前を書き出してイメージを膨らませるだけで胸がときめいてくる。国内ならTDLもUSJもメじゃないラインアップだと思うのだが。


2001年4月2日(月)

 いよいよ本格的に新年度が始まってしまいましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

 私は今日から直属の上司が変わりました。私が飛ばされたわけではなく、課長級の人事異動があったのです。
 世間では「直属の上司」というと、お約束のように馬鹿や悪人ばかりですが、残念ながら私は奉職以来、上司には結構恵まれてきました。キャラクターはばらばらですが、部下をかばうとか、口は堅いが腰は軽いとか、いざというとき当てになるとか、まあ下の者にとってはありがたい上司にばかり恵まれてきたような気がします。もちろん公務員はみんなそうかというとそんなことはあるはずもなく、部下にとっては「地獄の使者」みたいな管理職も掃いて捨てるほどいますけれど。
 今度の上司もどうやら当たりのようです。まだ戸惑っているところもあるようですが、頭もよさそうですし、変な威圧感もないですし。なにとぞ、ばりばり仕事のできる人(ていうか、私の分も勝手にやってくれるような人)でありますように。

 うちの子どもも、お兄ちゃんは今日から小学校です。といっても、学校そのものは来週からなので、今のところは保育園代わりの学童保育というのに行くことになってます。
 帰宅してから、初登校の感想を聞いてみました。
「めっちゃ楽しかった。保育園より楽しかった。また行きたい」
 そら行かなあかんっちゅうねん。
「5つしかやることないねん。かん字書くやろー、お外で遊ぶやろー、お弁当食べるやろー、中で遊ぶやろー、おやつ食べるやろー、そんだけ」
 うっわー、お父さんと代わってくれー。
 で、自由帳に書いた漢字を見せてもらいました。「闇」「道」「黒」「暗」「騎」とか、なんかとんでもない字が並んでいます。
 お前、それ、「遊戯王」の……

 下のチビさんは、今日から2歳児クラスのうめ組さんです。
 晴れて制服のスモックが着られるようになり、気分はすっかりお兄さんのようです。
 妻の報告によると、自分で靴を履き替えるわ、抱っこをせがむこともないわで、ずいぶんはりきっている様子です。
 こちらも昇級の感想を聞いてみました。
「ともちゃんな、うめぐみさんやからな、せんせいな、うろうろするってな、おこられんねん」
 やっぱり怒られてんねやないか。


2001年4月3日(火)

 上の子は、ようやくのことで駄洒落がわかってきたらしい。
「なあなあ、お父さん、だじゃれいうたろか。“ジョーズはおよぐのがじょうず”」
 他にもある。
「あたらしいどうぶつ、アザラシイ」

 たしかに駄洒落であるという以外に言葉はないのだが、私はここで考え込んでしまう。
 これらはまったく面白くもないかわりに、どうやらサムくもない。単なる駄洒落であるというにすぎない。
 それらの線引きは奈辺にあるのだろう。

 今度「笑点」でも見て研究してみようか。


2001年4月4日(水)

 いくら公務員とはいえ、急ぎの仕事があったりもするので、今日も書類を持って帰ってきました。
 その後で時間があれば、書きかけの雑文にも目途をつけたいしなあなどとも思っていました。
 しかし。
 すいません、また「明石家マンション物語」を最後まで見てしまいました。おまけに今日は特番の上に、ナイターが押したせいで、番組が終わったのは12時前でした。
 風呂入って、この日記書いてると、あっというまに12時半です。もうやけくそでビールも飲んじゃってますから、当然仕事もへったくれもありません。この日記をアップしたら速攻寝ることになるでしょう。
 あーあ、なんてこったい。

 と、ここまではいつもの話。特番があろうとなかろうと、山のような仕事があろうと、しょっちゅう繰り返している話である。すべきことがあるのに無駄に時間を過ごして、あとから真剣に後悔したり、せっぱ詰まったりすることになる。
 意志が弱いとか、自制心がないとか、だらしないとかいうのはその通りなんだろうけれど、最近は違う印象を持ちはじめている。意志の強さや自制心ではどうにもならない部分があるような気がしている。
 テレビを見ながら、心の中ではずっと思っているのである。
「あかんあかん、こんなことしてたらあかん。することいっぱいあんねんから。あかんあかん、はよテレビ消して風呂入らな」
 しかし、2時間3時間と過ぎて結局何もできずに終わってしまう。
「あーあ、またやってしもたー。もう、どうしょうー、ほんまにもう」
 半泣きである。

 ところで、これはギャンブル依存症と似ていないか。明日の米代どころか帰りの電車賃まで馬券にしてしまうおじさんや、赤ん坊のミルク代までパチンコにつぎ込む主婦の心的機制に似たところはないか。
 ギャンブル依存症は、しばしば「射幸心」や「ギャンブルそのものの魅力(はまっているときの脳内麻薬の分泌がどうとか)」を軸に語られることが多いけれど、それはひとつの側面に過ぎないと思う。
 「自分をどうしようもないところにまで追い込む快楽」や、「のたうちまわるような後悔の誘惑」といったものからのアプローチこそが、非常に重要な気がする。
 それらは実際のところ、快楽でもなんでもなく、苦しみ以外の何物でもないのだけれど、そこへ至ることが明白な「無意識の期待」の上に、「射幸心」や「ギャンブルの魅力」が乗っかってるんだと思う。
 自分で書いていてもわかりにくいのだが、損を取り返すことや一攫千金を願う一方で、「うわー、やってしもたー、どうしよう。えらいこっちゃー」となることがわかっていて、なおかつそうなってやっと安心する部分があったりするのではないかということである。だから、「依存症」とまで呼ばれるのかもしれない。

 きちんと書けないまま、もう1時を過ぎてしまった。
 あーあ、明日、これ、この仕事、どないしょう。もうほんまに。


2001年4月5日(木)

 野茂がまたもやノーヒットノーラン! すげえ。
 近ごろはイチローや新庄のニュースばっかで、どうしたんだろうと思ってたら、とんでもないことやらかしてやんの。
 足掛け7年もメジャーに残りつづけて、おまけに大リーグ史上4人目の、両リーグでの無安打無得点試合。
 なんかもうがんばれニッポンつうより、モノホンの日系大リーガーじゃん。

 新庄はこないだいい守備見せてくれたし、イチローは、今日もせこく見えるほど渋い(マジうまい)バッティングで4の2だし。
 日本人としてというより、新しい世界へ単身飛び出した人間が、努力と才能で花開く姿を見るのは、本当に胸のすく感じがする。

 ひきかえ、日本のプロ野球も開幕したけれど、そっちはどうも興味がわかない。タイガースの試合はどうにか見るし、(めずらしくも勝てば)面白いとも思うんだけれど。ジャイアンツの試合なんかは、あの強欲で頑固なクソジジイの顔がちらついて気分が悪いので、すぐチャンネルを変えてしまう。それに、どのチームの選手もなんか一生懸命で楽しそうじゃないし。
 新庄を見習え新庄を。いつもすっごく楽しそうじゃないか。あの独特の性格と、メジャー・リーグっていう環境のせいもあるんだろうけれど、プロ野球でもあんなに楽しんでがんばれるんじゃないかと、見てるとこっちまでうれしくなる。なにが「野球道」だっつの。
 スワローズとかライオンズとかにそんな気配のする選手はいなくもないけれど、まだなんか中途半端な気がする。

 あ、でも日本の球史には空前絶後の大選手がいましたね。心から野球を楽しんで、観客に自分のワクワクを伝えてくれた、打っても守っても、その姿を見ているだけで心の憂さが晴れるような選手です。ひいきチームの枠を超えて、誰もがその選手のファンだったような選手です。
 手近の団塊の世代のオヤジに聞いてみてください。「どんな選手だった?」と。誰もが少年のように目を輝かせて、その選手の話をしてくれるでしょう。
 もう日本国内じゃあんな選手は出ないような気がします。日本人選手のメジャーでの活躍を見ていると。

 だって、今のセパ12球団、フロントからグラウンドボーイまで全部ひっくるめて何千人いるのか知らないけれど、一番楽しそうにしてるは、やっぱりあの人だもんなあ。たいしたもんだ。


2001年4月6日(金)

 今日は、上の子の小学校の入学式でした。
 おしめが取れたことさえ、つい昨日のことのような気がするのですが、あっという間に小学1年生です。
 入学式の間も、そのあとの教室での先生によるお話の間も、他の多くの子どもたちのように身じろぎもせず、おしゃべりもせず、ひとりきりっと背筋を伸ばして椅子に座っている息子の姿はなかなか頼もしいものがありました。
 これからの6年、勉強もいじめも友だちづきあいも含めて、きっといろんなことがあるでしょう。集団登校、給食当番、宿題、買い食い、社会見学。たくさんの、本当にたくさんのことがあるでしょう。
 それらのすべてが彼を育み、鍛え、励まし、そして、それらのすべてが彼の喜びとなりますように。
 友だち百人できるかな(そんなにたくさんいらないけれど)。


2001年4月7日(土)

 本日、かねての予告どおりユニバーサル・スタジオ・ジャパンへ行ってまいりました。
 家族揃って午前5時半起床で、帰宅は午後10時を回りました。かなりの強行軍です。
 そんなわけで疲れてて、いろんなアトラクションの感想は書きませんが(楽しかったー)、某TDLと比べて、USJの素晴らしい点をひとつだけ。

 中でビール売ってんねん、ビール。そこらじゅうの売店で、大瓶1本ぐらい十分入るようなカップになみなみと注いでくれんねん。

 空はスカッと青空、風景はアメリカン、流れるBGMはオールディーズにR&B、そんなところでゴクゴクゴク、プハーッて、最高でした。なんかもうずっとほろ酔い。


2001年4月8日(日)

 もうなんかあんまり有名すぎるので、文中リンクも張らずにおくけれども、「侍魂」というサイトがある。あのしぶい「Read Me ! Japan」のカウンタでも、日に4~5万のヒットを数える怪物サイトである。
 画像もあるにはあるが、ほぼ純然たるテキストサイトである。そしてこれが面白い。「想」だの「魂」だの、なんだかよくわからないコンテンツにあるテキストの面白いこと、抱腹絶倒である。

 ただ、このテキストの書き方に特長がある。黒バックに白文字が基本の、いわゆる「フォントいじり系」なのである。ボケやツッコミや強調したいところで、フォントがでかくなったり色が変わったりする。また「タメる」ところや「ひく」ところでは、行間をズバズバ空ける。
 まあ、一般に流通している印刷物には決してないスタイルのテキスト(ウェブ上ではエピゴーネンも含めてよく見かける)なのである。

 この手の「フォントいじり系」の文章は、あまり評判がよくないようなのだが(とくにテキストを書いたり読んだりするのが好きな人間に)、私は、面白ければそんなに気にならないし、ウェブならではの「新たな表現形式」としてみるべきだろうと思っている。
 それは、「スクロールしながら読む」というWWWの制限を逆手にとって、巧妙に表現効果を高めていると思うからでもある。大きなフォントはあきらかに「大声」や「強い情動」を連想させるし、赤や黄色の文字は、画面の下から現れるときのインパクトを計算したものだ。
 同一のテキストでも、フォントをいじることによってまったく様相を(しばしば文意そのものまで)変えることすらあるのだから、同じネタでも演者によってまったく印象の異なる古典落語のようなものだ。

 結局「フォントいじり」とは、マンガにおける「コマ割り」のようなものなのではないか。読み手の視線の動きや、ネームの読み方、ページを繰るスピードまでをも計算しつくして当たり前という、まさしくそんな「コマ割り」に似ているように思う。はまれば抜群の効果、はずせば「サムい」というところまでそっくりである。

 だから、私は「フォントいじり系」を支持します。自分ではやらないけれど。
 そのまま本にする奴がいれば不幸の手紙を出してやるけれど。


2001年4月9日(月)

 今使っているパソコンは、大手メーカー製とはいえ98年の夏モデルなので、だんだんとスペックも古臭くなってきた。
 CPUがPentium II の300MHz。メモリは増設したので128MBあるが、ハードディスクにいたっては4.3GBしかない。
 でもまあ、使い道といっても、サイトめぐりとメールにワープロ程度なので、とくに不満があるというわけでもない。
 ただ、そろそろ不安を感じ始めてきた。ハードディスクがクラッシュしたらどうしようという不安である。
 このサイトのテキストなんかは、サーバから呼び戻せばすむ話だけれど、溜め込んだメールや子どもたちのデジカメの画像なんかが飛んじゃった日には目も当てられない。
 バックアップ取るにもFDDしかついてないし、そんなので何十枚もFD使うのもまだるっこしいし。

 そこで、こないだとうとうCD-R/RWドライブを買ってきました。貧乏なのでUSBじゃありません(遅いし)。貧乏でSCSIボードも買えないので外付けはあきらめました。ATAPI接続の内蔵型のやつです。おまけに、デスクトップとはいえ、5インチベイの空きがないのでCD-ROMドライブと積み替えました。同梱のソフト「WinCDR」は、オンザフライでの直焼きがウリらしいですが、べつにオンザフライでCD焼くような用事はないし。BurnProof機能がついてるといっても、安心して焼けるようなハードでもないし。そんなのすっぱいに決まってるし。

 買ってくるなり速攻でつなぎ替えて、いろいろと試して遊んでたのですが、なぜかCD-RWだけがドライブのイジェクトボタンでイジェクトできないのです。CD-R焼くのも、CD-RWで書いたり消したりするのも、何不自由なくできるのですが、CD-RWのイジェクトだけが、いちいちマイコンピュータからの右クリックを使わないとできません。もちろん、マニュアルにもそんなことは書いてありません。
 仕方がないので、サポートに電話しました。いまどきフリーダイヤルでもない上に、サポートデスクは東京です。いいかげんにしてほしいです。
 十回以上の話中をへてやっとつながっても、思いっきり待たされました。保留音の間に10円玉がガッチャンガッチャン流れ落ちる音が聞こえるようでした。で、結局答えは、
「仕様です」でした。
 しばくぞコラ。そんなもんマニュアルに1行たりとも書いてないやんけ。そういう仕様ならそう書いとけボケー。

 と、絵に描いたような、ある意味ほほえましいともいえるやり取りをさせていただいたわけですが、そのメーカーさんは何を隠そうドライブ関係では有名な ピー 社さんです。みなさんも値段に釣られてパチもんをつかまされないようにしましょうね。

 (ああ、クレームサイトデビューにはやはり失敗した。小心者な私である。とほほのほー)


2001年4月10日(火)

 10日つっても、残業して帰ったら11時半だったしー、で、これ書いてるのもう25時だしー、ねみーしー、酔ってるしー、このごろ日記全然面白くないしー、文章もぐだぐだだしー、仕事たまってるしー、アイロンもたまってるしー、洗い物はすませたけどー、なんかもう生まれてすんませんて気分。

 だもんで、チビさんの保育園の連絡帳を引用して今日はもう寝る。ある日の保育園での様子に関する保母さんのコメントである。

 某月某日。
 「はなふいてー」が毎日の日課。私(保母さん。引用者注)のところに必ずきて、「フンして」と言ってきます。
 今日もティッシュをもって私のところに来て、「はなふいてー、だれか!」。
 めちゃ笑いました。思いっきり私のとこに来てるやん!
 あと、お着替えをしていないお友だちのとこに行き、「ちょっと、きがえてないんちゃうの?!」。
 いっちょまえすぎて、かわいいです。

 家でのできごとや子どもの体調を保護者が書き、保育園での様子を保母さんが書き、連絡帳を通じて、毎日こういうざっくばらんな調子のやり取りをしている。おまけに保母さんは若くて明るくてかわいいときた。
 いやもうほんま、うちの日記よりずっと面白いしー。ほっとけ。


2001年4月11日(水)

 朝日新聞の夕刊に連載されている、高橋源一郎の「官能小説家」でも以前に言及されていたので、気にはなっていた牧村僚なのだが、立ち寄ったコンビニで見かけた文庫本のアンソロジーに収録されていたので買ってみた。収録作家はあと四人いて、綺羅光、館淳一、高竜也、北原童夢と、ある意味現代のベストメンバーである。
 で、その中味より何より、これを買ったときの話である。
 何も考えずにレジに差し出してからバイトの子を見て、ちょっと後悔した。その時間は大抵兄ちゃんしかいないのに、なんか茶髪で目のクリッとした持田真樹みたいな女の子だったのである。
 こういうときは、速攻でレジを済ませて立ち去るに限る。文庫本をカウンターに置くときに、裏表紙で定価を確認して、必死で税込みの値段を暗算しながら、ポケットの小銭を探った。
 そして、女の子が黙ってバーコードをピッとして、「700円です」と言った瞬間には、すでに私は掌に700円を用意していた。ほんの数秒で、我ながら驚異の処理能力である。これで、「ちょうどおあずかりします」の声をみなまで聞かずに、本をもらって立ち去ることができれば、レジ前では10秒とかからない。もちろんレジの子とは目を合わせることもない。

 ところが、にっこり微笑んで、「こちらカバーおかけしますか」ときた。
 そんなんいらんっちゅうねん。しゃっと払てしゅっと帰りたいねん俺は。そんな白い手のひらを上向けて、わざわざ色っぽい表紙を指差すなっちゅうねん。
「いいですいいですそのままでいいです」
 早く本をください。帰らせてください。
 にもかかわらず、敵は簡単には解放してくれない。
「それじゃあ、袋にお入れしましょうか」
 もうええっちゅうねん。そんな気は使てくれんでもええから、かわいい顔でにっこりしながら言うてくれるな。
「いいですいいですかばんに入れます」
 私もうろたえすぎのような気もするが。
「ありがとうございました」
 で、最後の最後ににやっと笑いやがった。すべてを見透かしたように。
 なんかすっごい敗北感。


2001年4月13日(金)

 素朴な疑問。
 「菊のカーテン」という言葉がある。「電通タブー」という言葉もある。前者は情報が漏れてこない、手に入れ難いと言う意味であるし、後者はマスコミではなかなか話題にならない(できない)ということの表現である。しかしながら実際のところ、天皇家のあれこれや、皇族のひととなりなどは情報に事欠かない。無論、きれいごとばかり語られがちであるにしても、興味本位の記事は珍しくないし、裏話や内情に迫るような文章も探せばなくはない。また、電通をはじめとする大手広告代理店については、(マスコミにとってはスポンサーを連れて来てくれるわけで)当然のことながら、批判めいた記事や文章を見かけることは少ないのだが、社員のからむ事件があったりするとその瞬間は一気に情報が噴出したりする。
 マスコミにおけるタブーめいたものは、やっぱりそのへんなのかなあとぼんやり思っていた。
 政治家なんてなにからなにまで週刊誌のネタだし、総理大臣だって愛人関係から、家族の乱行まで暴かれる始末である。かつての政界の黒幕とも言われた笹川良一や、右翼の巨魁児玉誉志夫だって、池田大作だって、週刊誌記事のネタになったし今もなっている。私たちが通俗小説でしばしばお目にかかる、表には絶対出てくることなく政治経済を操る、「御前」とか「お館様」なんて存在感は微塵もない。
 と、そんなことを考えていてふと気がついた。
 岩崎家や住友家の話を聞いたことがない。それらの今の当主は誰かも知らない。おそらく複雑であろう縁戚関係の一端すら知らない。女性週刊誌にも出てこないように思う。
 「三友財閥の御曹司」なら、しょっちゅう漫画に出てくるが、本物は「噂の真相」の一行記事にも出てこない。
 なんでだろう。ニュースバリューがないとも思えない。
 なんといっても日本中の広告主の総元締めみたいなもんだから、逆鱗に触れると大変なことになるというのはわかるにしても、ちょっとわからなすぎなのではないだろうか。
 べつに誰がどんな顔してるのか知りたいわけではないけれども、日本の「上流階級」とか、「社交界」とか、あるとすればそのへんじゃないかと思っているので。


2001年4月15日(日)

 子どもにつられて、「ONE PIECE」なるアニメを見てしまった。以前からやっているのは知っていたし、最近急に人気が出てきたことも知っているのだが、ちゃんと(それも小一時間も)見たのは初めてだ。
 これが面白い。
 内容は大きく言えば、他愛もない海賊ものの冒険活劇。なにして食ってんだかわかんない若い連中が主人公で、船に乗ってあちこち回りながら、敵と戦ったりお宝を手に入れたりするという話である(らしい)。
 出てくる連中も個性的なところへ、色気抜きでギャグ交じりのスピーディな展開は、子どもなら十分血湧き肉踊るだろう。
 で、来週もきっと見ようぜ、と息子と固く誓い合いながら、ふと気がついた。
 これって、ふた昔前やったら絶対スペースオペラのネタやん。いや、三十年前でも。
 SFの力が尽きたのか、SFが浸透しきったせいか、それはわからない(両方かもしれない)けれど、宇宙船ではなく海賊船に、銀色の宇宙服ではなく毛糸の腹巻をした主役の一人に、魅力を感じたのは確かだ。
 でも、これって、ほんまにスペオペやねんけどなあ。RPGの影響もあるのかなあ。
 主人公が仲間と無目的に放浪する活劇なんて、他の形態の物語では絶対無かったもん。


2001年4月17日(火)

 携帯電話ありますよね。あれって、0から9まで数字のボタンがついてるじゃないですか。当たり前ですが。んでもって、ほかにも4つ5つボタンがついてますよね。画面には当然、10桁やそこいらの数字も表示できるし。おまけに、CPUだって、iモードだ、インターネットだってんで、結構いいの積んでるみたいじゃないですか。

 せやのになんで電卓ついてないんじゃー。計算ぐらいできるやろー。

 便利だと思うんですけどね。


2001年4月18日(水)

 昨日の日記については、掲示板でもいろいろ教えていただきましたが、今の携帯電話には軒並み電卓機能がついているようですね。二年ほど前ならきっと妥当したであろうことを思うと、同じようなことを考える人間はどこにでもいるってことでなのでしょう。
 私のはドコモのP501iで、替えよう替えようと思っているいいかげん古い機種ですので、どうもそのへんで勘違いしたようです。思わぬところで赤っ恥をかいてしまいました。(これで、「え? P501iなら電卓ついてるよ」とか言われると立ち直れないと思う。)

 もっとずっと前に気がついていれば、実用新案とかで儲かったかもしれません。

 そういえば、ずいぶん昔に京阪電車の中で友人と雑談していて、「くだらない発明」とかに話が及んだとき、冗談のつもりで、
「電気ひげそりのな、穴をずっとでっかくして、セーターの“毛玉取り”とかでけへんかなあ」
 と言ったことがあります。
 そのときは、くだらないイメージにお互いふき出したのですが、半年も経つかたたないうちに本当に商品化されたものが出て驚きました。
 あれはきっと、三洋か松下の人間に立ち聞きされてたなあと今でも思っています。(両社とも京阪沿線に本社や工場が集中している。)
 思い過ごしとか、シンクロニシティの一種とか言われるとそれまでなんですが、個人的には儲け損ねたようでなんかくやしいものがあります。


2001年4月19日(木)

 下のチビさんはお兄ちゃんとは正反対で、平気でニコニコしながら、「お母さん、きれいー、かわいいー」とか言う。保育園でも先生に向かって言うらしく、「ともちゃんねー、朝、私を見つけると、わざわざ走ってきて、『せんせー、かわいいー』っていってくれるんですー」などという報告を受けることもある。

 逆に、これまたお兄ちゃんとは正反対に、偏屈で憎まれ口も叩く。今日も、母親に叱られたのが気に食わないらしく、「おかあさん、きらいー、ばかー、ぶさいくー」と繰り返していた。そんな、不細工て。

 またしばらくして、みんなでいっしょにテレビを見ていると、チビが突然、
「おかあさん、ピンポーン、おにいちゃん、ピンポーン」と言った。
 なんのことかと思ったら、私の方を振り返って、
「おとうさん、ブッブー」
 なんでじゃー、なんでお父さんがブッブーじゃー。不正解かー。

▼久しぶりにCDを買いました。福山雅治『Gang*』(カラオケ用)ならびに、Whiteberry『桜並木道』(印税奉仕)です。いずれにしても(懐かしいようで)今風のつくりなのか、サビの部分が妙に耳に残ります。ツメヲ タテテ キバヲ ムイテ ケイタイチュウドクーとか。なんじゃそら。


2001年4月21日(土)

 日本テレビ系で、『明日があるさ』というドラマが始まった。
 頭抱えるほど安易な発想のオハナシである。
 吉本が好きというのはもちろん、テレビドラマはコメディーに限るとも思っているので、あまり悪口は言いたくないのだが、プロデューサーの頭悪すぎ。
「ジョージアのCM受けてんじゃん。あの連中そっくりサラリーマンにして、“ショムニ”みたいなドラマにしたらおもしれーんじゃない?」
「ライバルっつーか、敵役のエリートは、やっぱギバちゃんでしょ。“大捜査線”のさ、あの感じまんまでOK」
「キャリア・ウーマンには、稲森いずみちゃん? くー、いいねいいね」
 誰か2、3発殴ってこい。私が許す。

 私なら、「13課」を、「ちゃらんぽらんと異端社員の集まりだけど、営業成績だけは抜群の集団」にしたいと思う。で、柳葉の代わりには、笑福亭鶴瓶と鞄持ちの真木蔵人のセットを、稲森の代わりには小林聡美を。
 なんかステレオタイプにとらわれすぎてないか、みんな。


2001年4月22日(日)

 ゲーム好きの子どもを持つと大変であるということは、以前に書いたことがあると思う。それでとうとう(ま、先週の話なのだが)、ゲームボーイ・アドバンスを買わされてしまった。
 市内の大きなおもちゃ屋はたいてい回ったのだが、まったく売り切れていて、結局買ったのは家族で出かけた大きな郊外型のスーパーであった。
 息子たちは母親と別のフロアにいた。私だけが、通常どおり玩具および書籍関係の斥候に出ていたのである。
 そこで私は、幻のゲームボーイ・アドバンスを見つけたのである。
「おお! あるがなあるがな。よぉーし! でも、紫かあ、しゃあないなあ」
 即買いモードである(息子のために)。ガッツポーズである(息子に代わって)。私は心の中でつぶやいた。
「そういえば、なおちゃん言うとったなあ。『うーん、ゲームボーイ・アドバンスほしいねんけど、高いから、お誕生日でええわ』とか。どっちでもええような言い方で。もう、ほんまに、遠慮ばっかりしてどうする。ほしいねんやったら、はっきり言わな。お父さんがほしいわけちゃうねんから。お前のために高い金出すねんから」
「うーんと、なおちゃんの誕生日は10月の末やったなあ。まあ、ほんのちょっと早いだけやから、誕生日やと思て、買うてやってもええかな」
「ソフトはやっぱり、マリオしかないやろ。なにが、『なおちゃんは、“くるくるくりん”かなあ』じゃ。却下却下」

 そんなわけで、私は泣く泣く一万数千円の金をはたいて、ハードとソフトを買った(息子のために)。

 ちなみに、当たり前の話だが、息子は大喜びした。その日も、懸命にマリオに取り組んでいた。

 そして、アドバンス購入よりほぼ一週間を経過した今日、息子は今日も半日、ゲームボーイに取り組んでいた。あんまり熱中しているので、手元をのぞいてみた。あれ?
「お前、なんでゲームボーイ・カラーなんかやってんねん。ほんで、なんやそれ」
「『ゼルダの伝説』やけど。まだはじめの方やけど」
「うっそー、新しいのお母さんに買うてもろたんか」
(注:GB版ゼルダは最近2本も新作が出た)
「ううん、『夢を見る島』。またはじめからやってんねん」
「なんで、お前、そんな昔のやつを、またはじめから……。アドバンスは?」
「そっちにある」

 そっちにあるて。そんな冷たい言い方せんでも。せっかく買ったのに。
 そんじゃ、お父さんがすることにします。買った以上、責任持ってさせていただきます。親に買わせといてほっぽっておくような、もう君はさわらなくてよろしい。お父さんがします。お父さんがやりたいとかやりたくないとか、そういう話じゃありません。とにかく、しばらくの間、これはお父さんが預かります。

 うひひー。


2001年4月23日(月)

 掲示板にもチラッと書きましたが、アクセス数が不自然に倍増しています。
 昨日の、お昼12時20分ごろを皮切りに、(うちにしては)アクセスが激増し、22日夜から23日にかけての「Read Me ! Japan」の数字でも254を数えています。
 アクセス解析によると、増えた分のほぼすべてが、昔このサイトをはじめて、今は移転のお知らせしか残っていない「Coolオンライン」のTOPページから来ているようです。
 てことは、どこか(とんでもないほど)大手のサイトが昔のページにリンクを張ってくれているということなのでしょうが、移転して1年以上になるのに、不自然なことこの上もありません。それにどっちかといえば、うちへの文中リンクは、たいていサイト内テキストへの直リンが多いし。

 どなたかこの謎の答えを教えてはいただけますまいか。べつに2chでもぜんぜんかめへんから。


2001年4月25日(水)

 男の子だって3歳も近くなるとずいぶんおしゃべりになる。
 下のチビさんも、近ごろはのべつまくなしになにやらしゃべりたおしている。ただまあ、まだまだ言葉を操るというには程遠いので聞いていてなかなか面白い。
 ひとつには、単語の中で子音の位置が入れ替わってしまうというのがある。
「つっくいてるー」
 これは当然「くっついてる」の意である。何度訂正しても直らないので、ひとまずそのままにしてある。というよりも、毎日聞いているうちに、私がそう言ってしまうこともある。今日も職場で、セロハンテープをちぎり損ねて、「あ、つっくいた」と大声を出してしまい、恥ずかしい思いをした。
「テベリ」
 これは、字面ではわかりにくいが、口に出すとすぐわかる。「テレビ」である。「テベリみるー。ガオレンジャーかけるー」と、最近はそればっかりである。
 ほかに、動詞がうまく扱えないというのもある。
「こーたいー」
 これは、関西弁の話からはじめないといけない。関西では、「買った」というのに促音便ではなく、ウ音便を用いて「買うた」(発音としては“コオタ”)となる。したがって、「買ってやる」は「買うたる」(コオタル)、「買ってもらう」は「買うてもらう」(コオテモラウ)となる。つまり、「こーたいー」は、「買いたいー」の意なのである。もちろん、共通語でも「買ったい」とは言わぬように、関西弁でもこれは誤りである。
「じゅぶんで、はくるー」
 これは、「自分ではける」と言っている(活用がおかしいけど)。パンツやズボン、靴などは、これまで(まあ、今も)親がはかせてやっているのだが、自我が目覚めてきたのか、最近はこう主張することも多くなってきた。
 ただ、何をするときでも、自分の手でしたいときにはこう言うのである。パズルだって「じゅぶんで、はくるー」、お兄ちゃんのピアノも「じゅぶんで、はくるー」、お片づけさえ「じゅぶんで、はくるー」なのである。まあ、「はくるー」を「できるー」と言っていると思えばそれだけのことなのだが。
 そしてやはり、長文になるととたんに混乱する。
 今日も、ウルトラマンダイナのビデオを見たというので、内容をたずねてみた。
「ダイナがな、倒れてな、アグルがな、ダイナがな、助けてくれんねん。ダイナがな、こうしてな、ダイナがな、アグルがな、ダイナがな、たおれててな、アグルがな、ダイナがな、たすけてくれんねん」
 ぜんぜんわっかりませーん。

******************************

 そうそう、ここ2、3日の異様なアクセスの増加は、「ウルティマ・オンライン」の関連サイトの掲示板にリンクを張る書き込みがあったためのようです。
 そちらから来た方に、掲示板で教えていただきました。ありがとうございました。
 しっかし、UOの威力ってすごいものがあるとあらためて感じましたね。


2001年4月27日(金)

 ちょっとした飲み会に向かう途中、ほんの少しだけ時間があったので、久しぶりにゲームセンターに足を踏み入れた。割りと大きなゲームセンターだったので、案の定、「バーチャファイター3tb」があった。しかもサラリーマンらしき男性がプレイ中である。今時分バーチャする人間なんて、きっと煮しめたようなマニアにちがいない、けど2回ぐらいさくっと負ければちょうどいい時間になるかと思って、乱入することにした。赤の他人相手なんて、おそらく1年以上ぶりである。
(以下は、私の記録代わりに書いておくだけなので、百人のうち一人二人しかわからないと思う。だから適当に読み飛ばしてください)

 対戦の設定は4本先取。サラリーマン氏は鷹嵐、ウルフ、鷹嵐、ウルフという、おそらく得意であろう重量級の布陣である。投げ主体の攻め口が中心だろうと読んだ。対するこちらは、カゲ、ウルフ、サラ、ウルフ。バーチャ1以来のなじみであるウルフには2回登場願うことにした。
 しかしまあこれが、サラリーマン氏は意に反して激弱であった。
 鷹嵐相手なら、当然、中突っ張りからの2択を警戒しないといけない。投げはもちろん合掌捻り。下Pからの羆爪なども基本中の基本である。
 けど、これがさっぱりなのである。下P下P、ダッシュでP+G投げ。うわー初心者やー。
 投げ抜けは絶対入れてこないし、カゲの雷龍飛翔脚は100%くらってくれるし。
 ウルフも同様。下Pとかミドルキックとか、PPとかKKとかで、たまにブレンバスター。いくら私がヘタクソの上に久しぶりとはいえ、もう少しましである。
 あちゃーと思いながらも圧勝してしまい、なんとなく気の毒なことをした。

 そのあとしばらくして、別の男性が乱入してきた。
 今度は、パイ、パイ、ラウ、パイという手数先行の、私にとってはもっとも嫌な取り合わせである。上手いやつが相手だと、ほとんど何もさせてもらえない。
 でも、なぜかこの人も初心者だった。パイを3人も入れてくるので、よほどのパイ使いなのだろうと緊張していたのだが、穿沖拳や蒼下連捶掌はおろか、燕旋蹴さえなく、下P、下Kと中段キックばかりなのである。起き上がりは必ず下段蹴り起き。とほほのほー。
 カゲは、中段蹴りカウンターからの影刃とか、弧延落からの空中コンボに気を取られて途中で敗退。で、ウルフ登場となったのだが、結局ショートショルダーからのコンボと、下段投げだけで勝った。だって、しゃがみすぎやて、なんぼなんでも。しまいには、小ジャンプからダブルアームスープレックスとか、いくらでも決まったし。

 三本取ったところで、飲み会の時間になったので席を立った。先のサラリーマン氏に対する反省もあって、百円無駄遣いさせるのも気の毒なように思ったし。きっと相手は、突然動かなくなった対戦相手に面食らったことだろう。それで、反対の席をのぞき込むと誰もいない。
 私にも昔、経験があるが、この手の放置プレイって、やられると案外ショックなんだよね。


2001年4月30日(月)

 さて、いよいよGWも半ばに差し掛かったわけですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
 我が家につきましては、貴重な連休ということもあり、28日は二色の浜に潮干狩りに行ってまいりました。アサリをどっさり取ってきて、味噌汁だの酒蒸しだの、砂抜きが上手くいかなかったりもしましたが、そこそこおいしくいただきました。
 で、本日は同じく弁当持ちで鶴見緑地へ遊びに行ってきました。かつての花博の跡地ということもあり、きれいに咲き乱れる花の間を散歩しながら、また大きな遊具で子どもたちを遊ばせながら(でかいすべり台があったりする)、一日過ごしてきました。
 まあなんというか、小さな子連れの夫婦にとっては、いかにもなGWの休日であったように思います。

 下のチビさんは、はしゃいだりぐずったりベビーカーでぐーすか眠ったり、お兄ちゃんは、親の手を引っ張ってはあちこち好き放題遊んでおりました。どうせ何年かすれば、兄弟揃ってすっかり忘れてしまうんでしょうが、一日二日親子ともども楽しく遊べたというだけでよかったのではないかと思います。

 CMにもありますが、「モノより思い出」、これはそのコピーが言うような子どもにとってのことなどではなく、むしろ親のとっての話のような気がします。
 ちょっとした光景の記憶と、何枚かの写真。宝物などというものではまったくない些細なものですが、私にはとてもありがたい連休の収穫です。


よろしければサポートをお願いいたします。いただいたサポートは、創作活動の大きな励みになります。大切に使わせていただきます。