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17歳、生まれて初めてのアルバイト

 僕が人生で初めてアルバイトをしたのは、高校2年生のときでした。17歳でした。25年前のことになります。アルバイト先は、某有名チェーン店の弁当屋さんでした。弁当屋さんの店内に、アルバイト募集の貼り紙があって、僕はそれを見て口頭で応募しました。今考えるとすごい勇気だと思います、口頭で応募するなんてね。まるでドラマやアニメみたいだなあ。

 それまで僕は、セブンイレブンなど、ありとあらゆるバイトに応募しては落ちていたけど、なぜかそのバイトには受かりました。とても嬉しかったです。時給は確か650円でした。その時給が法律的に正しかったのかどうかは分からないし、あまりにも安すぎたけれど、そのときの僕は働ければ何でも良かったのです。

 弁当屋さんに初出勤してみると、中学時代のクラスメイトの男子がとてもテキパキと働いていました。「よう、ふとし!」と声をかけてくれたけれど、非常に気まずかったです。「元クラスメイトの前で仕事のできない様を見せることになったら嫌だなあ」と思いました。高校3年生、年上の女の子もそこでは働いていて、女の子と話すのに慣れていない僕は、その子に会うたびにすこぶる緊張し、まともに目も合わせられませんでした。だから今、その子の顔を上手く思い出すことができません。

 僕を採用してくれた若い社員さんは、僕と一緒に野菜の仕込みをしながら、「田中くん、バイト代が入ったら何に使うんだい?」と尋ねました。僕はゲーム大好きっ子だったので、「ニンテンドー64を買おうと思います」と答えました。まあ僕は、あまりにも仕事ができなさすぎるため、ニンテンドー64が買えるお金を稼ぐ前に辞めさせられたわけですが。

 ある日、僕の住んでいる地域に大型の台風が上陸しました。それでも何の連絡もないので、お店はいつも通りやっていると思い、僕は元来の生真面目さから、傘をさしてお店に向かいました。非常に強烈な雨と風におそわれ、傘は何度も飛ばされそうになり、正直なところ命の危険を感じました。通常なら歩いて15分くらいで着くのだけれど、その日はお店に着くのに30分以上かかりました。しかしお店にはシャッターが下りており、台風のため休業する旨の紙が貼ってありました。僕はしばらくその貼り紙を呆然と見つめていました。これからまた30分以上かけて命がけで帰宅しなければならないと思うと、恐ろしく憂鬱な気分になりました。

 翌日お店に出勤すると、僕を採用してくれた社員さんが事情を説明してくれました。バイト内には連絡網があって、僕にも臨時休業の連絡が来るはずだったのだが、僕に連絡するべき人間がそれを怠ったのだ、ということでした。怠った人間は、僕の元クラスメイトでした。彼は反省の色がまるで窺えないヘラヘラした顔で、「ふとし、悪かったな」とだけ言いました。「何で俺がこんな奴のために怒られなきゃいけないんだよ」とでも言いたげでした。「いや、こっちは命の危険すら感じていたんだけど…。この男、もしかしたらわざと連絡しなかったのかもしれないな」と思いました。

 だんだん仕事にも慣れてきたあるとき、店長と僕との2人きりで店を回す日がありました。店長はいかにも世間に揉まれている強面こわもてのおじさんで、仕事に対して厳しい人でした。僕が言われた作業を終えて突っ立っていると、「やることなくなったら言えよ! 次は何をしたらいいですかって!」と怒られました。僕は「すみません。次は何をしたらいいですか?」と尋ね、違う作業に取りかかりました。その作業を終えたあと、僕はうっかりまた突っ立ってしまい、店長に「やることなくなったら言えって言っただろう!」と激しく𠮟られました。僕は「すみません、次は何をしたらいいですか?」とおそるおそる尋ね、また違う作業に取りかかりました。

 しばらくして休憩時間になると、店長はさっきとは打って変わったとても優しい声で「お金渡すから、缶コーヒーを2本買ってきてくれないか」と言いました。僕は小銭を受け取り、店の外にある自動販売機で缶コーヒーを2本買い、店に戻りました。店長に缶コーヒー2本を手渡すと、「1本はお前にやるよ」と言うので、僕は缶コーヒーを受け取りました。「こわい店長にも実は優しいところがあるんだなあ」と思いました。店長が缶コーヒーを開けたので、僕も開けました。店長が一口飲んだので、僕も一口飲みました。店長はさらにもう一口飲んだあと、「お前、明日から来なくていいよ」と僕に告げました。僕は突然のことに驚きながら、「あ、そうですか。わかりました」と答えました。

 「缶コーヒーをくれて優しいと思いきや、首かーい! 分かりやすいアメとムチだなあ!」と思いました。そして、「僕は時給650円の価値もない人間なのだなあ」というつらい気持ちになりました。僕は無言で缶コーヒーの二口目を飲みました。それは一口目よりも苦く感じました。店長は「お前がもう少し成長したらまた来いよ」と言いました。僕は「できればもう少しここで成長させて欲しかったなあ」と思ったけど、それは言わずに「はい」とだけ答えました。

 結局、初めてのアルバイトで僕が稼いだお金は2万円弱でした。ニンテンドー64を買える金額ではありません。僕を採用してくれた社員さんに「田中くん、お金は必ず取りに来るんだよ」と言われていたので、指定された日時にお店に行きました。すると例の元クラスメイトが働いており、僕を見るや「お前、お金はしっかり取りに来るんだな」と嫌味を言いました。僕は「ははは…」と力なく笑い、パートのおばちゃんから2万円弱の給料を受け取りました。そして一度も振り返ることなくお店を出て、自転車でゲームセンターに向かい、その頃ハマっていたバーチャファイター2を何時間もプレイしました。

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