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廃墟マニア 3/5

  Viridi、メールありがとう。
  Viridi、自分の淫らな欲望を満たすため、欲望のまま、ひたすらひとり快楽にふけっている、そんな女性の姿を見ていると、ぼくは、そのひたむきさゆえに、彼女のことをとてもいとおしく、かわいく感じてしまうんだが……。
  あの廃れた産院でのviridiは、まさにそんな感じだったよ。
  Viridiちゃん、って呼びたくなる(笑
 
  お じ さ ま(笑
  Viridiちゃん、ですか?(笑
  いくらわたしが「ベルバラ」を知らないからといって、もう「ちゃん」づけで呼ばれるほど若くはないですよ(笑
  それに、こう見えても、わたし、キャリア組なんていわれるニンゲンのハシクレですので(笑
  おじさまは一体、ナニモノ?(笑
  なんてお呼びしたらいいのかな?(笑
 
   昔、荘周、夢ニ胡蝶ト為ル。栩栩然として胡蝶ナリ。
   自ラ愉シミテ志に適ヘルカナ。周タルヲ知ラズ。
   俄ニシテ覚ムレバ、則チ蘧蘧然トシテ周ナリ。
   知ラズ、周ノ夢ニ胡蝶ト為レルカ、胡蝶ノ夢ニ周ト為レルカヲ。
 
  Viridi、なんとも、懐かしい漢文ですまないが、ぼくときたら、この「胡蝶」といったところか、な^^
  だからといって、「胡蝶」なんて呼ばれるのは遠慮するよ。
  トモヒコ、とでも呼んでくれれば嬉しいよ。
  それはそうと、やはり、viridiちゃん、は失礼千万だったのかな?
  ほんとに、自分の淫らな欲望を自分で満たそうとする女性のそのひたむきな姿に、ぼくは愛おしさと、愛情を感じてしまうようなニンゲンなのだから、しかたない。世間からキャリア組なんていわれるviridiちゃんの、プライドを、すこしなりとも傷つけたのなら、お詫びするよ。
  けれども、viridiが世間からなんといわれていようと、ぼくにとっては、やっぱり、viridiちゃんと、呼びたい瞬間があるのだから、これも、仕方ないことだね。
  Viridiちゃん!^^
   追伸 「おじさま」は照れるなぁ
 
  トモくん、こんばんは。
  これは、ほんとの名前? それとも、ハンネみたいなもの?
ううん、たぶん、オジサマにとっては、どちらでもいいのでしょうね。むろん、わたしにとっても。
なので、胡蝶のオジサマのことを「トモくん」って呼びますね(笑
  それにしても、トモくんは、見かけによらず、Sなのですね(笑
  まえのメールで身にしみてわかりました(笑
  ねっとり、しっとりSのトモくん(笑
  これからもviridiちゃんとよろしくおつきあいくださいね
  チュッ
 
  ちゆっ
 
 思えば、これらも廃墟のようなものだった。たとえば、viridiへのメールに私が引用したあの荘子。あれら言葉の回廊を、生きて紡ぎ出したものはもうこの世界にはいない。この壁、この廊下、この部屋、この調度品……すべてが、あの家を紡ぎ出した主である彼の趣味そのもの。彼は、この部屋のこの場所のこの椅子に座って、いったい、どんな思いにふけったのだろうか。なにを感じ、なにを考えたのだろうか。私が今座っているこの部屋。私の傍らでは霰尾垂釜が鳴り、私のまえには茶碗、茶入れなど道具が配置されている。この部屋から私が消えてしまうこと。廃墟になるとはそういうことだ。ただあとに残されたものが、言葉か物か、というだけの違いにすぎない。私が消えたこの部屋は、空虚にはちがいなかった。どうように、あれらうつろな言葉の廃墟。言葉の廃墟に侵入するものは、身勝手に、いつでも侵入することができ、手前勝手に、あちらこちらと歩きまわることができる。そして、子細に彼の残したものを、彼の趣味やセンスを確かめることができる。迷路のような廃墟。言葉というありふれたもので出来ているが、そして一見彼らの残した廃墟は確かなものであるように見えるが、そのなかに入り込んであるきまわるほど、それほど堅牢ではないこともわかってくる。この世を去った彼らののこした物語、詩、文学、それらはすべて廃墟だった。Viridiと廃墟をめぐるようになって、私はこんな考えにとりつかれるようになった。そして、しばしば、目の前の廃墟に言葉の廃墟の一部を見るようになった。それは、荒れ果てた庭を見てそんな風情を詠んだ詩歌をおもいうかべるといった単純なものから、廃屋にある窓を見て、とつぜん、その窓の様子とはまったく関係ない、そんな窓の描写をしているわけでもない、ある思想の一節がふと頭をよぎっていくといったものまで、さまざまだった。
 そして、これらviridiと私とのささやかなメール。これらも、いつか廃墟になるにちがいなかった。もっとも、草深い秘密の僻地に埋もれた、プライベートな、とるに足らない廃墟にすぎないだろうが。ある時代、ある社会、ある文化のもとでは、長い年月にわたってもてはやされていたのに、それらの激変によって、草深い僻地へと、人々の記憶の及ばない僻地へと追いやられてしまった廃墟も、おそらく、少なくはないだろう。今では、もう、まったくといっていいほど、訪れる人のいない廃墟。そんな廃墟を、偶然、ネットオークションで出会って、手に入れることもあった。そのなかでも特に気に入っている、これもその廃墟のひとつだ。
 
  竹樹繞吾廬 清深趣有餘
  鶴閑臨水久 蜂懶得花疎
  酒病妨開巻 春陰入荷鋤
  嘗憐古図画 多半写樵漁
 
 
 このような建造物は、しばしば、世界の中心に好んで建造された。バビロン、パリ、ニューヨーク、クスコ、ギザ、ブッダガヤ、トウキョウ、バチカン、キョウト……。むろん、中心といっても、それはそこを中心と信じる人々によってという意味にすぎない。誰もがその場所を世界の中心と考えているわけではないのだから。廃れた産院につづいて、廃ホテル、廃劇場、廃病院、廃ゴミ処理場、廃レストラン……、そんなところをviridiと私はめぐり歩いて、性交しつづけた。ほぼ月に一度。場所を選ぶのはviridiで、まったくviridiの趣味以外のなにものでもなかった。
 「ねえ、トモくんの説。本というのは……、物故した著者の書物や作品というのは、廃墟そのもの、っていう説は面白いと思うけど」
 Viridiはハンドルを握り闇の彼方を見やったまま、話しかけてきた。今夜の行き先は一体どこになのか。いつものように私には知らされていなかった。
 「このまえ、メールしてくれたあの漢詩。あれは一体いつ頃の、誰の漢詩なの? そりゃ、漢詩なんてあたしの専門じゃないけど、高校で習ったり、受験に必要だったのくらいはちゃんと憶えてるわよ。でも、あんなの、ぜんぜん、こころあたりない」
 物故した者の思想や文学や著述が廃墟だという説の一例として、私はあの漢詩をviridiへのメールに添えてやった。そのことを、突然、viridiが話しはじめたのだった。
 「それに、そもそも、どう読み下したらいいのか、ぜんぜん、わからないの」
 ちらりと、viridiはこちらに視線をはしらせた。廃墟で性交するとき、ときどきそんな目をすることがあった。角膜がとろけて媚びで潤んだ、甘ったるい、懇願する目。読み下しがわからない、なんて言うのは嘘だと私はすぐに直感した。こんなふうにしてviridiは、いつのまにか自分にしみついてしまったキャリアというもうひとつの皮膚を脱皮しようとしているのかもしれなかった。いつもまとっているこれらの深紅もそんなまじないの一アイテムなのかもしれない。私は微笑ましく、愛しくなった。
 
  竹樹 吾が廬を繞り  清深の趣 余りあり
  鶴は閑として水に臨みて久しく  蜂は懶として花を得て疎し
  酒病 開巻を妨げ  春陰 荷鋤に入る
  嘗て憐れみし古図画  多半 樵漁を写す
 
 「こんなところかな」と、私は、読み下してから、つけ加えた。
 「白梅が妻、鶴が息子、なんて言ってた、宋の時代の変わり者の詩だよ。江戸時代には日本でもそうとう愛唱されて、鬼才、天才とうたわれていたんだけど、維新でどこかへ行ってしまった。というよりも、江戸時代には訪問者はひっきりなしだったその廃墟も、維新後には忘れ去られて訪れる者もほとんどいなくなり、いまはもう道も絶えて、草葉の陰……」
 私はviridiを見もせず、一個、カリカリ梅を頬張った。
 「漢詩というのは、いかにも、石造りの廃墟、という感じがしない? この詩を送ったのも、そういうことがわかってほしかったから、なんだけど。視覚的に、石造りのふるびた廃墟が、ぼくには目に浮かぶようなんだけどね」
 「そうなの?」
 
  いづれのおほんときにか、にょうご、こうい、あまたさぶらひけるなかに、いとやむごとなききはにはあらぬが、すぐれてときめきたまふありけり。はじめよりわれはとおもひあがりたまへるおほんかたがた、めざましきものに……
 
 「逆に、日本の古典は音にすると、そこに、……いたんだ柱があり、ふるびた梁があり、抜けた壁があり、やれた屋根からさしこむ月影があり……、なんて、木造の、廃屋のなかをさまよっているような気がしてくる……」
 「トモくんって、おもしろい方。っていうか……」とviridiは言葉を切り、溜めた思いをそっと吐き出すように言った。
 「ヘンタイさんね……」
 「でも、トモくん、物故した作者の思想や文学が廃墟だったとしても、そこでは性交できない」
 
 「ねえ、トモくん、こんなエピソード知ってる? エッフェル塔の……」
 目的地に着いたのか、viridiは車を止めて言った。ヘッドライトが落ちると、あらためて、あたりが真っ暗なことに私は気づいた。
「どんなエピソード?」
 「あれば誰だったか……。モーパッサン? バルザック? それとも、サルトル? ……誰だったか、忘れたけど、エッフェル塔が大嫌いな彼は、毎日、エッフェル塔のレストランで食事をしたそうよ。どうしてかわかる?」
 「だって、ここは、この目障りな塔を目にしなくてすむ唯一の場所だから」
 「そう、ご名答。だってここは、パリで、この目障りなものを見ずにすむ唯一の場所だから」
 たしかに、この真っ暗闇では、目障りなものはなにも見なくてすんだ。たとえここがその塔の真下でなかったとしても。
 「知ってたの?」
 「モーパッサン」とだけ私は答えた。
 「こっちよ」
 Viridiは車を降りると、懐中電灯をともした。いつしか慣れっこになり懐中電灯を持参するようになっていた私も、つづけて点灯した。懐中電灯に照らしだされて、この闇が植物の葉や枝が幾重にも折り重なって沈澱したものだということがわかった。人の手の入っていない藪と草むら。どうやら、いつものことといえばいつものことだが、こういった場所にはviridiお気に入りの秘密の愛の宿が隠されているらしかった。そのうえ今夜は雲があつく、月影もさやかでなかった。Viridiのあとについて、しばらく、藪のなかを歩いて行った。草むらには、やはり、ケモノミチじみた小径がつづいていた。こういった嗅覚をもった人々がかよう小径。そう、viridiのような趣味とその趣味を満たすブツを嗅ぎつける特殊な嗅覚をもったものども。いや、私も、すでに、れっきとした、そんなケモノたちのおなかまの一匹なのかもしれなかった。
 ふいに、viridiに促されて前を見ると、植物の葉や枝が折りかさなって沈澱した闇とは明らかに違う闇がそそり立っていた。硬く、密で、重量もあり、頑丈で、のっぺりとしていて……、訪問者をきっぱりと拒絶している、人工物そのものの闇だ。
 「ここからよ」
 そんな闇にもやはりどこかには抜け穴がある。Viridiのような人間たちはそんな抜け穴をめざとく嗅ぎつけるばかりか、ときとして、あたかも自分以外の誰かのせいにして、あらたな抜け穴をネズミのようにこっそり作ってしまうのかもしれなかった。
 「二〇〇一年、九月の、あの事件、憶えてる?」
 抜け穴のむこうがわからviridiが言った。
 「あの事件?」
 Viridiにつづいて、私も抜け穴をくぐり抜けた。
 「あぁ、あの事件……」
 抜け穴のこちら側の闇は、どうやら人工的な空間を満たしているようだった。それほど広くはなかった。ただ、頭上には、意識を限りない高みへと吸いあげていくような変な感じがあった。仰ぎ見たところで、ただたっぷりと闇が満ちている。
 「憶えてるよ。……とはいっても、どのレベルで憶えてるか、っていわれると……。たしかに、あの映像には、凄いインパクトがあった。ツインタワーが黒煙を噴きあげながら崩壊していく、あの様子は、脳裏に焼きついた。でも、結局、ぼくにしてみれば、映画の一シーンとあまり変わりなかったのかもしれない。あのあと、アメリカでも、ヨーロッパでも、日本でも、テロ対策を名目に社会のなかでいろいろな変化が起きた。でも、あのツインタワーの映像と、そういった社会の変化がどこか結びつかないところがある感じがしてるよ。結局、ぼくは、ツインタワー崩壊を体験したわけではないし、関わりがあったわけでもない。いや、本を読んだり映画を見たりすることを追体験というのならそれもいいが、その程度にしか体験していないわけだ。それだけのこと……」
 「あたしは、あのとき、半端ないJKでした」
 「ハンパナイ」というのが具体的になにを指すのかよくわからなかったが、可笑しくて、私はちょっと吹いてしまった。
 「……ちょうど自分の部屋でひとりオナニーをすませたところで、ほっとして、もの憂い気分で、なにげにテレビをつけたら……」
 Viridiは向かい側の壁を照らして、「あのドアを」と言った。在りし頃はガラス張りの両開きの自動ドアだったようだが、今は、ガラスが割れてなくなった枠のなかを、私たちはくぐっていった。靴の裏に、じゃりじゃりと細かなガラスの破片の感触があった。こんなふうな訪問者があるたびに、床に割れ落ちたガラスはその靴の裏に踏み砕かれて、ますます風化がすすんできたに違いなかった。
 「あぁ、馬鹿げてる、って、トモくんは思うかもしれないけど……」
 Viridiはすこしためらってから、つづけた。
 「世界の終わり、って、そんな言葉が頭に浮かんだの。まさにあれは、バベルの塔だ、って。人類のおごりに対する、神の怒りだ、って……。たしかに馬鹿げてる、まともなJKならこんなふうに思ったりしないよね」
 Viridiはかるくため息をついた。
 「でも、実際には、それは、神の怒りなんかじゃなかった。イスラム過激派のテロ……」
 「そう、そこなの、トモくん……あたしが、しっくりしないのが……」
 枠だけの自動ドアをくぐりぬけ、すこし行った先に、手すりのある階段が照らし出された。
「あそこを登るのよ」とviridi。「ああ」と私。
 「ツインタワーが崩壊するあのシーン、あれは、ほんとに、象徴的だった。あのシーンだけを見ていれば。象徴的で、しかも、まるで、神話の世界のような出来事だった。そう、あの瞬間、あたしはあのシーンとスパークしたの。交わったのよ、深く、かぎりなく。そして、神話の世界に触れた、いいえ、まさに、神話の世界に同化していた、そう言ってもいいすぎじゃない。生きてたのよ、うまれたのよ、あの瞬間、十七歳の現代日本のJKのあたしは、神話の世界に」
 そして、また、viridiはため息をついた。
 「ところが、どお? 真相がわかってくると……。あたしには、とても、神があれらイスラム過激派たちをつかわして、人類のおごりに対する鉄槌を下したとは、思えなかった。彼らは、たしかに、アメリカやアメリカを中心とする資本主義世界に神が鉄槌を下したのだと、そんなふうに解釈できる演出もしていたみたいだけど……あたしには、そんなふうに思えなかった。でも、いわゆる、アメリカ世界のいう真相、イスラム過激派によるテロ、というそんな日常的な答えにも、納得できなかった。そして、その首謀者とされる男が射殺されたというのに、アメリカ軍の特殊部隊によって射殺されたという、そのあまりにも凡庸すぎる結果に、なんかとても違和感があるの。あたしの神話世界は、どこにいったの? あのとき、あの瞬間、たしかに、あたしは神話の世界に生きていたのに、その結果は……みもふたもない、資本主義世界における、ありふれたこの世界の、ありふれた結末……。あれほど、完全に象徴的なかたちで人の心の深くにまでつきささり、ファックし、神話的な世界に人をひきづりこんでおきながら……十七歳の半端ないJKを神話的世界に連れ込んでおきながら、結果は……これ? 米軍特殊部隊による首謀者射殺……なんて、これ以上、無味乾燥なものなんてないほどの、ただの事実。……何度か、あたしは、行ってみたの、あそこに。あの象徴の場所、あたしの神話世界発祥の地に」
 Viridiは言葉を切り、金属製の手すりに指をかけ、つづけた。
 「ここを、登っていくのよ。この階段を。気をつけてね、トモくん。老朽化してたり腐食してたり、で、ときどき、足下がくずれたりするから……。それこそ、天国への階段になっちゃうかも」
 そこにいる者の意識を限りない高みへと吸いあげていくような変な感じ、これは、どうやら、この闇は吹き抜けのようになっている建物を満たしていて、viridiは私を誘って、その壁にとりつけられたらせん状の階段を登っていこうというのだった。
 「そう、もう、お気づきだと思うけど、ここはある塔なの。むかし、このあたりで開催された万国博覧会のために建造された、塔。まあ、ツインタワーやバベルの塔にくらべれば、チンケでチャチな、オトナのオモチャみたいなものかもだけどね」
 階段をのぼっていくviridiの跫が反響し、高みへと吸い込まれていった。つづいて、私の跫が響きあい、かさなりあい、もつれあい、二人は跫をつかって、もう、これからはじまる愛の行為を予見していた。
 「卑猥な足音……」
 ふとviridiのつぶやきが聞こえた。おなじことをviridiも想像しているにちがいなかった。
 「それで、あの、跡地のことだけど……。グラウンド・ゼロ、なんて呼ばれてる跡地。倒壊したビルの残骸の様子は、ツインタワーの廃墟は、それでもまだ、象徴的で神話的だったわ。それが、なに? いまでは、新しいビルまで建ってる。ツインタワー以上に、殺伐として、無味乾燥で、平板で、平凡な、ビル……。名前も笑っちゃうのよ、ワン・ワールド・ビル、だなんて。世界はひとつ? 笑わせないでよ、あいかわらず、世界は、バベルの塔崩壊後の分裂と混沌のままなのに。もし、世界がひとつになった瞬間があったとしたなら、ツインタワー崩壊のあの瞬間、あの刹那だけよ。あの瞬間を目撃したものだけが、たとえ映像であったとしても、あの刹那だけは、誰もが、あの神話的世界に呑みこまれていた……それだけよ。いまさら、資本主義経済のどんづまりみたいなビルを建てたところで、世界がひとつになるなんて、ありえない。ううん、ひとつになったと思える人たちだけが、この世界には存在しているわけじゃない。そのひとたちにとっては、ワン・ワールド・ビルは象徴的で神話的であっても、あたしにとっては、なんでもない。そのひとたちにとって、ワン・ワールド・ビルは中心であっても、あたしにとっては、中心でもなんでもない、辺境でさえないのよ」
 Viridiのあとについて、私はらせん状の階段を高みへとのぼっていった。途中、腐食していた階段の一部が、闇のそこへと落ちていき、助けを求めるような音を響かせることがあった。だが、viridiのらせん階段はおかまいなしに私を次の段、次の段へと誘っていった。
 「ツインタワーの廃墟はどこへいっちゃったの? あそこだけが、世界の中心であり、へそであり、生殖器だったのに……。神話的世界を日常世界に向かって啓示し、開示できる、現代におけるただひとつの場所だったのに」
 言いながら、viridiは脚を開いた。深紅の布のなかではもうひとつの深紅がすでに目覚めていた。らせん状の階段をのぼってくる二人の跫がすでに卑猥な遊びをはじめていて、viridiはその遊びによって肌を撫でられ、鳥肌たっていた。塔の頂上近くにはちょっとした展望台があった。らせん階段の行き着く果ての、展望台からは、ひかりのあふれる夜景の市街地が美しかった。展望台の手すりに体を預け、脚を開き、viridiが誘った。
 「来て」
 私はviridiの腿をさすりあげながらviridiをつつむ深紅の布をさらにまくりあげ、viridiの深紅にキスした。
 「滑稽なことにこの塔はね、完成当時、生命の進化を表していたのよ。つまり、あたしたちが最初に訪れた闇が原初の海で、らせん階段をのぼるにつれて、単細胞生物から、多細胞生物、脊椎動物、哺乳類って……進化して、そして、いま、この頂上にいるの、あたしとトモくんが。こんなふうに、大股を開いて誘っている女とそのまえに跪いてその女の性器を別の方法で誘っている男と……。ああああ、い、れ、て、トモくん」
 みおろす夜景がきらきらと滲んで見えた。挿入するや、viridiはあっけなく逝ってしまった。
 「ああ、アナタ……」
 Viridiはつながったまま両腕を私の首にまわしてきた。私はviridiのなかのものを抜いて、彼女を抱きかかえた。子どものように細い腕だと、今夜はじめて気づいた。展望台の床が裂けているところがあり、そこにむかってviridiの脚を開かせ、しゃがませ、後ろから抱きかかえた。ちょうど、viridiはちいさな女の子が母親か父親に抱きかかえられておしっこをする姿勢になった。
 「ほら、viridiちゃん、塔の割れ目からはなにが見える?」
 「ぁぁぁ……」 
 Viridiは一度目の余韻にまだ酔っていた。
 「闇が見えるね、塔の下にひろがる闇。そして、そのむこうには、人々が暮らす都会の明かり」
 もし誰かが強力なライトでこの塔の展望台の床のこの裂け目を照らしたとしたら、入れ子のようになった、viridiの女性器を目撃することができたかもしれない。もっとも、双眼鏡でも使えば、の話しだが。
 「こんなふうに、今はviridiちゃんを抱っこしてるからできないけど……」と私はviridiの耳元で囁いた。
 「ほんとうなら、いま、この床の裂け目からviridiちゃんの大切なところに、キス……。ほら……、viridiちゃん、ちゅっ……」
 「ん」
 Viridiの両腿が私の手のなかでぴくりとなった。
 「ちゅ、ちゅっ……おじさんはいままで気づかなかったけど、viridiちゃんの腕って、こんなにも華奢だったんだね……腕だけじゃなくて、肩も、腰も……。でも、不思議なことに、深紅のここは、もう、りっぱなおとな……。ほら、viridiちゃん、とじてる大陰唇、開くよ、舌先をくちゅって、割り入れて……」
 「ぁあんっ」
 Viridiの腿がぴくり、ぴくりと反応した。
 「じっくり、舐めてる……viridiちゃんの深紅の唇に、おじさんの唇、かさねて……舌先、すこし、挿入して……ほら、ちろ。ちろ。って……」
 「ん、ぁ……」
 のけぞり、viridiのもうひとつの深紅が私の唇を求めてきた。
 「viridiちゃんの両方の深紅に、唇をかさねてるよ」
 私はviridiの深紅にねっとりと唇をかさねた。Viridiの両腿がはげしくふるえていた。
 「ほらviridiちゃん、おじさんの唇と舌が、viridiちゃんのオシッコの穴も……」
 「ゃぁ、だめ……」
 「だめ? なの……? でも、もう、ほら……」
 「ぁ、ゃ、ゃあぁ」
 「ほら、はげしく……吸ってる……。Viridiちゃん……」
 Viridiの細い腕が私の二の腕と言わず、腿と言わず、触れるところを鷲づかみにしていた。
 「こんなことされるの、はじめてなんだね、viridiちゃんは……」
 私のなかでこっくりとviridiがうなづいた。
 「もっと、気持ちよくしてあげるね、viridiちゃん」
 うっとりと私に身を任せてviridiが頷いた。
 「ほら、……つぎは、ここ……オシッコの穴のうえのところ……。おじさんの唇、viridiちゃんのここ……ちゅっ。皮をむいて……ほら、こんなに、コリコリ……。なにかな……viridiちゃん、これ……」
 「ぁぁぁ、ゃ、だめ、おじさま……」
 「こわがらなくてもいいんだよ、viridiちゃん……。ほら、やさしく、舌先で、ちろっ」
 「ひっ」
 「ちろ。ちろ。ちろ……ちゅぅっ、ちゅっ」
 「ゃ、ぁぁん、お、じ、さ、ま」
 「かわいいよ、viridiちゃん……ほら、もっと、はげしく、やさしく、viridiちゃんの、ここ……」
 「ん、ん、ぁ……」
 「なんていうのかな、ここ……。かわいいviridiちゃんの、あいらしい、ココ……」
 「ぃや、いわないで、おじさまぁ」
 「ちっちゃな亀頭……、おちゃめなおちんちん、愛らしい疑似男性器……」
 「ぃやぁ、オジサマ……」
 「ほぅら、いっぱい……舐めてあげるよ、viridiちゃん……。ちゃんと、気持ちよくなれるかな? おじさんの舐めるの、ヘタじゃないかな? いつも、viridiちゃんが一人でしてるときよりも、きもちいいかな?」
 「いゃああ、オジサマ、おしっこ。Viridiちゃん、おしっこ、でちゃう……」
 「いいよ、viridiちゃん、おしっこ、してご覧。ここから、この塔のてっぺんから、世界に向かって、おしっこ、飛ばしてご覧、viridiちゃん! おもいっきり、おしっこ、この凡庸で無味乾燥な世界にむかって、ばらまいてご覧!」
 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 Viridiが放尿し始めるのが早いか、私はviridiとまたひとつになった。Viridiの放尿が果てるまでに、私もviridiのなかで逝っていた。
  …… だから、聖書の古い神話は裏返される。言語(ラング)の混乱はもはや罪ではない。……*
 ふと、私は昔読んだあるふるいエッセーの一節が私の頭のなかをめぐっていることに気づいた。
 しばらくして、私が抜こうとすると、viridiが言った。
 「ダメ、抜かないで。このまま、ずっと、こうしてたい。ううん、ほんとは、もっと、もっと、ここから、この塔のてっぺんから、垂れ流しつづけたい。ばらまきつづけたい。こうして、アナタとつながったまま。あたしを。かぎりなく。ムセッソウに。垂れ流しつづけたいの」
 
                           つづく


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