写真のつやつや

 インターネット黎明のころ、パソコン通信のBBSへの書き込みした方からその当時どんな雰囲気だったかを聞きます。

photo(27/108) 93/05/16 03:58 写真のつやつやは、
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 印画紙の特性だと思われます。
 現在のカラー印画紙のほとんど全ては、現像処理の迅速化及び強度確保のために、印画紙を樹脂でコートしています。(光沢有りでも絹目でも同様です。)
 よって、つやっぽく見えるのは仕方ないことで、回避方法は今の所ありません。
 ところが、白黒用の印画紙の中には、”バライタ紙”と呼ばれる印画紙が存在します。(絶滅寸前(笑)ですが)
 このタイプの印画紙は、コートされていないので水洗、乾燥に時間と繊細さが要求されますが、再現の忠実度が高いため、(つやけしなら、割とそのように見える)作品展等でよく見掛けます。

  カラーで”バライタ紙”の様な物が存在しないのは、
1:白黒現像より強い薬品を使う
2:白黒は20℃基準で現像するが、カラープリントは30℃基準で現像する(高温耐性が必要)
3:処理時間と手間が増大するためラボの採算が合わない
 等の理由が考えられます。

 カラープリントではなくて、リバーサル(スライド)の場合は、つやけしの再現度が高いと思いますがいかがでしょうか。
 余談ですが、フジより、白黒の感光乳剤(液体)が発売されています。
 現像処理が可能であれば、木や布、あげくのはてには豆腐の表面に乳剤を塗り付けて写真を形成することが可能となります。つやの出ない媒質を選ぶとうまくいくのではないでしょうか。もっとも、つやの部分もつやけしになりますが。。。

1993/5 BBSの書き込み より

 1993年時点で絶滅寸前となっていたバライタ紙。スマートフォンで写真を撮影するようになった現代ではどうなっているのでしょうか。

■バライタ印画紙とわたくし

 1993年の書き込みの当時、写真(プリント)ってテカテカなので艶消しないんかという話があったんだけど、当時ですら樹脂コーティングされたRC(RP)印画紙が全盛で少なくともカラーで艶消しプリントって存在しなかった感じなんだよね。理由は概ね当時書いた通りで取り扱いの簡素化と仕上がりスピードと水資源の節約が主だったところになる。現代のようにデジタルカメラが席巻し、家庭用プリンターで写真を印字する時代になると艶消しの用紙もあるので、今時ならテカテカしない写真を実現できるという事になるだろう。

 モノクロでのバライタ紙は、再現性には優れるものの取り扱いに難があるため当時のおいらの観測範囲では専門教育でないとほぼ扱われておらず高校写真部レベルでは展示会ですらあまり見なくなっていた。RC印画紙の性能向上もあり、ごく一部の職業写真家以外は使わなくなって今のフイルムのように絶滅するか、絶滅しないまでも異様な高額で販売されることになると思っていたんだ。

 そして時代は令和。総論でいえばフイルム写真は完全に斜陽であり、モノクロ印画紙について小西六は早々に撤退、コダックはいつの間にか倒れ、三菱製紙も撤退し富士フイルムさえも2018年にはモノクロ印画紙の撤退を表明した。いわゆる世間的に知名度の高いメジャーどころは冷徹な経営判断としてモノクロ印画紙との決別となった。

 一方、老舗のオリエンタル写真工業(現:サイバーグラフィックス社)をはじめ同社が代理店として扱うイルフォード、ケントメア(双方イギリスのハーマン・テクノロジー社のブランド)のモノクロ印画紙やフイルムならびに処理薬剤が一定の支持を得ているといってよいだろう。そのイルフォードとて2004年に破産した後にハーマン・テクノロジーとして再編しケントメアを買収して今日があるので、泥水を啜ってきた連中は面構えが違うというものだ。

 話を戻すとバライタ印画紙は絶滅しないどころかモノクロ写真のプリント自体が趣味性や作家性として先鋭化し、RC印画紙が主流だった時代よりも注目を浴びる皮肉なことになっていると言えよう。さすがに値段は当時の2~3倍ぐらいにはなっているけど(8x10インチの印画紙100枚で2万円前後)昨今のフイルム価格を見れば許容範囲だろうし、コダックも処理薬剤の供給を続けてくれている(が、日本向けは製造しないと表明された)わけで、当時絶滅予測を立てたおいらの負けだよ、負け。しょぼーん。

 というわけで、高校当時のバライタ印画紙現像について書いてみよう。当時はすでにRC印画紙が主流で、普段はおいらもRC印画紙を使うけどボードに貼って展示する場合はバライタ印画紙を使っていたんだ。コントラストの出方がやはり違う……などという高尚なものではなくつやなし仕上げがかっこいいという単なる恰好づけで。

このバライタ印画紙、超絶めんどくさい。

 バライタ印画紙は紙そのものに白色層として硫酸バリウムを含んだゼラチン液(バライタ)を塗布し、その上に感光乳剤が塗布された構造である。よって紙の部分が裏側でむきだしになっている。まず、現像→停止→定着後に行う水洗時間がめちゃ長い。紙が水分と薬液を含むので、流水(だばだば水流すわけではないが)で厚手のものだと60~90分の水洗時間が推奨されている。薬液が残ると後日黄色いシミが出来て使い物にならなくなるのだ。補助薬剤として水洗促進剤があるものの、5分ほど予備水洗してから促進剤浴5~6分し、そこから30分以上の水洗が必要となる。めんどくさい。

 さらに、水洗後に印画紙を乾燥させる際も自然乾燥だけだと濡らした紙幣を単純に乾かした時みたいな凸凹になってしまう。そうならないようにフラットニングという作業が必要になる。あぁめんどくさい。

 この面倒くささは表面を樹脂コートされたRC印画紙の場合は一切考えなくて良い。構造としては紙材の両面が樹脂コートされ、白色層には二酸化チタン、その上に感光乳剤となっている。つまり、紙は水や薬剤に直接触れないのだ。水洗は5分もあれば十分で、自然乾燥でも十分平面性が保てる。これだけ書くとバライタ印画紙はいつ絶滅してもおかしくないと思ったし下校時間や水道代と乾燥機取り扱いの関係で禁止している学校すらあった。たまたま、おいらのいた高校は顧問が鈍感なのか、なんのお咎めもなかったのである。

 バライタ印画紙特有の処理といえば、乾燥の際にフェロタイプ乾燥機を用いることで写真の光沢出しができる点があげられる(光沢タイプ印画紙の場合)。表面が滑らかなクロムメッキ板(フェロ板)に印画面をムラなくぴったり貼り付けて加熱すると印画紙に含まれるゼラチンが溶け出してなめらかなフェロ板に貼りついて、結果として印画紙表面の微小な凹凸を埋めてそれらが冷えるとフェロ板から離れて非常に滑らかな表面の美しい光沢になる仕組みとなっている。

 もちろん意図的に光沢を出さないことも可能で、乾燥のためだけにフェロタイプ乾燥機を用いる場合は裏面をフェロ板に当てて乾燥させる方法がある。布キャンバス側に像面が来て、布の汚れが影響するので保護シート入れてたっけ。おいらは光沢を出すくらいならRC印画紙を使えばいいぐらいに思ってたのでマットな仕上がりにするべくこの方法、”裏フェロ”と呼ばれる技法を多用していた。

 ちなみに、フェロタイプ乾燥機を用いてもわずかなカールが残るので展覧会で額装する場合とか、どうしてもビシっとフラットニングしたい場合はドライマウントプレス機を用いるのが王道だけど、一般的な高校レベルで保有するような機材ではなく、文化祭用の額装をするために学校で契約している写真館(行事等で同行するカメラマン)まで出向いて使わせてもらっていた。さすがはプロ、SEALのドライマウントプレス機だったけど、加熱するため先にフェロタイプ乾燥機で光沢出しをしていた場合は保護シートがあっても光沢がかわるので、光沢出ししないように写真屋のオヤジに言われたっけ。

 そうそう、現代のバライタ印画紙はほとんど高級志向の厚手でフェロタイプ乾燥の効果が出にくいこと、トレンドとしてバライタ印画紙の光沢出しが流行らない事、長期保存のアーカイバル用途で印画紙に過度の高熱を加える事を避ける傾向があることなどフェロタイプ乾燥機の新規需要がほぼなくなったので、現状はあえなく絶滅となっており中古を探すしかない模様。南無。

BBS書き込みした方による現在のコメント

 モノクロームのバライタ印画紙、絶滅寸前だったものが現在でも生き残っているようです。現像の大変さは変わらないようで、大量の水が必要だったり、機材が必要だったり、価格も上がっていたりするようですが、それでもなお使われるだけの魅力のあるもののようです。

用語

・バライタ印画紙
 本文中に説明したが、紙そのものに白色層として硫酸バリウムを含んだゼラチン液(バライタ)を塗布し、その上に感光乳剤が塗布された構造となった印画紙である。現在はオリエンタル以外では海外ブランドしか市販品がない。

ILFORD MGFB 8x10in
引用元:ヨドバシカメラ通販商品ページ
https://www.yodobashi.com/product/100000001002369191/

 ILFORDお得意の多諧調(マルチグレード)バライタ印画紙である。旧来の印画紙は諧調ごと(乱暴に言えばトーンカーブ特性別に)”〇号紙”という呼び方で種類があり、ネガの仕上がりによって使い分けするためにいくつか持っておく必要があった(某漫画でトライXを5号紙で焼くと味が出る、というやつ)。マルチグレード紙は専用フィルターで諧調を調整できるスグレモノで結局は経済的だったと思う。

・RC(RP)印画紙
 紙材の両面が樹脂コートされて白色層には二酸化チタン、その上に感光乳剤の構造となっている印画紙である。ILFORDはRCと呼び、オリエンタルはRPと呼ぶなどメーカーによって呼び名に違いはあるが基本構造は同じ。

ORIENTAL イーグルVCRP-F 5x7in
引用元:ヨドバシカメラ通販商品ページ
https://www.yodobashi.com/product/100000001001519855/

・舶来高級印画紙
 フジや三菱(月光ブランド)常用の貧乏高校生ではなかなか手が出ないもの。昭和時代の学校の部費でILFORDをばかすか使っていたけど。2004年でもこの値段だった。ILFORDのがカタログに無いのはこの時期に倒産しているためだろう。

近代インターナショナル扱い輸入印画紙(2004年)
引用元:2004年写真・映像用品総合カタログ
日本写真映像用品工業会

・印画紙の水洗器
 印画紙は現像処理後に薬液を洗い流すために水洗が必要で、流水でなくてはならない。貧乏学校では食器を洗う前に桶に漬けるようにして水をチョロ出ししながら効率の悪い方法をとらざるを得ないが、おいらが部長の時には、こういう感じのを部費で買ったのである。メーカー忘れたけど。

藤本写真工業(LUCKY)扱い ノバ アーカイバルウオッシャー
引用元:2004年写真・映像用品総合カタログ
日本写真映像用品工業会

・フェロタイプ乾燥機
 メッキされたフェロ板という金属板に印画紙の撮像面を密着させたものを乾燥機(電熱器)にセットし、乾燥、つや出し、簡易的なフラットニングを行う装置。

浅沼商会(KING) 片面プリントドライヤー
引用元:2004年写真・映像用品総合カタログ
日本写真映像用品工業会

 既にデジタルが席巻していた2004年に「新製品」として出ていたのがアツい(電熱器だけに)。デジタルが写真文化を衰退させたのは事実だろうけど、それを葬りつつあるのはスマホなのかねぇ。あと、フェロタイプ板は消耗品なのでパーツ販売されていた。

浅沼商会(KING) フェロタイプ板
引用元:2004年写真・映像用品総合カタログ
日本写真映像用品工業会

 フェロタイプ板もビュッシャー製が結構長く供給されていたと思われたが2022年現在はヨドバシカメラでも販売終了となっている。

・ペーパー自然乾燥器
 フェロタイプ乾燥機など邪道と息巻くアート志向をこじらせた流派が好むもの(ド偏見)。フェロタイプ乾燥機派からは「貧乏臭ぇ干物台」と揶揄される場合があるが、こちらのほうが高価である。ともあれ宗教戦争には近寄らないほうがいいだろう。

近代インターナショナル バライタペーパー自然乾燥器
引用元:2004年写真・映像用品総合カタログ
日本写真映像用品工業会

・ドライマウントプレス機
 写真を額装する場合にボードと印画紙の間にドライマウントティッシュというシート接着剤を挟んで加熱プレスすることで、とても平面性の高い仕上がりとなる。今だと再加熱ではがせる接着剤もあったかな。SEAL社のものが業界標準の模様(昔は銀一が代理店だったか)。まぁ、ズボンプレス機で代用できなくもない。


SEAL(D&K) 210M
引用元:B&H通販商品ページ
https://www.bhphotovideo.com/c/product/46583-REG/Seal_Bienfang_SE_1403_210M_Commercial_Dry_Mounting.html

 インターネット黎明のころの草の根BBSももりこみつつ、いろんなエピソードをつめこんだ「ちょっと偏ったインターネット老人会へようこそ」を同人誌として頒布します。今週末は技術書同人誌博覧会が開催されます。
参加予定イベント
 11月20日 第七回技術書同人誌博覧会

同人サークル BLACK FTZやってます twitter @black_ftz

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