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哲学的思考『弁護士と舞台俳優』

それぞれは、まるで、光と影のようであった。
弁護士が裏で、マネジメントなどをしていた。チケットの代金設定、各方面、広告やプロモーション動画運営などの契約、そして著作権違反等について、チェックしていた。
いつしか、弁護士が、現場でも重要な役割になった。
俳優は、プライベートでは、地味なおじさんのようになっていた。
弁護士は、日々頭を使っているために若々しかった。俳優は、肉体は、日頃から鍛えていたために引き締まっていたが、顔の表情や皺から年齢を重ねていることが、半ば残酷なほど見てとれた。
ある時、二人で、海外へ研修旅行に行き、舞台を鑑賞することになった。
事前に、舞台監督らにご挨拶にうかがっていたからか、舞台の人が最後のカーテンコールで二人を紹介した。
外国で有名な俳優とその代理人が来てくれています、と。
紹介された二人は、同時に立ちあがって軽く会釈するだけの挨拶をした。
その後、通りで、ファンと思しき人達に囲まれることになった。
大勢の人達が、握手を求めた。
求められた人間は、それに応じた。

地味なおじさんには、見向きもしなかった。
スーツをきた地味なおじさんは、表情を変えず、静かに見ていた。
カジュアルな格好の方は、若々しく、愛想も良かった。
まさにジェントルマンの振る舞いを見せていた。
後で、ホテルの夕食を一緒に取っている時に、今日のことについて話しかけた。
俳優、「さすが、こんな異国の地においても、上手くやってくれたな、」
弁護士「いいや、それほどでもぉ、いつもあなたを見ていますから」
俳優「あんたこそ、真の俳優だよ。」
弁護士「まぁ、そうかもしれません。時に相手を欺かなくてはなりませんから。良い訓練をさせて頂きました。いつものあなたの人気を見ているからです。」
俳優「僕も、あなたの気持ちが分かって良かったよ。これからも、ありがたく思いながら、俳優業を続けていきたいんだ」
弁護士「にしても、いつからだろうな。こうして、二人でいる時に、どちらが俳優でどちらが弁護士か説明しなくても、勝手に周囲が逆のバージョンで認識されるようになったのは。」
俳優「随分前じゃないかな。気がついた時にはそうなっていたよな。もしかしたら、それが、僕らの本当の適性を表しているのかもしれないな」

弁護士「ははは、そうかもしれないな。まぁ何に自分の適性があるかなんて、やってみないと分からないものだよ。
もし、適性が無かったとしても、何とか仕事はできるものだよ。自分の経験から分かるようにな』

俳優「たしかに、やってみないと分からないし、たとえ適性があったとしても、人生で失敗したり、上手くいかなかったりすること、たくさんありますよね。先生も、この仕事向いてないな、と思うことありますか」

弁護士「まあね。長くやっていたら何度かは、あるよね。でも、そこは悲観していないんだ。何故なら、法律というものは、現実の社会に応じた解釈適用がなされるべきものだから、現実の社会というものがある限り、必要とされる存在だと思うんだ。自分自身をアップデートしている限り、仕事はあるだろうし、既存の職業の枠にとらわれずに物事を考えていたら、もしかしたら既存の職業の概念を変えるほどのことが出来るかもしれないと思うんだ。それは、俳優も同じ、というか、むしろ顕著に表れるんじゃないかな。俳優は、時に時代を映す鏡にもなるのだから。昔の俳優と、今の俳優では、求められるものも、社会に与えるものも、異なると思うんだ」

俳優「あなたのおかげで、人生に深みが増した気がするんだ」

弁護士「私もあなたのおかげで、華やかな世界に生きる俳優としての視点を手に入れることができました。一般に、俳優というのは、華やかな印象がありますが、実際には、一般の人以上に地味な努力が必要なのだと感じました。」

俳優「たしかに。自分は地味な努力をするのが当たり前と思っていたのだけど、一般の人はそれを特別なものとしてみていて、さらに僕のことを特別な存在として見ているのだから、驚きだよ。俳優こそ、視聴者がいないと成り立たない職業で、視聴者の方々の恋愛感情を、影で支えている存在じゃないか、と思うんだ」

弁護士「たしかに。そもそも、光と影の定義も危ういと思うんだ。一般に、人に見られる職業が光で、人に見られない職業が影、と何となく皆思っているけれど、実際の生活を考えると、そうとも限らないと思うんだ。俳優であっても人に見られる時間というのは、生活のごくごく一部だし、しかもその時間すら照明や衣装やメイクによって作り上げた虚構なのだから。虚構に映えるように、ジムで鍛えたり走ったりはするけれど、それらのことは、ビジネスマンでも一定程度、すると思うんだ。」
俳優「そう。『虚構』という言葉を、今では前向きに捉えることができているんだ。多くの人は、虚構によって、活力が沸いたりするのだから」

弁護士「本当に、そうだよね。もしかしたら、この世で事実と思われていることすらも、虚構なのかもしれない。例えば、何らかの会見で、弁護士が、大勢の記者の前で話す時に、俳優以上に、衣服に気を使い、台詞とも言える言葉にも気を使う。そして、報道されて場合によっては、写真だけではなく、その一言一句が新聞に掲載されることもあるのだから」
俳優「そう考えると、やっぱり、俳優が光で、弁護士が影とは一概には言えないよね。実際の生活を営んでいると、むしろ僕は、弁護士が花形で、俳優は一般の人に見つからないように影を潜めるようにして生活しているんじゃないかな、と思うんだ」

弁護士「そう考えると、職業とはあくまで表層的なもので、子供の頃は『何になりたいか』よりも、『人間として、どうありたいか』の方を考えで生きるのが結果的に将来のためになると思うんだ。まぁ、僕は15歳くらいからそう思っていたんだけどね。

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