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貨幣と資本(第5回):第3章 マネーとは何か?

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3-1. 現行のSNAにはマネーストックに直接相当する項目が存在しない

後述するように、マネーストック(M3)とは、日銀と銀行(預金取扱機関)との連結貸借対照表上の負債(貸方)に計上される銀行券、預金通貨及び準通貨(定期預金等)の合計額を意味する。

このマネーストック(M3)の定義に最も近いのは、SNAストック編制度部門別勘定における「金融機関」の3.負債(2)「現金・預金」であるが、その数値は、日銀の負債である現金(銀行券)及び当座預金、そして銀行の負債である預金通貨及び準通貨(定期預金等)の合計額である。一見するとマネーストックの定義に似通っているようにも見えるが、本来、マネーストックとは、日銀と銀行の外部の市中で流通する通貨の総量を意味するものであるから、単なる日銀と銀行との内部取引に過ぎない日銀当座預金(銀行の日銀に対する金融資産)は連結消去仕訳により相殺消去しなければならない。逆に言えば、SNA上の「金融機関」の3.負債(2)「現金・預金」とマネーストック(M3)との間には、以下の恒等式の関係が成立する。

マネーストック(M3)=SNA上の「金融機関」の3.負債(2)「現金・預金」-銀行の日銀当座預金

従って、マネーストック(M3)とSNA上の「金融機関」の3.負債(2)「現金・預金」との間の金額的な乖離は、銀行の日銀当座預金残高となる。なお、日銀当座預金の保有資格は、日銀の定める「日本銀行の当座預金取引または貸出取引の相手方に関する選定基準」により、銀行(預金取扱機関)以外の金融機関(証券会社や短資会社等)も含まれているので、マネーストック(M3)との関係では、これら銀行以外の金融機関が保有する日銀当座預金残高は別扱いにする必要がある。

2008年のいわゆるリーマン・ショック以前、預金準備制度の下で日銀当座預金残高は10兆円未満という低い水準であったから、マネーストック(M3)とSNA上の「金融機関」の3.負債(2)「現金・預金」との間の金額的な乖離は、実証分析上、無視できる範囲内にあった。しかし、2012年4月以降、いわゆる異次元緩和が実施されてからは日銀当座預金残高が激増した。2020年3月末時点の日銀当座預金残高は395兆円にも達しており、現在、マネーストック(M3)に相当するSNA上の項目が存在しない状況にある。

そこで本稿では、日銀のマネーストック統計(及び2003年以前は旧マネーサプライ統計)から各歴年末時点でのマネーストック(M3)残高をSNAデータに加えた上で、財務分析等を実施する。

3-2. マネーに関する三つの視点

標準的なマクロ経済学の教科書では、①中央銀行の貸借対照表上の負債であるマネタリーベースと、②中央銀行と銀行(預金取扱機関)との連結貸借対照表上の負債であるマネーストックとが明確に区別されることなく、IS-LMモデル等の理論モデルが組み立てられている場合が多い。また、マネタリーベース、マネーストックを問わず、その増減要因はブラック・ボックスのまま、中央銀行の金融政策上の意思決定により裁量的になされるとの暗黙の仮定(tacit postulate)が置かれている。

お金は人工物であるから、生命体のように自己増殖する訳ではない。また、中央銀行が政策金利をいくら下げても、例えば今の日銀のようにマイナス金利を導入しても、マネーストックが増えないことは既に現実が証明している。新古典派経済学は、19世紀後半の限界革命以降、一般均衡モデルでいかに精緻な微積分学を駆使したとしても、マネーストックの増減要因のメカニズムを明らかにすることはできなかった。また、同じく19世紀後半、マルクス経済学は貨幣の資本への転化、そして資本蓄積による拡大再生産を説いたが、それは以下のような抽象的な概念モデルに過ぎなかった。いきなり「G’(増殖した貨幣)」が登場するものの、マネーストックの増減要因のメカニズム自体はブラック・ボックスのままであった。

G(貨幣)→W(商品)→G’(増殖した貨幣)=G(貨幣)+ΔG(剰余価値)

そこで本稿では、マネタリーベースとマネーストックの異同、そしてマネーストックの増減要因のメカニズムについて、複式簿記の仕訳のロジックにより説明する。マネタリーベースは中央銀行の貸借対照表上の負債(貸方)であり、またマネーストックも中央銀行と銀行(預金取扱機関)との連結貸借対照表上の負債(貸方)である以上、これらの増減要因のメカニズムは、複式簿記の仕訳のロジックでなければ理解できないし、説明もできないからである。

資産としてのマネー、負債としてのマネー、そして純資産としてのマネー

一国経済全体で流通するマネーの総量が「マネーストック」と呼ばれるように、マネーとはストック変数である。従って、「マネーとは何か?」を会計学的に複式簿記の観点から分析するには、マネーを貸借対照表上のストック「残高」として捉えなければならない。

そこで以下では、「マネーの三視点」として、資産としてのマネー、負債としてのマネー、そして純資産としてのマネーという3つの視点からマネーの本質を解き明かしていく。

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