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第6章 資本・金融勘定と国際収支

前章では、国内のみで経済活動が完結する閉鎖経済を仮定していたが、本章では、現実のグローバル経済に即した開放経済を前提としたモデルを提示する。


6.1 純貸付(+)/純借入(-)

4.資本勘定の貸借の収支尻(balancing item)を貯蓄投資差額(Savings-investment difference)と呼ぶが、SNA会計ルール上、これと同額で5.金融勘定に「純貸付(+)/純借入(-)」として振替えられることとされている。従って、本稿では「純貸付(+)/純借入(-)」の用語で統一する。

資本勘定における純貸付(+)/純借入(-)

まず、資本勘定において、残高調整項目(balancing item)としての純貸付(+)/純借入(-)を含む会計恒等式は以下の通りである。

恒等式④ [BI] 純貸付(+)/純借入(-)+投資(I')≡[BI]貯蓄(S)+海外からの資本移転等(純)

このうち、右辺の「海外からの資本移転等(純)」は金額的な重要性に乏しいので、これを無視すると恒等式④は以下のように書き換えることができる。

恒等式④' [BI]純貸付(+)/純借入(-)+投資(I')≡[BI]貯蓄(S)

そして、恒等式④'は、経常黒字=純貸付(+)の場合の恒等式④'-1及び経常赤字=純借入(-)の場合の恒等式④'-2に分解できる。

恒等式④'-1 [BI]純貸付[経常黒字]+投資(I')≡[BI]貯蓄(S)
恒等式④'-2 投資(I')≡[BI]貯蓄(S)+[BI]純借入[経常赤字]

開放経済における投資貯蓄恒等定理

前章で提示した投資貯蓄恒等定理「投資(I')自体がそれと同額の貯蓄(S≒資本蓄積ΔK)を生み出す(Investment creates its own saving)」は、閉鎖経済において恒等式「投資(I')≡[BI]貯蓄(S)」が常に必ず成立することを意味する。

では、開放経済の場合、投資貯蓄恒等定理はどこまで適用可能だろうか。以下では、米国のような基軸通貨国の場合と日本のような基軸通貨国以外の場合とに分けて考えてみよう。

基軸通貨国の場合

恒等式④'-1「[BI]純貸付[経常黒字=自国通貨建対外投資]+投資(I')≡[BI]貯蓄(S)」

1950年代の米国は世界最大の純債権国であり,民間部門の経常収支も黒字だった。他方、政府部門による対外援助や軍事支出により、徐々に対外流動債務残高に見合う金外貨準備が減少していった時期でもあった。

経常黒字によってもたらされる純貸付は、対外純資産の増加という意味で、自国通貨建の国内貯蓄(資本)が同じく自国通貨建の対外投資に変換された「資本流出」と解釈できる。従って、「純貸付=自国通貨建投資」であるから、開放経済においても投資貯蓄恒等定理は維持される。

恒等式④'-2「投資(I')≡[BI]貯蓄(S)+[BI]純借入[経常赤字=自国通貨建貯蓄]」

1980年代以降、米国は巨額の経常赤字により、世界最大の純債務国に転落した。その後、米ドル建の経常赤字=資本流入の構造が定着し,経常黒字国の過剰貯蓄を吸収し、米国内の過剰消費・投資をファイナンスすることによって,世界に有効需要を提供する役割を担っている。

基軸通貨国の場合、経常赤字によってもたらされる純借入は、対外純債務の増加という意味で、自国通貨建の負債が同じく自国通貨建の国内貯蓄(資本)に変換された「資本流入」と解釈できる。従って、自国通貨建の負債である「純借入」を自国通貨建の国内貯蓄(資本)と同一視できるならば、開放経済においても投資貯蓄恒等定理は維持可能である。

但し、厳密に言えば、自国通貨建とはいえ、償還期限に同通貨建の流動性で償還(決済)する必要がある以上、同通貨建の負債を一方的に償還不要の国内貯蓄(資本)に転換(Debt-Equity swap)することはできない。しかし、米国のような基軸通貨国の統合政府(政府・中央銀行)は自国通貨を無限に発行することが可能である以上、自国通貨建の対外債務がいかに大きくとも、自国通貨建の流動性(米ドル)を発行することによって対外債務を償還(決済)することは可能である。要は、基軸通貨国の場合、経常赤字の維持可能性が問題になることはない。

基軸通貨国以外の場合

恒等式④'-1「[BI]純貸付[経常黒字=外貨建対外投資]+国内投資(I')≡[BI]国内貯蓄(S)」

日本のように基軸通貨国以外の場合、経常黒字によってもたらされる純貸付は、対外純資産の増加という意味で、自国通貨建の国内貯蓄(資本)が外貨建の対外投資に変換された「資本流出」と解釈できる。従って、「純貸付=外貨建対外投資」を国内投資と同一視できるならば、開放経済においても投資貯蓄恒等定理は維持可能である。

恒等式④'-2「国内投資(I')≡[BI]国内貯蓄(S)+[BI]純借入[経常赤字=自国通貨建貯蓄]」

基軸通貨国以外の場合、経常赤字によってもたらされる純借入は、対外純債務の増加という意味で、外貨建の負債が自国通貨建のマネーストックに変換された上で、国内投資をファイナンスする「資本流入」と解釈できる。従って、外貨建の負債である「純借入」を自国通貨建のマネーストック、そして国内貯蓄(資本)と同一視できるならば、開放経済においても投資貯蓄恒等定理は維持可能である。

しかし、純借入の場合、外貨建の負債はそのままなので、償還期限には外貨建の流動性で償還(決済)する必要がある。仮に外貨建の流動性を確保できなければ、その国は対外的なデフォルトに陥る。

金融勘定における純貸付(+)/純借入(-)[資金過不足]

次に、金融勘定において、残高調整項目(balancing item)としての純貸付(+)/純借入(-)[資金過不足]を含む会計恒等式は以下の通りである。

恒等式⑨ 対外資産の変動≡[BI]純貸付(+)/純借入(-)+対外負債の変動
開放経済における資本取引

そして、恒等式⑨は、経常黒字=純貸付(+)の場合の恒等式⑨-1及び経常赤字=純借入(-)の場合の恒等式⑨-2に分解できる。

恒等式⑨-1 対外資産の変動≡[BI]純貸付(+)+対外負債の変動
恒等式⑨-2 対外資産の変動+[BI]純借入(-)≡対外負債の変動

資本流出

まず、恒等式⑨-1は、本来、4.資本勘定[借方]で円建の貸借差額(balancing item)である純貸付(+)、そしてこれを生み出した4.資本勘定[貸方]で円建の国内貯蓄(資本)が、5.金融勘定[貸方]で外貨建の純貸付(+)(資金余剰)に振替えられたものと解釈できる。言い換えれば、本来、国内で増加すべき円建の国内貯蓄(資本)が国外に流出し、外貨建の対外純資産に対応する5.金融勘定[貸方]の純貸付(+)(資金余剰)に変換されたものといえる。一言で言えば、これは資本流出である。

純貸付(+)(資金余剰)は「経常収支+資本移転等収支」の黒字を意味する。従って、純貸付(+)(資金余剰)は原則外貨建であるから、政府(外国為替資金特別会計)の「外貨準備」に組み込まれない限り、政府短期証券の発行と民間銀行の引受の組合せによる円建のマネーストックの増加は生じない。また、恒等式「資本(国富)≡非金融資産+対外純資産」に従うならば、円建の国民所得を生み出す円建の資本ストックは増加しない。純貸付(+)(資金余剰)が資本流出と呼ばれる所以である。

経済成長の政策的観点からは、国内貯蓄(資本)が外貨建で国外に流出するのは、決して望ましいものとは言えない。民間の金融機関や事業会社が溜め込んだ外貨建の対外資産については、政府・日銀が購入して「外貨準備」に組込むことによって、少なくとも円建の政府短期証券またはマネタリーベースとして国内に還流させるべきである。

資本流入

次に、恒等式⑨-2は、(右辺)経常赤字に伴う5.金融勘定[貸方]で外貨建の対外負債が、(左辺)5.金融勘定[借方]の「対外資産+純借入(-)」と同額で変動することを意味する。そして、5.金融勘定[貸方]で外貨建の対外負債は、国内的には円建のマネーストックに変換された上で、4.資本勘定[貸方]で円建の純借入(-)に振替えられて、4.資本勘定[借方]で円建の国内投資をファイナンスする。その結果、4.資本勘定で恒等式④'-2「[借方]国内投資≡[貸方]国内貯蓄+純借入(-)」が成立する。一言で言えば、これは資本流入である。

しかし、5.金融勘定[貸方]における対外負債は外貨建のままであるから、仮に当該国通貨が変動為替相場制の下で大幅に下落するような事態に陥れば、外貨建の対外負債という金融システムのレバレッジ(富と所得に対する負債ストックの比率)が一気に高まるというリスクを避けることはできない。

経済成長の政策的観点からは、外貨建の対外負債から生じるリスクをコントロールするため、2つの条件がある。①外貨建の対外負債の増加(資金不足)が逃げ足の遅い長期の対外負債、具体的には直接投資であること、②外貨建の対外負債の金利(支払利息)の負担が大きくないことを満たすならば、資本流入による国民所得(Y)と資本(K)ストックの増大に寄与する。

しかし、逆に①または②の条件を満たさない場合、何らかの経済的ショックにより、急激かつ大量の資本流出という形で金融危機、そして資産価格バブルの崩壊に至るリスクがある。1997-1998年に発生したアジア通貨危機はその典型例である。

部門別純貸付(+)/純借入(-)と海外勘定

SNAや資金循環統計では、(細分類もあるが)大まかに非金融法人企業、金融機関、一般政府、家計(個人企業を含む)、対家計民間非営利団体の5つの制度部門(Institutional Sectors)に分類されている。仮に外国貿易を行わない鎖国状態(閉鎖経済)であれば、これら国内5制度部門の純貸付(+)/純借入(-)の合計額は常にゼロになる。なぜなら、ある制度部門(例えば、一般政府)が純借入(–)、すなわち資金不足(net borrowing)であれば、他の別の制度部門(例えば、金融機関)が純貸付(+)、すなわち資金余剰(net lending)となるからである。従って、閉鎖経済の場合、SNAにおいて常に貸借一致という会計恒等式が成立する以上、5.金融勘定においても「金融資産=負債」が成立し、純貸付(+)/純借入(-)は発生しないのである。

では、グローバル化が進む現在のような開放経済の場合はどうか。SNAや資金循環統計では、諸外国や非居住者をあたかも一つの制度部門のように扱う「海外勘定(Rest of the World Account)」を設定する。「海外勘定」では、諸外国や『非居住者を一括して一つの部門として表す「海外部門」の視点から見た、当該国(日本)に対する各種の取引や受払が記録される。このため、当該国の立場から、海外との輸出入や受払といった取引を記録する「国際収支統計」(財務省、日本銀行)とは受払の関係が逆となる』(内閣府、SNA「用語解説」)。

従って、開放経済の場合であっても、国内の5つの制度部門(非金融法人企業、金融機関、一般政府、家計(個人企業を含む)、対家計民間非営利団体)の純貸付(+)/純借入(-)に、貸借を逆にした国際収支を意味する「海外部門(海外勘定)」の純貸付(+)/純借入(-)を加えると、SNA上、4.資本勘定の貯蓄投資差額=5.金融勘定の資金過不足の合計額は常にゼロになる。

6.2 経常収支と純貸付(+)/純借入(-)

純貸付(+)/純借入(-)の金額は、外国との取引で発生する経常収支及び資本移転等収支の合計金額と常に必ず一致する。以下の恒等式は、SNAの構造(勘定科目体系)及び勘定連絡に従い、複式簿記の仕訳のロジックから導かれるものである。

恒等式 [BI]純貸付(+)/純借入(-)≡貿易収支(輸出-輸入)+外国からの経常収入(純)+外国からの資本移転等(純)

このうち、国際収支としては「経常収支≡貿易収支(輸出-輸入)+外国からの経常収入(純)」であり、「資本移転等収支≡外国からの資本移転等(純)」であるから、上記恒等式は以下のように単純化した恒等式⑧に変形できる。

恒等式⑧ [BI]純貸付(+)/純借入(-)≡経常収支+資本移転等収支

純貸付(+)/純借入(-)の変動要因

閉鎖経済の仮定の下では、恒等式「投資(I')≡[BI]貯蓄(S)」が常に必ず成立する。従って、恒等式④「[BI] 純貸付(+)/純借入(-)+投資(I')≡[BI]貯蓄(S)+海外からの資本移転等(純)」の左辺の「投資(I')」と右辺の「貯蓄(S)」が常に同額で変動する以上、単一通貨建の開放経済という条件を満たす場合、純貸付(+)/純借入(-)は常に不変であることが導かれる。

しかし、複数通貨が存在する現実の開放経済の場合はどうか。基軸通貨国ではない我が国の場合、恒等式⑧「純貸付(+)/純借入(-)≡経常収支+資本移転等収支」からわかるように、本来、純貸付(+)/純借入(-)は外貨建である。それと同時に、恒等式④「[BI] 純貸付(+)/純借入(-)+投資(I')≡[BI]貯蓄(S)+海外からの資本移転等(純)」において、左辺の「投資(I')」と右辺の「貯蓄(S)」はいずれも円建であるから、厳密には、恒等式④は以下のように変形しなければならない。

恒等式④' 外貨建の「[BI] 純貸付(+)/純借入(-)-海外からの資本移転等(純)」≡円建の「[BI]貯蓄(S)-投資(I')」

従って、円建の国内貯蓄(S)に対して、どれだけ円建の国内投資=純固定資本形成(I')がなされるかによって、外貨建の純貸付(+)/純借入(-)の水準が決定されるのである。

純貸付(+)/純借入(-)は政策的に操作可能か?

一例として、1990年前後の日米構造協議(SII: Structural Impediments Initiative)では、上記の恒等式⑧を理論的根拠として、米国政府から「対米経常黒字の源泉とされる日本の貯蓄投資バランスの黒字(円建の貯蓄過剰・投資不足)を縮小させるため、競争力を高める民間投資ではなく、国債発行による10年間で公共投資630兆円の実施」が要求されたことがあった。米国政府によるこのような要求は、政府が国債発行により民間貯蓄を吸収し、かつ公共投資を増加させることにより、円建の貯蓄の減少と投資の増加を企図した米国のマクロ経済学者の発案によるものと思われる。

しかし、これを立案した当時の米国政府内のマクロ経済学者は、結果的に2つの過ちを犯したことになる。一つは、SNA上の貯蓄(S)はフロー変数であって、ストック変数である負債(国債)によって吸収できるものではないことである。もう一つは、当時の貿易摩擦の観点から、日本の自動車メーカーに対する輸入制限(自己規制)が強化されたことへの対応として、むしろ日本の自動車メーカーが対米直接投資を大幅に増加(円建の日本国内での投資は減少)させたことにより、結果として米ドル建の貯蓄投資差額は拡大したのである。

既に述べたように、4.資本勘定の貯蓄投資差額(savings-investment balance)は、3.3.金融勘定に純貸付(+)/純借入(-)(Net lending(+)/net borrowing(–))として同額で振替られる。一国経済全体のSNA上、恒等式「貯蓄投資差額≡純貸付(+)/純借入(-)」は常に必ず成立する。そして、「貯蓄投資差額≡純貸付(+)/純借入(-)」である以上、日本の貯蓄投資差額の大幅な黒字の意味するところは、円建の国内貯蓄(S)に対して円建の国内投資(I)が大幅に不足しており、外貨建の経常黒字という形で大規模な資本流出が生じていたということである。また、その資本流出に伴い、日本国内の円建の生産性も賃金も停滞し、「失われた30年」に陥った。

従って、本来、政府の経済政策としては、工場の国外移転(直接的な資本流出)を抑制し、日本国内で銀行貸出による円建の民間投資を促すと共に、財政政策としては円建の公共投資を増やすべきだった。そうすれば、当時の貯蓄投資差額の黒字も縮小すると同時に、日本経済の成長も確保できたと悔やまれる。

6.3 グローバル・インバランス

世界的な貯蓄過剰

マーティン・ウルフ氏の著書「シフト&ショック」は、2007-2008年の世界金融危機の原因の一つとなった国際収支や国際的な資本移動の歪みの蓄積、すなわち「グローバル・インバランス」[1]に多くの紙幅を割いている。同氏の分析によれば、1990年代後半のアジア通貨危機の経験と反省を踏まえ、2000年代前半に中国、インド、東南アジアの新興国が国際通貨危機への耐性を強化するため、為替介入を通じて「外貨準備」を蓄積していったことが、2007-2008年の世界金融危機の一因となったと結論付けている。やや長文だが、関連する箇所を引用する。

『アジア金融危機直前の1996年から2006年の間に、経常収支の不均衡は世界GDPの約5倍の規模に膨らんだ。大幅な資本輸出国は、三つのカテゴリーに分かれた。中国とアジア途上国、高齢化が進む高所得の輸出型経済国(ドイツと日本)、そして石油輸出国(湾岸諸国、ロシア、ノルウェーなど)だ。そして資本純輸入国は二つのグループに分かれた。アメリカと「ヨーロッパ周縁国」(ヨーロッパ西部、南部、東部)である。2007年に始まったグローバル金融危機で特に大きな打撃を受けたのがこうした資本輸入国だったのは、偶然ではない』(Wolf, 2014, pp.159-160)。

『こうして、アジア危機以降、世界のマクロ経済の均衡は、主要国内の所得と支出の乖離を大きく拡大させる方向へしだいにシフトしていった。ユーロ圏内もそうなった。しかし、この経路をたどってマクロ経済の均衡を回復するプロセスは不安定になり、世界金融危機を引き起こすことになった』(Wolf, 2014, p.161)。

既に前節で詳説した通り、経常収支の黒字は、貯蓄(S)=資本蓄積(ΔK)の外貨建での資金余剰=純貸付(+)を意味する。そして、世界経済全体でみれば、資金過不足は必ずゼロになるのだから、これと同額で経常収支の赤字が発生している国々が同時に存在している。そして、経常収支の赤字は、貯蓄(S)=資本蓄積(ΔK)の自国通貨建での資金不足=純借入(-)を意味する。実は、2007-2008年の世界金融危機以降も、危機当時よりも経常収支のグローバル・インバランスは縮小したものの、経常黒字国と経常赤字国の傾向に変わりはない。ウルフ氏は、以下のように続ける。

『今回の危機はグローバル経済の運営を根本から揺るがしている。危機前のグローバル経済の重要な特徴の一つは、安全資産とされていた高所得国の資産に新興国から巨額の資本が流入していたことであり、実際、それが危機そのものを引き起こした原因の一つとなった。こうした流れを作ったのが、新興国の政府だった。通貨市場への介入と、それにともなう外貨準備の蓄積がその主な理由だ。新興国の外貨準備高は2013年9月末時点で11兆4000億ドルを超え、政府系ファンドの残高も6兆ドル強に達した。経常収支の黒字と民間資本の流入がリサイクルされ、公的資本が流出したのである。「貯蓄過剰」とも「マネー過剰」とも呼ばれるこの現象が、危機の元凶の一つとなった。このような資金の流れが持続不可能であることはまちがいない。高所得国がそうしたマネーを有効に使えないことははっきりと証明されているからだ』(Wolf, 2014, p.10)。

これらは、2000年代前半から新興国の経常収支の黒字と海外からの直接投資(民間資本の流入)が「リサイクル」されて、新興国政府・中央銀行の「外貨準備」、そして政府系ファンドによる投資という形で巨額の資本蓄積(ΔK)、換言すれば貯蓄(S)の輸出に変換されたことを意味する。同時にそれは、米国やユーロ圏の経常収支赤字国での巨額の資本蓄積(ΔK)、換言すれば貯蓄(S)の輸入が発生したことを意味する。こうした経常黒字国から経常赤字国への資本(K)と貯蓄(S)の流出入という国際収支上の不均衡こそが、「グローバル・インバランス」の本質である。

上記図表7は、代表的な経常収支赤字国である米国と、経常収支黒字国である我が国との間での資金=資本の流れ(2017暦年)を図示したものである[2]。一見してわかるのは、米国の純投資(I')8,950億ドル(約100兆円規模)に対して、経済規模の違いはあるにせよ、日本の純投資(I')は8兆9,797億円と圧倒的に少ないことである。また、基軸通貨国でもある米国の純借入(-)は3,330億ドル(約37兆円規模)であるが、これは米ドルの発行による自国通貨建の資本流入といえる。

1990年代後半からの過去四半世紀にわたって、日本経済はバブル崩壊の後遺症に苦しみ続けてきた。一国経済全体の粗利(付加価値)ともいえるGDPが年間500兆円前後でほとんど経済成長しなかったのは、このような国内での円建の投資不足が主たる原因であったことは間違いない。そして、日本企業の過少投資を招いたのは、事業会社の経営者のリスク回避の傾向と共に、これを促した銀行による貸し渋りと貸し剥がしである。低金利での貸出競争ほど愚かなことはない。リスクに見合ったリターンが見込める投資案件を見極めるアニマル・スピリットを経営者が失ってしまったことこそ、「失われた25年」の構造的な原因ではないだろうか。

現在、日本、米国、そして欧州といった先進国では、国債の長期金利が歴史的な低水準となっている。これは、投下資本利益率(ROIC: Return on Invested Capital)に代表される資本収益率(ピケティの定義ではr=α/β)の低下と軌を一にしている。貯蓄過剰が意味するのは資金余剰であり、それはすなわち資本の余剰である。資本の余剰とそれに伴う資本収益率の低下が、我々の生きる21世紀前半における資本主義の特徴である。そして、資本収益率と連動する利子率(割引率)の低下を通じて、実物資産(土地・株式)や金融資産(債券・証券化商品)の資産価格が既にバブルの域にまで到達している。その場合、実物資産(土地・株式)や金融資産(債券・証券化商品)の生み出すキャッシュ・フローがほんの僅か減少することにより、資産価格バブルの崩壊のリスクが高まることは避けられない。

2008年の世界金融危機は、米国のサブプライム・ローンに関連する証券化商品(ABS[Asset Backed Securitiesの他、ABSを何層にも組み合わせたCDO[Collateralized Debt Obligations])等の資産価格バブルの崩壊を起点とするものであり、金融・資本市場を機能不全に陥れるほどの巨額の不良債権が発生したことを忘れてはならない。

加えて、「グローバル・インバランス」の最大の問題点は、単に経常収支の不均衡という付加価値生産サイクルにおける貯蓄(S)フローの問題にとどまらず、その不均衡の蓄積を通じて、最終的には維持不可能な水準にまで対外純資産または対外純負債という資本(K)ストックの不均衡をもたらすことにある。ここで今一度、第2章で示したSNA上の資本(国富)の定義を思い起こしていただきたい。

K=資本(国富)=資産-負債=非金融資産+(金融資産-負債)=非金融資産+対外純資産
∴ [BI]資本(国富)=非金融資産+対外純資産

対外純資産は、このように国富として一国経済全体の資本を構成する重要な要素である。日本の場合、2016年末時点で対外純資産336兆3,064億円、資本(国富)3,348兆4,018億円であるから、資本(国富)に占める対外純資産の割合はちょうど10.0%である。

世界全体でみれば、各国の対外純資産と対外純負債を足し上げれば、如何にその不均衡が大きくとも、必ずゼロになる。日本のように対外純資産を蓄積している国はまだ良い。しかし、逆に言えば、世界中の様々な国が日本に対するものだけで336兆3,064億円もの対外純負債を抱えているのである。先に示したように対外負債は国際収支統計上、「直接投資」「証券投資」「金融派生商品」「その他投資」及び「外貨準備」の4種類に区分されるが、このうち「直接投資」を除けば、巨額の対外純負債を抱える国がいつ「取り付け」騒ぎになっても不思議ではない。そうなれば、債権国である日本も無傷ではいられない。

「グローバル・インバランス」として維持不可能な水準にまで膨らんだ対外純資産と対外純負債という資本(K)ストックの不均衡は、最終的には両国通貨建の為替水準の大幅な変更によって調整される他はない。特に、基軸通貨とされる米ドルの日本円に対する減価は、いつ生ずるかはわからないとしても、不可避である。その時までに、米ドル建の対外純資産を米ドル建の実物資産(米国上場株式や日本国内に持ち帰ることのできる財[例えば、原油等])に変換し、将来的に必然の米ドル崩壊に備える必要がある。

ケインズの世界通貨「バンコール(Bancor)」構想

もう1つの方法は、世界金融システムにおいて世界通貨「バンコール(Bancor)」を導入することである。「グローバル・インバランス」の是正策の一つとして、ウルフ氏は米ドルに代わる国際準備資産(global reserve asset)の創出にも言及している(本当は、通貨の本質からすれば、国際準備負債(global reserve liability)であるのだが…)。

『そして最後が、世界通貨(global money)の創出である。最も過激な提案は、国際準備資産(global reserve asset)を導入するというものだ。(中略)ケインズはいまから75年前に、超国家銀行が国際準備通貨を発行するという構想を示している』(Wolf, 2014, pp.285-286)。

最も純粋な形での「国際清算同盟(International Clearing Union)の提案」は、1942年8月28日に米・財務省のハリー・デクスター・ホワイトに対して送付された。その中心部分を引用する。

『この提案は、国際清算同盟と名づける通貨同盟を設立しようとするものであり、それはわれわれが(たとえば)バンコールと名づけた国際銀行貨幣に基礎を置くものである。このバンコールは金に対して固定され(ただし変更不可能ではない)、金と同等のものとして国際残高の決済の目的のために、イギリス連邦、アメリカ合衆国およびその他同盟の全加盟国に受け入れられるものである。全加盟国(非加盟国も同様)の中央銀行は、国際清算同盟に勘定を保有し、それらを通じて相互の国際残高をバンコール建平価によって決済することができる。他の世界全体に対してその収支が黒字である国は、清算同盟に対して貸方勘定をもつことになり、収支が赤字である国は借方勘定をもつことになる。貸方残高または借方残高が無制限に累積されるのを防ぐ方法が必要であり、この制度は、もしそれを防ぐに十分な自動的均衡能力をもっていないならば、結局は失敗することになろう。』

(ケインズ、1992、p.172)

『加盟国は清算同盟における清算勘定に金による払込みを行うことにより、バンコール建の貸方を取得する権限を与えられる。しかしいかなる国も、バンコール残高を対価として、清算同盟に金を請求する権限は与えられない。バンコール残高は他の清算勘定への振替にのみ利用できるものだからである。しかし、同盟の理事会は自らの裁量により、同盟の保有する金を貸方残高を保有する加盟国に、その残高に比例して配分し、その残高を減少させることができる。』

(ケインズ、1992、p.176)

このような仕組みを図示したのが図表20である。

【図表20】ケインズの「バンコール(Bancor)」構想

国際清算同盟(International Clearing Union)は、イングランド銀行の発券局・銀行局と同様、①金を担保とするバンコール建計算通貨の発行市場としての機能、②そのバンコール建計算通貨とバンコール建貸出金を金融資産として保有し、それと同額の準備預金を各国の中央銀行に対して提供するバンコール建計算通貨の中央銀行としての機能という、2つの機能を併せ持っている。

現在であれば、発行市場において金の代わりに米ドル、ユーロ、英ポンド及び日本円をインデックス化した上で、MMF(Money Market Fund)としてのバンコール建計算通貨を発行することも考えられる。その上で、そのバンコール建計算通貨とバンコール建貸出金を金融資産として保有し、それと同額の準備預金を各国の中央銀行に対して提供するバンコール建計算通貨の中央銀行を設立・運用することが考えられる。

巨額の経常赤字と対外純債務を逆手に利用して基軸通貨ドルを無制限に発行し、世界中の資本を一国に集中させるグローバル・インバランスを解消するためにも、全ての国・地域・企業に対して公平公正な国際通貨制度を構想すべきである。


[1] 「グローバル・インバランス」については、『シフト&ショック:次なる金融危機をいかに防ぐか』の「グローバル・インバランスへのシフト」(Wolf, 2014, pp.158-170)、「グローバル・インバランス」(Wolf, 2014, pp.322-323)等に詳しい記述がある。
[2] 米国のSNAの数値は、米・商務省経済分析局(U.S. Department of Commerce, Bureau of Economic Analysis)のホームページ(https://www.bea.gov/national/sna-and-nipas)から取得した。
他方、日本の数値は、内閣府・経済社会総合研究所のホームページ(https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/h29/h29_kaku_top.html)から取得した。

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