短編:銀河鉄道お忘れ物取扱センター

 受付でうとうとしていた新人のイトは、自動ドアが開くぶうん、という音で目を覚ました。あわてて居住まいを正した彼女の前に現れたのは、青いツナギを着た有料特急の清掃スタッフだった。
「カササギ14号のお忘れ物だ。よろしく頼むぜ、嬢ちゃん」
 半笑いのしゃがれ声に、ツナギの背から飛び出した黒い羽根が連動して揺れている。イトは消え入りそうな声で「了解しました」と返した。

 有料特急の中でもカササギはとりわけ乗客数が多いので、こまごました忘れ物はいつもそれなりに届く。ただ今日は目立つものがひとつあった。大きな長傘だ。検めようと手にとって、重みにイトは少しよろけた。
 黒いつやつやとした柄を持って広げてみると、小柄なグレイの女性であるイトなら五人はすっぽり入ろうかという陰ができた。傘の下は光が入らず、空気も少しばかり柔らかく感じられる。光を当ててようやく青だとわかるほど深い青の布地に、かなり良い電磁波よけの加工がしてあるのだろう。
「今日はまたデカブツが来たな」
 広がった傘の重たさにイトが腕の限界を感じはじめたそのとき、遅めの昼休憩から係長が戻ってきた。緑色のうろこに覆われた恰幅のいい身体の彼でようやくちょうどいいような傘を、これ幸いとイトは手渡した。
「ずいぶんいい電磁傘だな、こりゃ高いぜ」
「ちょっと」
「冗談だよ。……取りに来ていただけりゃいいけどな」
 傘を閉じてくるくるとたたみながら係長はぼやく。さっきの冗談はともかく、その憂いはもっともだとイトも思った。

 忘れ物を預かる場所は他の駅にも置かれているが、ここは会社の主要な路線と有料特急が通る、一番のターミナル駅にある。持ち主が見つからないことなんて日常茶飯事だ。
 そして一定の期間が過ぎた忘れ物は、定期的に集められ、とある辺境の星に運ばれる。そこには外から飛んできたものをみな燃やす特有の機構があり、それを利用して処分してしまうのだ。
 今日に至るまで外宇宙の影響をほとんど受けていないその星は独自の発展があり、業界では"鉄道発祥の地"として知られている。おまけにその星の地表面から見ると、外から投げ込んだものの燃えていく光はとても美しいのだという。皮肉な話だ。入社直後にその話を知り、イトはすぐさま配属希望を在来線の車掌からお忘れ物取扱センターに変えたのだった。
「んじゃまあ、取りに来ていただけるように、俺たちの仕事をするか」
 係長はそう言って自分の席についた。彼のこういうところは信頼できるとイトは思っている。

 座席のどこで拾ったかわかるように清掃員がつけたラベルを確認しながら、データベースに忘れ物の情報を登録していく。データベースは駅のコンピュータからも見ることができるので、忘れ物がないか聞かれた駅員はこれを見てご案内ができる。特に今回は特急に置いていったものだから、問い合わせのあった駅まで輸送することになるかもしれない。
 データベースにはあらかじめ用意された登録用のフォーマットがあるので、それを埋められるだけ埋めていく。サイズ別区分:大型。物品:傘(折りたたみでない)。色などの特徴:傘地は暗青色、柄は黒色。発見場所:特急カササギ14号、8号車A13座席。発見者:当該列車清掃スタッフ。所持者の身元表記:なし。
 身元表記、ほんとにないかな。イトはもう一度傘のネームバンドのスナップボタンを外した。ネームバンドの名のとおり、ここに名前を書くことが多いからだ。裏側をめくったが、傘地と同じ深い青のバンドには何もなかった。イトの脳裏に、青白く燃えていく傘のイメージがよぎった。

 二日後、また受付でまどろんでいたイトは、自動ドアが開くぶうん、という音で目を覚ました。イトがあわてて居住まいを正す間もなく、黒いスーツを着た大柄の男性が息せき切って駆け込んできた。
「あの、傘、わたしの傘が、ここに届いていると」
 こちらから何か聞くより早く、男性はペールイエローの二本の触腕をにゅんと伸ばした。受付カウンターいっぱい、イトの肩幅の三倍はあるだろうか。
「これぐらいの、青い電磁波傘なんですが」



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本当は大学のことを書かねばならんnoteなんですが、あげるところがほかにないのであげてみます。大学のことは書いてる途中です。

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