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【Q5.南極観測船宗谷・特急宗谷・宗谷岬】4.特急宗谷に乗る(宗谷本線完全乗車)

 起床。即座にチェックアウト。八月八日火曜日早朝の札幌市内は小雨が降っているが、気分は高揚している。待ち望んだ特急宗谷に、やっと乗ることが出来るからだ。
 市営地下鉄南北線の始発に乗る。六時〇八分、地下鉄さっぽろ駅着。長い地下道をJR札幌駅まで歩く。距離は長いが、特に複雑な所は無く、迷うこともない。


 みどりの窓口にて、稚内までの特急券だけを買う。乗車券は、東京都区部から稚内までの切符を既に買ってあるからだ。距離が長いため、有効期間も長く、区間内での途中下車も可能だ。スケジュールが一日ぐらい遅延しても、大きな影響はない。特急宗谷の、窓際の指定席は売り切れとのことで、自由席にする。
 宗谷本線は全線運転を再開したが、石北本線を走る特急は、今日も運休している。


 改札内に入り、スタンプを押す。県庁所在地駅のスタンプが、また一つ集まった。駅弁屋で駅弁を買う。改札内には複数の売店があるので、その棚を見比べた上で、酒とツマミを調達する。



 それでもとにかく、時間に余裕がある。幾ら何でも、早く着き過ぎだ。特急宗谷の発車ホーム、7番線に上り、自由席車輛の停車位置を確認する。特急車両を待つ。向かいのホームには白とシルバーの上品なカラーリングの車輛、特急すずらんが入線している。幼い男児を連れた若い父親が撮影を行っている。
 進行方向左手の窓際席を、無事に確保できた。


 定刻通り、七時三〇分に札幌駅を発車。大都会札幌の朝を颯爽と駆け抜ける。途中までは千歳線と並走するが、こちら側の窓からは並走シーンは見られない。
 大橋俊夫ボイスの車内案内は、音量がかなり小さめに絞られている。その高名な美声、いわゆるイケボを、はっきり聞くことが出来ない。
 この特急車両の座席には、座席裏のテーブルと、引き出し式のサイドテーブルの二つのテーブルが用意されている。座席の腰の辺りにはクッションが置かれ、頭の部分には可動式の枕が付属している。長旅が全く苦にならない。


 朝食は駅弁だ。鮭めし。早速始める。特急は進み、酒も進む。


 札幌から旭川間は数多くの特急が走る特急街道であり、線形も良い。複線化されている。北海道の広大な大地が、疾走する特急の車窓を次々と流れていく。農地も多いのだが、この沿線は都市や住宅地も多く、人工物の割合も少なくない。
 岩見沢駅にて、異様なまでに巨大なクレーン車を目撃する。今までにちょっと見たことがない大きさだ。大迫力だ。さすが北海道、何もかもがビッグスケールだ。


 滝川駅に停まる。この三月に路線の一部が廃線となった、留萌本線との乗り換え駅だ。留萌本線は、数年後には全線廃線が決まっている。
 本州と同様に、水田地帯の景観をしばしば見かける。旭川までの間、石狩川を何回も渡る。
 旭川駅、6番線ホーム着。北海道第二の都市に相応しく、全線高架化されている。この駅に来るのは、今年二月以来だ。入線時にチラリと見える駅直結のイオンが懐かしい。

 旭川を出発すると、いよいよ宗谷本線に入る。この旅の本番だ。改めて飲酒を始める。一人二次会だ。


 単線区間に入り、地上を走行していく。


 路線の線形や、設備の限界もあるのだろうが、名寄以北は、速度もさほど上がらない。最高でも時速80キロ程度で走行し、100キロを超えることはまずない。
 道北を縦断する、この宗谷本線沿線における水田稲作の北限、つまり日本における稲作の北限はどの辺りなのか、気にしながら車窓を見ていたが、正直良く分からなかった。緑の大地を漫然と眺めながら、さほど速いとは言えない特急列車の、座り心地が非常に良いシートの上で、ノンビリと時を過ごした。ディーゼル車両の振動も振動音も心地良い。
 今日乗っているこの列車では、車内販売を行っている。はまなす色のポロシャツを着た男性販売員がやって来たので、おやつと飲み物を一品ずつ買う。「旭豆」と「天サイダー」。「天サイダー」は地元の高校生が考えた企画商品だという。すぐに飲んで食べる。

 名寄、音威子府といった、かつての乗り換え駅、分岐駅を通る。昭和の末期から平成時代を通じて、道北地域の鉄道路線は廃線が進み、現在はいずれも単独駅となっている。鉄道紀行作家や、交通系ユーチューバーによって、しばしば言及される駅達だ。その実物が、自分の眼前に今あることが、何だかとても不思議な気がする。今日の自分はただ車窓から眺めるだけだが、別の機会に、これらの駅を訪問、下車する時が来るだろうか?

 北進するに連れて、農地より牧草地の割合が増えていくように感じる。
 天塩川沿いを走る区間は、この宗谷本線のハイライトだ。八月初旬から降り続いた雨によるものなのか、川面は茶色く濁っている。普段はどんな色なのだろうか? 雨の影響で地盤が緩んでいるため、天塩中川から幌延の間は、安全のため徐行運転するとの車内アナウンスが入る。終点稚内には、十分遅れて到着の見込みとのことだ。結果として、雄大な大河をゆったりと楽しむことが出来る。

 
 自分が座っている側と反対側、進行方向右手の、東側の遠くの稜線に、風力発電機が並ぶ。
 豊富駅では、ホームの長さが足りないのか、ドアカットを行う。東急大井町線をふと思い出す。
 終点に近づく。晴れていれば、自分が座っている左側の車窓には利尻富士が見えるはずだが、今日は曇天のため見えなかった。
 一二時五二分、定刻より九分遅れで終点稚内着。降車した客は日本最北駅の看板や駅名標をそれぞれに撮影している。自分もそれに倣う。

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