【読書録】前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書、2017)

 中国内陸部の都市、武漢を発生源とするコロナウイルスのパンデミックは、2020年の人類社会に計り知れない衝撃を与え続けている。主要先進国においても、莫大な数の人命が失われ、その医療体制のみならず、社会生活全般に回復しがたいまでに破壊しつつある。縮小し続ける世界経済、暴落する原油価格、錯綜する報道、そして囁かれ始める食糧危機……。

 コロナ関連のニュースに埋もれてほとんど話題にならないが、サバクトビバッタというバッタが中国の領土に侵入しつつあるという報道を目にした。アフリカの農業に巨大な被害を与えるというこの昆虫が、アラビア半島、インドを経由して南中国にまで至る可能性があるのだという。

 本書は、そのサバクトビバッタの研究者による、アフリカ・モーリタニアにおけるフィールドワークの記録である。発刊された当時話題を呼び、学術系の新書本としては、ベストセラーとなったと記憶する。であるが故に、現在ではブックオフでもしばしば平積みにされている。世のトレンドからは大分遅れかつズレているが、今ここに取り上げておきたい。

 昆虫学者である著者は、サバクトビバッタの研究のために、モーリタニアのバッタ研究所に赴任し、住み込みでその生態を観察することになる。同国は西アフリカに位置するサハラ砂漠の国、日本からは直行便がなく、フランス経由で入国するのだという。地理的にも、社会や人々の生活も、現代日本と遠く離れている。

 野外調査のために、現地スタッフを雇う所から、著者の仕事ははじまる。このミッションの開始を、著者はドラクエⅢの冒頭、ルイーダの酒場におけるパーティー編成に例えている。同世代の感じがする。

話を聞くと、ミッションと呼ばれる野外調査にはドライバーやコック、雑用係などを雇い、チームを組んで出向くそうだ。役割ごとに一日の給料が異なり、研究者が一番高額で1万2000ウギア(日本円で4000円ほど)。ドライバーは3500ウギア、コックは3000ウギアとなっている。
チーム編成ができたので、次は物資の調達だ。ミッション中は砂漠で野宿をするので、キャンプに必要なテントやパイプベッド、枕、毛布、鍋釜、タイヤに至るまで、全て研究所が貸してくれる。……きちんと貸出記録をつけなければ、物品は容赦なく職員にパクられ、街で転売されてしまう。かなり厳重な手続きは、研究所の黒い歴史を物語っている。

 広大なサハラ砂漠に関する記述。冒険小説のような高揚感があり、紀行文学のような物珍しさがある。

研究所では、バッタがどこでどのくらい発生しているのかを常に把握するため、砂漠のあちこちに調査部隊を送り込んでいる……日本の国土のほぼ3倍の広さを100人たらずのスタッフでカバーしなければならない。単純計算すると、日本で6番目に大きい秋田県を一人で管理するような過酷なものだ。
もう少しで港町に着くところで、道路と並走するように線路が敷かれていた。モーリタニア唯一の鉄道で、ズエラットにある鉱山から港まで鉄鉱石を運ぶために敷設されたものだ。全長は約700km。ここを走る列車は世界で最も長いことで有名で、最大230両の貨車をつなぎ、全長が3kmにも及ぶ。後日、走る列車を見かけた。走行速度こそ遅いが、砂吹雪をまき散らしながら走る姿には迫力があった。
線路の向う側に行こうとすると、ティジャニが大声を上げて制止した。「危ないぞ! この線路は国境で、昔この近くで戦争があって、今も地雷が埋まっているから、線路を越えて向うへ行ってはならない」

 研究対象である、サバクトビバッタに関する記述。砂漠もバッタの群れも、とにかくスケールがでかい。

 その被害は聖書やコーランにも記され、ひとたび大発生すると、数百億匹が群れ、天地を覆いつくし、東京都くらいの広さの土地がすっぽりとバッタに覆い尽くされる。農作物のみならず緑という緑を食い尽し、成虫は風に乗ると一日に100km以上移動するため、被害は一気に拡大する。地球上の陸地面積の20%がこのバッタの被害に遭い、年間の被害総額は西アフリカだけで400億円以上にも及び、アフリカの貧困に拍車をかける一因となっている。
 Locust(バッタ)の由来はラテン語の「焼野原」だ。彼らが過ぎ去った後は、緑という緑が全て消えることからきている。
研究所に戻り、撮影した映像をババ所長に披露する。「こんなものは群れと呼ぶには小さすぎる。2003年にバッタが大発生したとき、群れは500kmも続いたぞ」

 モーリタニアと日本との関係。モーリタニアのタコ漁は、日本の指導によって始まったのだと言う。 

岸壁を散歩すると、黒い壺が至る所に山のように置かれている。タコ壺に違いない。モーリタニアのタコは、日本のマダコと食感、味が似ており、日本人好みなのだ。あのたこ焼きチェーン「築地銀だこ」が誇りを持ってモーリタニア産のタコを使っているし、色んなスーパーでも見かける。日本人がモーリタニアにタコの漁場があることを発見し、タコ壺漁を導入したそうだ。

 アフリカにおける研究生活の興味深い記録の合間に、日本における就職活動や、スポンサー獲得活動についても、本書では一章を割いて紹介されている。ニコニコ超会議に出演したり、京大のプロジェクトの採用面接に変装をして臨んだりと、自らを懸命に演出、キャラクター化して売り出そうという努力が微笑ましい。この部分もまた、ある種の青春文学のようであり、また現代日本における博士号取得者の、就職状況の厳しさも窺い知れる。

 本書の著者がモーリタニアに赴いたのは、2011年4月、東日本大震災の直後だという。震災直後においても、このような挑戦心を抱いて果敢に未知の土地に飛び出していった日本人がいたのだから、現代の、このコロナパンデミック下の世界においても、地球のどこかで活躍している日本人がいることを信じたい。 


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