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営業再開前日の東京ディズニーランド

 コロナウイルス感染症のために休業していた東京ディズニーリゾートが六月二十九日から営業を再開すると聞き、その前日は、何としても舞浜駅及びその周辺に行かなければならないと考えた。絶対にだ。何故ならば自分は、二〇一一年の春のあの日、東日本大震災によって休業していたこのテーマパークが営業を再開するその前日にも、この場所に来たからだ。今回の天災においても、何がどうなっているのか、見届けなければならない。
 京葉線が地上に出る。その車窓は海側も陸側も相変わらず素晴らしい。潮見から新木場にかけての急カーブを走る時の躍動感。高速道路と並走する陸側の愉快さは、東京モノレール等と共通だ。海側では、風力発電機や東京ゲートブリッジ、葛西臨海公園の観覧車といった多彩なオブジェが遠近様々に自らを誇示する。今日の風車は回っているか? 観覧車は動いているか?
 その景観の果てに、各リゾートホテルとアトラクション施設によって構成される舞浜駅南側の建造物群が、人々を迎える。降りる。二〇一一年のあの日とは、明確に異なる風景がそこにある。人ばかりだ。
 当然のことながら全ての人がマスクをしているが、パンデミック下にあるという緊迫感や陰鬱さは、その表情からは特に感じ取れない。賑やかだ。


 商業施設、イクスピアリは営業している。入場者に対し、検温を実施中だ。列に並ぶ。フェイスガードを装着した係員が順番に機器を当て、ノートパソコンの画面を確認する。入場を許可され、速やかに進む。パソコンがどこのメーカーの物なのか、気になっていたが見るのを忘れた。
 ここでは自分の欲しい物は特に売っていない。買うべき物も特にない。とりあえず食事をしたいが、どこも割高だ。最も安そうなフードコートに入る。密接を避けるために座席は間引かれているが、営業中だ。讃岐うどんと担々麺の二択で迷い、後者にする。
 呼出機のアラームが鳴る。受取口には、無表情な外国人店員。浅黒いその外貌から、東南アジアかインド辺りの人だと思うが、詳細はわからない。
 担々麺とは、こんな味だったかなと思いながら何となく完食する。斜め隣りの席に、女の子二人組が座って、持参してきたパンを食べようとすると、女性店員がすかさずやってきて、持込み禁止である旨を伝え退席を促す。素直に居なくなる。
 出口付近には、やや生活感のある商業施設が幾つかある。書店を覗く。何も買わない。小さな薬局に入る。ここまで来て全く何も買わないのも何だか損した気がするので、土産かわりに歯ブラシを一本買ってやった。
 空腹を満たし、満を持して、ディズニーリゾートラインの駅に向かう。本日のメインイベントだ。このモノレールに乗るために、私は今日この地に来たのだ。
 ディズニーリゾートラインは、このテーマパークの外周を回る反時計回りの環状線だ。一周およそ二〇分。駅は四つ。単線つまり一方通行である。
 環状線の内側を見る。広大な駐車場はもちろんガラガラだ。他方テーマパークの敷地内にはクレーンが乱立しており壮観である。この長期休業を奇貨とし、予定を前倒しして一斉に工事を行っているのであろう。

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 環状の外側にはリゾートホテル群が並ぶ。ディズニーの世界観に合わせた洋風の外貌の建物で、人工国家たるこのテーマパークの属国、準州のようなものだが、経営が危ぶまれる。世界中のあらゆる宿泊業が、同じ危機におかれているのであろうが。
 しかしながら今日のこの鉄道の車内は、とにかく親子連れで賑わっている。最も眺めの良い先頭車両の正面は男児が悉く占拠している。明るい歓声が響く。実に平和だ。

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 大震災の時は、どうだっただろうか? 今日は日曜日だが、九年前の四月のあの日は平日だったと記憶する。乗客の中に、スーツ姿の男性三人組が居たことを覚えている。彼らはこれから取引先を訪問するような様子で、このリゾート鉄道の車内で商談の事前準備のような会話をしていたのが、いかにも場違いで印象的だった。
 ディズニーシーの海側に車両は回り込む。首都高湾岸線と、海が見える。走行区間の中でも、この辺りは少しだけ工業地帯の匂いがする。前方に見えてくるガスタンクが懐かしい。久しぶりだ。心の中で挨拶をする。

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 一周し終わる前の一つ手前の駅で一度ホームに降りる。ホーム上もやはり家族連ればかりだ。皆熱心に周囲の建物や鉄道車両を撮影している。自分も一人それにならう。(自分はこの駅の名前を、ウエスタン何とか駅と勝手に覚えていたが、この文を書くために改めてググってみると、「リバーサイド・ステーション」駅であった。「ウエスタン」はどこから出てきたのか? ビッグサンダーマウンテンに近いことから、勝手に脳内に湧いて来たのか?)
 二周する。二周した後、ディズニーランド入口駅で降り、その閑散とした無人のエントランスを撮影するつもりだった。そこではまさしく、二〇一一年のあの風景の再来を目撃できるはずだ。或る時代を後世に伝える資料として、その誰も居ない風景を存分に撮影できるだろう。その後に、リゾートラインの進行方向と逆側に一駅歩いて、舞浜駅まで戻る予定だ。
 ホームに立つ。改札が封鎖されていて駅から出ることが出来ない。どこへ行くことも出来ない。計画は破れた。為すすべなく、再度モノレールへの乗車を強いられる。一方通行なので、結局三周する羽目になった。

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 長く感じる。さすがに飽きる。ガスタンクからも、またお前かよという顔をされたような気がする。
 
 舞浜駅改札内のセキレイや雀は、やたらに人慣れしている。追いかけ回して、至近距離で撮影する。向こうは改札内外を自由に行き来できる。ある時は飛び、またある時は柵の下をくぐる。こちらはそうではない。それでも、それなりに写真と動画を何枚か得ることに成功し、この地を後にする。
 上り方面も下り方面も、ホームはどちらもそれなりに混んでいる。東京駅乗換の遠さを改めて想起し、有楽町乗換を検討し始めている。

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