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【Q3.拡大版立山黒部アルペンルート】 7.黒部ダムから松本駅まで(関電トンネル電気バス完全乗車)

 黒部ダム駅の地下通路を、電気バス乗り場まで歩く。その天井を良く見ると、長い年月の間に苔蒸したのであろう、部分的に緑色に染まっている。日帰りの客は、そろそろ帰路に着く時間帯なので、非常に人が多い。


 団体客の列と、一般客の列が分けられている。団体を引率する旅行会社の職員が点呼を取り、はぐれた客を探す。一般人の列に紛れ込んでいるのを発見したようだ。並んでしまったものはしょうがないので、扇沢で下車した後に合流するように、指示を出している。


 電気バスは、五台だか六台だかの体制で待機している。改札が終わった者から、次々と車内に誘導される。

 一四時三五分、黒部ダム駅発。
 このトンネル内に、富山県と長野県の県境がある。途中、トンネル工事最大の難所として語り継がれている、破砕帯というエリアを通る。
 一四時五〇分、扇沢着。
 立山黒部アルペンルートの、長野県側の終着地点だ。通し切符も、ここまでとなっている。
 改めて電気バスの車体を撮影する。ナンバープレートが、独自のものとなっている。関西電力の私有地のみを走行する車両なので、これで良いのであろう。


 中国人団体客は先を争うように土産物屋に雪崩れ込む。ここの土産物屋は、アルペンルート最後の土産物屋であり、店側もそのことを積極的にアピールしている。軍隊アリかシロアリのような勢いで、ありとあらゆる商品を手に取って片っ端から買い尽くしていく。インバウンドの経済効果、もしくは円安の現実を目の当たりにする。


 駅構内には、見事な熊の剥製が飾られている。初日に泊まった立山駅前の旅館に飾られていた、熊の毛皮を思い出す。始まりと終りとで、アルペンルートの旅は二体の熊に挟まれている。立山連峰富山側の熊と、長野側の熊との間には、往来や交流や紛争があるものだろうか? それとも、全く没交渉の、遺伝子的に別々の個体群なのだろうか?


 扇沢駅にも、展望台がある。アルペンルートの始終点ではあるが、人里からはまだ大分遠い。周囲は全て緑の山に囲まれている。
 駅スタンプを押す。美女平駅のスタンプだけが押せなかったことが、ここに来て改めて悔やまれる。
 駅前には広大な駐車場。団体客用の貸切バスが次々と発車していく。駐車場の先には、かつてアルペンルートで使われていた、トローリーバスの記念館がある。


 ここ扇沢から黒部ダムまでは、現在は電気バスが走っているが、以前はトローリーバスが走っていた。平成時代中頃まで、現役であったという。トローリーバスは、法規上鉄道扱いなので、その頃の扇沢駅はその名の通りの駅だったが、電気バスへの転換が行われた現在では、駅という呼称を残したバスターミナルなのではと思う。
 使われなくなったトローリーバスは、群馬県の工場でスクラップにされる運命だったが、有志が行ったクラウドファインディングによって救われ、この記念館にて保存されることとなったという。クラファイは、初日で目標額を達成し、最終的にはその数倍の金額が集まったとのことだ。平成後期という時代を感じさせるエピソードだ。
 その車内に、実際に入って見学出来る。清掃が行き届いている。


 ここ扇沢から市街地に行くには、バスかタクシーを使うことになる。長野駅行きのバスもあるのだが、全席事前予約制だという。もちろん、タクシーを使えるほど金持ちではない。最寄り駅である、JR大糸線信濃大町駅行きのバスを待つことにする。


 一六時〇五分、扇沢駅発。信濃大町の市街地に向けて道を下っていく。途中、大町温泉郷にて、若いカップルが降りる。
 信濃大町に来るのは、今年二回目だ。バスの車窓からその街並みを改めて観察すると、街道筋に出来た宿場町であることが、感覚的に良く分かるような気がする。
 一六時三五分、信濃大町駅前着。大糸線の、一六時三四分発の松本行きは、つい先ほど発車したばかりだ。次の松本方面の列車は、一七時十六分発、中央線直通、富士見行きまで無い。いかにも接続が悪い。同じバスに乗ってきた家族連れの父親が、文句を言っている。


 東京都区部までの乗車券と、あずさの特急券を買う。
 待合室では、インド系か東南アジア系の若い女性の二人組が、何事かを喋っている。この待合室脇の蕎麦屋は、中々旨いのだが、今は腹が減っていない。
 南小谷方面から列車がやって来る。ここ信濃大町を終点としているが、しばらく待機した後、行き先表示を中央本線の富士見駅に変える。今から自分が乗る、松本方面への列車に変身だ。(※時刻表で確認すると、列車番号5348Mが、そのまま1542Mとなっている。)


 信濃大町駅は、北アルプスの長野側の玄関口とされている駅だが、関東地方へ帰る人ならば、バスで長野駅まで出てしまって、新幹線に乗る方が圧倒的に速いだろう。名古屋方面に帰る人はどうか? 大糸線で松本に出るよりも、やはり長野に一度出て、篠ノ井線経由の特急しなのに乗った方が早いのではないだろうか?
 駅スタンプを押す。信濃大町駅の標高は712mであるという。立山駅より高い。

 一七時一六分、信濃大町発。西側の車窓には、つい数時間前に通ってきた北アルプス、立山連峰の山容が見える。大糸線は速度がそれほど速くなく、また停車駅も多いので、山脈の姿をそれだけ長い間見続けることが出来る。山の姿が水田に映り込むのは、富山側でも見た趣向だ。五月の終りなので、日没にはまだまだ時間がある。
 この旅の最後に相応しい、長大なエンディングロールだ。この長く美しく雄大なエンディングを見るためだけでも、大糸線に乗る価値が充分にある。自分はそう思う。
 一八時一〇分松本着。この列車は、このまま中央本線に乗入れて富士見まで進むが、自分は特急あずさに乗り換えるためにここで下車する。


 松本駅は巨大ターミナル駅で、都市としても長野県第二位の大都会だ。
 この旅最後のスタンプを押す。スタンプには、松本駅の標高は586mと書かれている。今日一日、様々な乗り物を乗り継いでひたすら下って来たのに、昨日の朝出発した立山駅より、まだ高い場所に居るのかと思うと、何だか不思議な気がする。

 
 


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