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【Q3.拡大版立山黒部アルペンルート】 6 .黒部ダムにて

 ケーブルカー黒部湖駅の長い地下通路を、人々から少し遅れて歩いていく。途中、遊覧船乗り場の方へ続く分かれ道があるが、今日は運航していない。看板には六月から開始と書かれている。


 トンネルを抜けると、舗装された巨大な構造物の上に出る。立山黒部アルペンルートの存在理由、黒部ダムだ。上流側には、エメラルドグリーンの広大な水面。下流側は峡谷。今降りた、ケーブルカーの黒部湖駅から、次に乗る電気バスが発着する黒部ダム駅までの間は、このダムの堰堤上を徒歩にて移動することとなる。距離は約六〇〇メートル。その全ての場所がフォトスポットであり、シャッターチャンスだ。


 スマホのカメラを、上流のダム湖側に向けて歩き始める。可能な限り堰堤の一番端を選んで歩くが、この場所に居るのは、もちろん私だけではない。記念撮影を行っている人としばしばすれ違う。ある時は先方が譲ってくれ、またある時はこちらが回避する。
 遠くの湖面を船が進んで行く。試運転を行っている遊覧船か、それとも何らかの作業用、工事用の船舶か?
 
 堰堤を渡り終えようという頃になって、ベビーカーを曳いた白人夫婦がいる。これは、こちらが全面的に譲らざるを得ない。
 結果として、それほど整った映像は撮れなかったが、それでも自分としては満足だ。
 湖面を改めてよく見ると、堰堤の水際には少なからず流木が滞留している。ダムのメンテナンスも大変なことであろうなと思う。


 渡ってきた長野側には、ダム工事の殉職者の慰霊碑がある。手を合わせる。
 展望台がある。これまでの展望台と異なり、非常に高い。だが挑む。ここまで来て、登らないという選択肢は無い。


 展望台からは、ダムの上流側も下流側も良く見える。このような時のために、双眼鏡を持参している。北アルプスの列岳に挟まれた湖水の平面美と、ダムの堰堤部分が描く曲線美とが、見る者の視覚にシンプルで強力で力強い喜びを与える。
 下流側に目を向けると、峻険な谷の地形を鳥瞰出来る。斜面を下る無数の雪渓を、一本ずつ確認可能だ。


 雪渓のどこかにツキノワグマやカモシカが居ないだろうかと探してみたが、単なる一観光客の目でそう簡単に見つかるものではない。
 ダムに堰き止められているため、下流側の水量は多くない。その、水量を減らされた黒部川に、無数の雪渓の清水が流れ込む。山と谷が視界の果てまで何重にも連なっているが、この流れは、いつかは日本海にまで辿り着く。そう思うと、この旅の開始時に、富山湾の海水に触れることが出来なかったことが、改めて残念に思われる。
 展望台では、業者が有料で写真撮影を行っているが、注文する人は余り居ないようだ。
 黒部ダム駅には、レストハウスが併設されている。食券制だ。メニューには、ダムカレーがある。ご当地メニューだ。本物のダムを眺めながら、ダムの堤体を模したライス部分を崩して食べる。旨い。観光欲も満たされ、良い気分だ。


 ゆるキャラの着ぐるみが居る。


 黒部ダム駅のスタンプは見つけて押したが、ケーブルカー側の黒部湖駅のスタンプを押していないことに気がつく。堰堤をもう一度歩いて、来た道を引き返す。道中、今度は下流側にアクションカメラを向けて歩く。改めて外国人観光客が多いなと思う。
 黒部湖駅のスタンプも見つけて、無事に押す。


 先程登った展望台の他に、新しい展望台が長野側にある。新展望台は、ダムとダム湖を高所から見下ろすのではなく、ダムの壁面に向かって下り、接近していく。観光放水をより近くで見られる位置に設けられたものだ。今の季節は、放水はまだ行っていない。


 その第二展望台付近には、屋内展示施設がある。黒部ダム建設のドキュメンタリーが放送されている。黒部ダムは完成から今年で六〇年の節目を迎えるという。そのこともあって、自分は今回の旅先にこの場所を選んだ。夏休みシーズンには、様々な記念イベントが企画されているようだが、今はまだそれほど盛り上がってはいない。
 付近には、石原裕次郎の妻、石原まき子が植樹した木がある。黒部ダム開発を描いた映画『黒部の太陽』は戦後映画史に名を残す作品として広くタイトルを知られ、また石原裕次郎の代表作とも言われているが、私はまだ見たことが無い。幻の名作だ。


 出発時刻が近づいてきた。何か買おうと土産物屋に入る。ここもすごい人だ。クリアファイルとミネラルウォーターを、とやマネーポイントで買おうとしたら、この店では使用出来ないと言われる。ここで使用可能なのは、長野県側のマネーポイントとのことだ。住所的にはまだ富山県なのに、納得いかないが仕方が無い。とやマネーポイントは、余らせたまま帰路に着くこととなった。
 

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