黄緑のコンビニのイートインの黒人

 カウンター内に立つ女性店員二人のうちの少なくとも一人は、東亜細亜系の外国人と思われる。外見からも、ネームプレートにカタカナで表記された姓からも、少なくとも日本人ではないことは確実だが、どこの国の何の民族かまでは判らない。もう一人はどうか?
 カウンター脇に置かれているコーヒーマシーンに、男は全く興味を示さない。支払いを先に済ませた客が自身で操作し、指定の紙コップに飲料を注ぐ販売形態だ。数年前に赤のコンビニが開始して大成功を収めたために、青のコンビニも黄緑のコンビニも速やかに模倣追随し、現在はほぼ全てのコンビニに同様の機械が存在している。男はコーヒーが余り好きではない。
剥き出しの湯気と芳香とを店内に盛んに放出しているおでんには、激しく魅了されている。今はその時ではないと男は自制する。レジ横の保温ケースの中に並ぶ肉まんやあんまんやピザまん達も、ほど良く温められているのだろうが、湯気そのものを目視することは出来ない。容器の内側に当たった湯気達が、内外の温度差から結露しているのが観察できるだけだ。
その誘惑も振り切る。そしてその隣、揚げ物ケースに君臨する、この黄緑のコンビニの店名を冠された、レジサイドの絶対王者、チキン! その明朗快活な衣の内側に湛えられているであろう豊穣なる肉汁に想いを巡らし…踏みとどまった! どこまでも己を厳しく律するハードボイルドの精神。耐えに耐え抜く非情のストイシズム!
 男はホットドリンクのコーナーを探している。見つける。他の種類のドリンクのボトルと比較してやや太目の焙じ茶のボトルを手に取ると、重量感を伴った心地良い温もりが冷えた掌に少しずつ柔らかく伝わる。
 マガジンスタンドに男が読みたい雑誌は別にない。読みたい雑誌など、この街にはもう存在しない。この街から姿を消して、もう何年にもなる。
 業務マニュアルの定型文に忠実に従い、外国人にありがちな妙な抑揚で、レジの女店員はビニール袋の要不要を尋ねる。男は不要と答える。店員のレジ操作自体には、特に問題はない。レジ手前に置かれている、不要レシート入れの小箱にレシートを捨てる。店員同士で雑談を始めた。高いトーンの声調言語。中国語。
 焙じ茶男はイートインコーナーの空席に座る。スーツ姿の若い男二人が一台のノートパソコンを覗き込んで何かの打ち合わせをしている。羅列される地名と金額。不動産業者のようだ。その他に、もう一人、黒人の男が座っている。
 コンビニ店内のイートインコーナーも、この数年で俄かに増加しているが、その増設に最も積極的なのは黄緑のコンビニのように思われる。コーヒー販売との相乗効果が大いに期待される、商業上の新機軸なのだろう。
 黒人の男はイヤホンで音楽を聴きながら、充電中のスマホを片手で軽快に操作している。短髪で、外見は若い。焙じ茶男も壁面のコンセントに充電コードを差し、自身のスマホの充電を開始する。通常のペットボトルとホットドリンク用ペットボトルとを識別するために彩色された、オレンジ色のキャップを外し喉を潤す。読書をしたり、SNSを確認したりして、時が経過する。
 スーツ姿の二人組の会話は、社内人事に移った。昇進の話。M1とかM2という単語が会話中に頻出するが、それは役職ではなく、彼らの社内における階級のことだろう。 
 このペットボトルは量がそれなりにあるので、一度に全ては飲みきれない。何しろ500ミリリットルだ。黒人はさっきからスマホで何をしているのか? 焙じ茶男は気になり始める。
片手で操作しているのだから、FPSのような、両手を用いるゲームではないだろう。複雑で俊敏な操作は要求されないソーシャルゲームや位置情報ゲーム、もしくは普通にSNSを確認しているか? 
 百パーセントには満たないが、当座の使用には足りる量の電力が充電されたようだ。バッテリーの残存量を視覚的に表示するスマホ画面上部の小さい乾電池の表示も、半分以上が黒く塗り潰された。そろそろ出るか。店を出るタイミングで、あの黒人のスマホを確認してやろう。オレンジのキャップを閉めて、焙じ茶のボトルをそのまま鞄にしまう。立つ。その背後を通り過ぎる。窺見! ? 将棋? 将棋!  将棋かぁ! 
 黒人男性に対する一方的な親近感を、焙じ茶男は俄かに抱く。また、あの小さな画面で、将棋などを指せるものだと感心する。盤面や駒がよく見えるものだ。もちろん黒人はそんな事には気づかない。彼が、その想いに、気づくことは、絶対に、無い。世界が終る、その瞬間まで、永遠に、無い。
 どのような場所に立地する店舗であっても、黄緑のコンビニの店内では、吉本興業のお笑い芸人が読み上げる帝京平成大学の宣伝を繰り返し聞かされる。平成ももうすぐ終わってしまう。
 黄緑のコンビニの自動ドアを象徴する、二からなるあの電子音に送られ、焙じ茶男は外に出る。新宿通りと外苑西通りが交差している。夜の中に立っている。

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