幸福は、人に求めてはいけませんって先生が言っていました。
幸福を求めることは、生きていく上の命題のひとつだと思う。しかし、幸福や人生の意味などは辞書を調べて見つけ出すものでは無いことは周知の事実だろう。
生活の中で少しづつ形成され、小さなことや大きなことなど無くさんの事象に意味を落とし込む作業な気もするし、気づいたらそこにあったものな気もする。
つまり、今現在僕は幸福を探す旅に出ている。
幸福とは、1日を無駄に過ごすこと。
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幸福とは、鈍感であること。
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幸福とは、一瞬の中に宿るもの。⇽イマココ
最初は幸福とは、有限である時間を無駄に使うことに幸福を見出していた。ダラダラ、ゴロゴロしてる時に幸福感を感じたからだ。
次は、幸福であることは鈍感であることと感じた。僕は周りの環境に過敏に反応してしまうため人より気疲れしてしまう。鈍感であれば幸せだと思ったことは何度もあり、憧れをこめて幸福だと定義していた。
今現在は、幸福は一瞬の中に宿るものとして落ち着いている。長期的な幸せなどないと思ったからだ。家を建て、子供が出来それぞれの幸せを築く過程の中でずっと幸福でいられるはずがない。辛い、悲しいなどマイナスの思考の方が割合的には多いだろう。
しかし、幸福は一瞬の密度が高いために記憶に、心に良く残る。一瞬の中に宿るからこそ尊いものになるだろう。
まだまだ、幸福については思考の余地がありそうだ。少しずつ生活の中で見出していきたい。