国立決戦に向けて〜天才の種〜
2021年1月1日
川崎フロンターレにクラブ5つ目のタイトルがもたらされたその瞬間、それを告げるホイッスルと同時に僕らのヒーローがスパイクを脱いだ。
僅か13,000人の観客に見送られて(そのうちフロンターレサポーターは6,500人くらいだろうか)長年川崎フロンターレを支えてきた1人の男が、遂にその瞬間を迎えた。
猫背の14番は堂々と、寂しい素振りを微塵も見せることなく、ピッチを後にした。
中村憲剛
その名前を知らないフロンターレサポーターは恐らく居ない。
その存在は「川崎フロンターレ」そのものと言っても過言ではないくらいであった。
幼い頃、TVの向こう側でプレーしている中村憲剛に憧れて、同じようにボールを蹴ることに夢中になった僕にとっては「遂に来てしまった」瞬間であった。
あの日、スタジアムで僕が流した涙は純度100%の「嬉し涙」ではなかった。
色んな想いが入り混じり、ぐちゃぐちゃになった末の涙だった。
ひょっとしたら、僕以外にも同じような思いで5つ目のタイトル獲得の瞬間を迎えたサポーターも居たのではないだろうか。
嬉しいんだけど、寂しくて、でも本人はすごく晴れやかで、それがなんか悔しくなってきて・・・
それくらい、僕にとって「中村憲剛」は特別な選手であり、中村憲剛抜きで僕のここまでの人生を語ることは出来ないくらい、大きな影響を与えてもらった人物の1人であった。
大好きなヒーローがその瞬間、スパイクを脱いだ。
あれから3年の月日が経った。
2023年12月9日
あの日と同じように、川崎フロンターレは国立競技場で行われる天皇杯決勝に駒を進めた。
中村憲剛が去った後のフロンターレは、まるでジェットコースターみたいな年月を送っている。
2021年、開幕から谷口彰悟、旗手怜央、田中碧、三笘薫が揃って大暴れしていた我が軍は、ほぼ未来の日本代表であった。まさに「黄金時代」を迎えていた。
しかし、シーズン途中に中核を担っていた三笘薫と田中碧が海外へと移籍した。
それでもシーズン終盤、毎試合全力を出し切って試合終了後にピッチに倒れ込む旗手怜央、台頭した脇坂泰斗、遂に本領発揮となったレアンドロ・ダミアンらの活躍によりリーグ戦連覇を達成した。
2022年、遂に旗手怜央も海外へと旅立った。それでもキャプテンの谷口彰悟筆頭に「戦える集団」となっていたチームは若手の橘田健人、そしてこのシーズンから14番を背負った脇坂泰斗、快速ウィンガーマルシーニョらを擁して「試合巧者」へと進化を遂げた。
しかし、リーグ戦では後一歩のところで優勝を逃し2位。17年から5年連続で続いたらタイトル獲得は一旦途絶える形となった。
それだけではない。将来の中心選手候補をごそっと海外チームに抜かれた我が軍、流石にもう出せる人材は居ないと思った矢先、32歳の谷口彰悟がカタールへと移籍した。
この日から僕は「思い込み」を辞めた。そしてちょっとだけ金持ちが嫌いになった。
そんな中迎えた2023年シーズン
そりゃ苦しいに決まってるやろ!!!!!!僅か2年で何人抜かれたと思ってんだよ!!!!!!
的な、シーズンであった。
これだけ勝てなかったシーズンはいつぶりだろうか。長年このクラブに僕の人生を勝手に載せて生きているのだが、パッと「あのシーズンと同じくらい」と思い当たる節が無い。
連敗、DOGSO、ノーゴール、DOGSO、AT逆転負け、DOGSO・・・
ありとあらゆるバリエーションで負けた。上手くいっていないことが明白だから、どこかに皺寄せがやってくる。
怪我にも悩まされた。そして、体感3試合に1回くらいのペースでDOGSOに頭を抱えた。
一時は全く勝てず、一瞬降格圏も見えた。久々に味わう「苦しい」シーズンであった。
奪還を掲げて挑んだリーグ戦の最終順位は8位。
開幕前の「優勝」という明確な目標は「ターゲット」ではなく「ノルマ」という位置付けであった。
2020年、2021年と「最強」の名を欲しいままにしていたあの川崎フロンターレは、過去のものとなった。
しかし、苦しんで、踠いて、足掻いた今のフロンターレには、あの頃と違った「剛さ」が芽生えた。
プライドはズタズタに引き裂かれた。負けまくった。上手くいかないことしかなかった。そんなキツく、辛いシーズンの中で間違いなく、川崎フロンターレは進化してきた。
新しい川崎フロンターレを
負けまくっていた川崎フロンターレ。
プライドを引き裂かれ「ちょっと前は強かった」なんて、数年前の実績を過去扱いされたが今の川崎フロンターレ。
彼らに「変化」が芽生えたのは、10月くらいからだろうか。
サッカーの質は確かに、過去の方が良かったかもしれない。
タレントは、過去の方が多かったかもしれない。
それでも、今の彼らには「彼らにしか出せない良さ」がある。
全員が必死にピッチを駆け回る。
球際では、全員が身体を投げ出す。
仲間の分まで走る。闘う。
決して美しくはない。スマートでもない。
しかし彼らには「あの頃の川崎フロンターレ」になかった「剛さ」がある。
デビュー同時「上手い選手」だった脇坂泰斗は、誰よりも闘う選手になった。身体を投げ出して守備をし、試合終了のホイッスルと一緒に倒れ込む。そんな選手へと進化を遂げた。
今季からキャプテンに就任した橘田健人。今季1番苦しんだ選手の1人かもしれない。1番、足掻いて藻搔いた選手かもしれない。
シーズン途中は出場機会が無く、キャプテンマークを副キャプテンが巻いている姿をベンチやスタンドから見ている時間が続いた。
それでも、シーズン終盤にはここまで見えてこなかった「ミドルシュート」を武器として、得意の守備だけでは無くゴールも量産。
「ここぞ」という場面で数字貢献が出来る選手へと進化を遂げた。
その背中と腕章は、シーズン開幕当初からは考えられないくらい大きく見える。
昨季、出場機会が限られた瀬古樹。
出場機会を限られて腐り気味の若手に「腐ってる時間なんて無い」と語りかける。そんな彼自身が掴んだのは、正真正銘のスタメンである。
得意の縦パスをズバズバと刺すだけでは無い。今の彼は、強く、激しく、とにかく闘う。
全選手が、とにかく「剛く」進化した。
10月以降負けなしなのは、偶然じゃない。
「最強」だったあの頃のプライドをズタボロに引き裂かれた末、進化した彼ら自身の結果なのである。
「剛く信じたら 気付かない間にこんな大きな木が育ったんだよ 壁を軽く超えていて」
川崎フロンターレサポーターなら知らない人はいない、天才の種のワンフレーズ。
この歌は中村憲剛に向けられた歌だが、僕は同時に「川崎フロンターレ」に向けられた歌でもあると、そう感じた。
まさに、今のフロンターレにピッタリな歌詞だ。
壊れかけたチームは「剛く」なって帰ってきた。
闘う集団となって、再び立ち上がった。
軽く…では無かったが、彼らは超えなければならない壁を、彼らの力で超えてきた。
色々な表情があった今季を締めくくる舞台は、国立競技場。
さぁ、久々の天皇杯決勝。
涙が枯れるほど泣いた吹田
拍手でしか送り出せなかった14番
すべての記憶が、すべての歴史が、今の川崎フロンターレを作っている。
さぁ、勝って思いっきり泣こうじゃないか。
さぁ、純度100%の嬉し涙を流そうじゃないか。
さぁ、闘うヒーローを、持てる限りの全力のエネルギーで、後押ししようじゃないか。
さぁ、もう一つ。もう一つ上のフロンターレへ。
綺麗じゃない。スマートじゃない。
それがなんだ。なんだっていうんだ。
雑草の中から這い上がってきた彼らの方が、僕は輝いて見える。
7つ目のタイトルを、泥臭く獲りに行くチームを僕は見たい。
みんなで勝とう!みんなで勝たせよう!僕たちに出来る、全てのことを!みんなでやり切ろう!
でもまだその上があること、僕は知ってる。ここからなんだ。
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