1.リスタート
2021年1月4日。年末から続く寒波の中、株式会社FromTomatoの新たなシーズンが始動した。
剥き出しになった木造屋根のフレームがダイナミックに曲線を描き、ビリビリに破けたビニールが所々で強風でたなびいている。まるで現代アートのようにも見える無惨な木造ビニールハウスの上で、私は手に持ったインパクトドライバーに力を込め、木材同士を繋ぐビスを一本ずつ外しはじめた。タルキックという名前の、家屋の建築にも使われる頑丈なビスで屋根を柱に固定していたのだが、その強度にも関わらずタルキックは所々で折れており、それらを見る度に私は改めて自然の前では人間は無力だと感じていた。
日本の農業用のビニールハウスは、通常鉄製のパイプを使って作られる。パイプの直径が38mmであれば「サンパチ」、25mmであれば「ニーゴー」と呼ばれ、台風のような強風に強いビニールハウスを建てるのであれば、「サンパチ」の部材で建ることが望ましい。加えて鉄骨の柱に基礎ブロック、被覆ビニールや、それを固定するためのバンド等、その建設費は1000平米、農家は1反と呼ぶ、でおよそ1000万円にも及ぶ。
3年前、製鉄所を建設するプラントエンジニアから脱サラし、農業に参入した私は当時、この鉄製ビニールハウスの値段を高過ぎると感じ、もっと安価なハウスをと考え木造ビニールハウスの建設に踏切った。舞台大工である義兄の協力で完成したこの木造ハウスは、掘っ建て式の9cm角の柱に、垂木と呼ばれる3cm×4.5cm角の部材で作った屋根を固定するだけの簡易的な構造となっており、材料費と建設費を合わせても1反350万円程度に抑えられている。
見た目に面白いこのハウスは、地元で少しだけ話題となり、物好きな人々がよく見学に訪れ、テレビや新聞、雑誌でも紹介された。木造ハウスの隣に新たに建設した鉄製ビニールハウスは、その際知り合ったイチゴ農家、イシダファームさんから譲ってもらったものであり、この木造ハウスがFromTomatoにもたらした恩恵は非常に大きかった。
一方で、このハウスは問題も多く抱えていた。排水がうまく出来ないため、通路が水浸しになってしまう、天井ビニールが開閉できないため夏の温度が50℃近くまで上がってしまう、構造上屋根の上の通路が狭くビニール張りが危険等。
一番の問題は、前例がない構造のため園芸施設共済に加入出来なかったことである。つまり、何かあっても保険がおりないのである。
そして、不安は現実のものとなった。2020年9月に九州を襲った台風9号、10号。その強風によって木造ハウスは屋根が煽られ、柱ごと根本から引っこ抜かれ、見るも無残な姿になってしまったのである。私はこの廃墟となってしまった木造ハウスの解体中、所々に施したマジックペンのマーキングを見つけては懐かしいと思う気持ちと後悔の念に襲われていた。スモールスタートでやるべきだった、と。もっともプラントエンジニアとして、数十億円のプロジェクトに参加していた私は、建設当時この1反の木造ハウスをスモールだと感じていたので、どうあってもこの状況からは逃れられなかったと割り切る他なかった。
こうして、就農してから、現在に至るまでの経緯を振り返り、自問自答しながら解体作業は進められていったのである。