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あとほんの少しの勇気

CHOT FRESINO


 つくづく便利な世の中になったものだ。
皆さんは、ICカードなるものをご存知だろうか?

 ICカードとは、ICチップを内蔵しており、
読み取り機にかざしただけでデータのやり取りができてしまうカードのことだ。
事前にお金をチャージしておくことで、電車やバスの運賃や買い物の支払いなどに使える(コトバンク参照)非常に便利なものだ。
 特に、電車やバスなどの公共交通機関で使用している人が多いと思う。

 先見の明がある僕は、電車に乗る時に2、3度使っただけで、その使い勝手の良さから
「…こ、これは、普及するぞ…‼︎」
と思った。
 だって、いちいち切符買わんでもええし、切符どこいったっけなあ?て探す煩わしさから解放されんねんもん!!

 その日僕は、いつにも増してコンビニの買い物に気持ちが昂ぶっていた。
店内に入った瞬間から、心臓が早鐘を打った。
お店の中を3周くらいスキップでもしたろうかしらん?というような気分で買い物カゴに商品を入れていく。

 なぜなら、数日前にnanacoカードを作ったからだ。
その日まで作ってから一度も使わずにとっておいた、nanacoカードで支払いしてやろうと意気込んで来たのだ。
 なんでも、初めてを経験するのはテンションが上がるし、経験する前の自分より、数段成長できたような気がする。

 今日、初めての経験がまた一つ増えると想像しただけで、ドキがムネムネなのである。

 カゴをレジ台に置くやいなや、僕は音速の速さでnanacoカードを読み取り機にセットした。
オーケー、事前にチャージはできている。
準備は万端だ。あとは支払いのその時を待つだけだ。
店員さんは袋詰めどころか、まだバーコードを読み取っている。
 ふっ。スロー過ぎてあくびが出るぜ…。
『北斗の拳』のケンシロウみたいな顔で、心の中で思った。

 ようやく店員さんが袋詰めとレジ打ちを終えた。

「○○○円になります。」

・・・・・・・・。

 店員さんは、僕がnanacoカードをセットしているのに気づいていないらしい。
お金を出すのを待っていた。
 2人の間に2秒くらい気まずい沈黙が流れた。

「○○○円になります。ゴホンッ。」
沈黙に耐えかねた店員さんが、支払いを催促してきた。

 もーね、アホかと。こちとらテメェがレジ打ちを終える前から、nanacoカードを読み取り機にスタンバらせてるんやぞ、と。
 ニブイ店員さんだ。やれやれだぜ…。

 僕は、ブラックカードで買い物するジョワジー顔負けのドヤ顔で言ってやった。

「nanacoカードで!!!」

 すると、店員さんは驚いた顔でこう、仰った。
「うち、セブンイレブンじゃないです。」
おまけに、両手の手のひらをこちらに並べて向けて、左右に振っている。首も左右に手と同じ速度で振っていた。
 なんだかその動きに無性に腹が立った。

 …痛恨のミスだ。コンビニを間違えたようだ…。
すごい気まずい空気だ。
なんとかしなければ…‼︎
 彼なら…彼ならこの現状をおもしろおかしく好転させることができるのかもしれない…。

「でもそんなの関係ねぇー!!!
ハイッ!オッパッピー!!」

 僕にあと、あとほんの少しの勇気があれば。
その場でパン一になって、その気まずい場を打開することができたのだろう。

 ヘタレの僕には無理だった。
僕は言った。

「あっ…す、すみません…現金でお願いします…へへ。」

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