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ヒトの鳴き声
猫は「ニャー」
犬は「わんわん」
カラスは「カー」
声帯を持っている鳥類や哺乳類の多くには、大体決まった形の鳴き声がある。
昨日ふと、ヒトの鳴き声は何なのだろうかと気になった。
鳴き声の定義は何だろうか。
ある音を鳴き声とするには、まずその鳴き声が種の中で一般的であり、頻度が多いことが必要だろう。
猫はニャーとしか鳴かないわけではないが、多くの猫が頻繁にニャーとなくことから、「ニャー」が鳴き声という事になっている。
また、動物というものは無意味に鳴き声を上げることはない。
鳴き声というものには、同種との意思疎通や、敵に対しての威嚇の役割があることも重要な点だろう。
この辺を加味すると、ヒトの鳴き声というものは、「おはよう」や「お疲れ様」のような挨拶になるだろうか。
正確に言えば「おはよう」という音を出すのはヒトの中の日本人であって、ヒト全体ではない。
言語や人種によって、ヒトの鳴き声は違うという事になるのだろうか。
または、ヒトは言語の獲得とともに、鳴き声を失ってしまったのかもしれない。
そもそも、動物というものは鳴き声を発するときに、後天的に獲得した言語というものを通したりはしない。
されば、言語を獲得する前の赤ちゃんの「おぎゃあ」という声や、子供が駄々をこねるときの「あーーーーー!」という叫びがヒトの鳴き声かというと、それも違うような気がする。それは、悲しみや怒りを表現をするための「泣き声」であって「鳴き声」ではないからだ。
ここまで書いてみて、ヒトの鳴き声に当たるかもしれないものを一つ思いついた。
ヒトの鳴き声というのは、笑顔とそれに伴う「あっあっ」とか「はっは」というような笑い声ではないだろうか。
ヒトが笑う時というのは、無論ほかのヒトとの意思疎通を図っている行動であり、その笑い声というのは後天的な言語というものに支配制限されていない。
だからこそ、ヒトは笑うことが大事なのかもしれない。
笑う事は、ヒトの鳴き声である。
鳴き声をあげることは、動物本能・自分本来の開放を意味する。
鳴き声をあげることを忘れた動物は、同種とのコミュニケーション不全を来し、鳴き声をあげることによる動物的な鬱憤の発散や自分の開放といったものができなくなる。
我ながら明察な気がする。
今日も動物らしく、鳴き声をあげて生きていきましょう。
この文章に関連するような、しないような気がしますが、
私の大好きな曲を紹介して終わろうと思います。
『僕でありたい』 ハイポジ
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