コマーシャルと現代社会 第4回-ヘソから感じた消費者主義

 前回と前々回で日本の経済史とともに一気に90年代の作品まで紹介してしまいましたが、一旦時を1964年まで戻しましょう。秋頃に行われた東京五輪の興奮がそろそろ落ち着きだした年の暮れ、あるTVCMが放送されました。


 とある薬局の前にカエルの大きい置物が一体。そこへ現れたのは一人の男の子。男の子はカエルの置物を思い切り殴ります。


「何をキョロキョロしてるんだい。あれ?おめぇヘソねぇじゃねぇか。ボク描いてやる」


 そう言ってカエルの置物にマーカーでヘソを描いた男の子。カエルの置物は抵抗し、少年を殴る泥沼展開。


「おめぇ逆らうのか?よーし」


 いたずらはエスカレートし、男の子はカエルにヒゲや「バカ」という言葉を書いていきました。


「どうだ、参ったか。なんとか言ったらどうだ」


 最後にカエルは風邪薬の商品名を言いました。



 さて、このCMのシナリオを読んだ皆さんはどう思うのでしょうか。ユーモアがあると捉えますか?それとも即刻中止すべき悪質なCMと思いますか?


 このCMは大きな反響を呼びました。読売新聞社には否定派・肯定派の意見が投書で続々と寄せられ、朝日新聞社は当時の天声人語でこのCMをネタにしました。


 子供をしつけることが仕事の(当時の記事から読み取れたこの決めつけも今の社会では相当に危険です)主婦からは「子供のしつけはマスコミを含めて社会全体に責任がある」など否定の声が上がり、男性、特に若い世代からは「思いすぎ」などと肯定意見が多かったというのです。そしてそれら意見はもちろんCMを作った企業にも届いていました。


 さて、ここで考えて欲しいのですがこのCM、四ケ月間流すつもりで制作されました。こんなにも炎上していますが放送を取り下げたのでしょうか。
当然ですよね。大体予想つきますよね。ここまで騒がれたんですもの。別バージョンでは「ヘソが無い。生意気だぞ」というセリフもあり、「『ヘソがない。なまいき』ということは身障者に『手がない。なまいき』にもつながりかねません。」という指摘すらあった訳ですから当然謝罪して取り下げ…ませんでした。なんなら企業の担当者は新聞社の取材でしてやったり顔を見せ、「たしかにことばづかいは荒く、」と認めたものの放送自体は取り下げることもなかったのです(筆者が引用したYouTubeのサムネイルでは「放送禁止CM」と謳っていますが、実際は放送禁止になっていません)。


 ちなみに翌年にも例のカエルと男の子が登場するCMを制作し、男の子がカエルを殴ったあと「おい、おめぇ評判悪ぃじゃねぇか」と言い放ちました。開き直ってすらいます。


 さて、ここで注目しておきたいのは当時の企業と消費者の力関係です。この頃はお金を出すはずの消費者の方が弱い立場にありました。法律的にも消費者を保護するものはまだ無い時代。68年に初めて消費者保護基本法(04年に消費者基本法へと改正)が作られました。70年代に入ると消費者主義(コンシューマリズム)が唱えられ、企業との力関係は対等レベルになりました。そして75年にはすっかり逆転してしまったのです。それからは消費者からのクレームによる表現の取り下げ、謝罪などの対応を企業がするようになりました。ただし、クレームがあったからと言って全て取り下げるようなことは無く、例えばある病気の啓発CMに寄せられた「このCMは怖すぎるから放送を止めろ」というクレームに対して「このCMは病気に対して怖いと思ってもらう事を目的に作ったから止めない」としたケースもありました。



コマーシャルと現代社会 第5回 「は?性別で役割を決めるんですか?」 へつづく

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