コマーシャルと現代社会 第2回-〇〇〇で見る日本経済史(前編)

 景気は世界的な出来事やその国の生産の増減によって左右されます。例えば、2008年のリーマンショックは主にサブプライムローンが返済されなくなったことによってアメリカの投資銀行であるリーマンブラザーズ社が破綻したところから話が始まりました。グローバル化が進む世界において、ある国に大ダメージを与えるような毒が注入されるとその毒は国境を越えて回わり、結果的に世界中にダメージを与えることになるのです。


 戦後の日本経済史において注目すべきなのは「高度経済成長期」「バブル経済」そして「リーマンショック」です。今回は1954年~1973年頃の「高度経済成長期」をある商品群のCM映像を見ながら振り返っていこうと思います。それは「栄養剤」。実は「栄養剤」のCMは景気の変動によってそのアプローチの仕方が分かりやすいように変わります。


 1954年、日本は神武景気と呼ばれる好景気時代に突入しました。歴代の天皇や出来事の名を冠し、神武(~57年)・岩戸(58~61年)・オリンピック景気(62~64年)・いざなぎ景気(65~70年)と名付けられた時代をまとめて高度経済成長期と言います。


 テレビはデジタル放送の液晶テレビではなく、ブラウン管のアナログ放送時代。スピーカーから力強い女性の声が聞こえてきました。


「今日の疲れも アスッパラ!アスパラアスパラ アスゥッッパラ!!アァッスッパーラでやりぬこーーおっ!(ジャン!)」


 「アスパラ」という栄養剤を飲んでこの疲れを吹き飛ばし、やり抜こうと(最初は『生き抜こう』と歌っていましたが、「アスパラ」を飲みさえすれば栄養摂取はオールOKと認識されるのは薬事法に抵触すると指摘され変えたそうですが…正直『やり抜こう』でも変わらなくない?)いたって前向きな姿勢で栄養剤を宣伝していました。他社商品でも「ファイトで行こう!」や「おれについてこい」など、疲れをこれで吹き飛ばして明日も頑張ろう!と前向きなコンセプトがはっきりと伝わるような内容でした。


 しかし1973年、第四次中東戦争によるオイルショック(第一次石油危機)発生。その前にもアメリカ・ニクソンショック・ブレトンウッズ体制(固定相場制)崩壊による円の変動相場制移行があり、日本経済は初のマイナス成長を記録するほどボロボロになりました。


 相手の心が荒んでいる時、無理に元気づけようとすると、かえって逆効果になることがあります。それまで前向きに訴え続けていた栄養剤CM表現は、この局面をどうしたのでしょうか。


 その時スピーカーから流れてきたのは、弱弱しい声の「ガンバラナクッチャ~」。ブラウン管にはなんともマヌケなキャラクターがひとっつも動かないリアカーを頑張って引っ張る画が。


 精気を失って疲れ切った皆さん、どうもお疲れ様でございます。これを飲んであともうひと踏ん張り頑張ってください。どこか好景気時代の生活を思い出し、それがまた戻ってくる未来を諦めたかのようなどんよりとした空気が伝わってくるのです。


 他の商品においても景気の低迷とともに刺激の少ないソフトな広告表現になる場合があります。例えば、急に教育番組っぽい演出を始めた新型テレビのCMや紀行番組っぽい演出をしだしたウイスキーのCMなど。みんなこの悲惨な状況から現実逃避したかった、ということなのでしょう。でもここまで真逆のアプローチをするのは栄養剤だけです。そういえば栄養剤を摂る時って「まだまだ頑張るための起爆剤として」というプラスの時か「疲れた分の埋め合わせで」というマイナスの時ですものね。そういえば今の栄養剤はどちらのアプローチなんですかね?次回はバブル経済期のCMを追います。


コマーシャルと現代社会 第3回「〇〇〇で見る日本経済史(後編)」へつづく

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