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ゴブリン(群生) 「発見、目視による確認」

「見えるー?」

 寒風吹きすさぶビルの屋上。柵の上に行儀悪く座り込んで、眼鏡を掛けた少年が問うた。

「お兄ちゃんさあ、自分で見てよー」
「オメーの方が視力いいじゃん。そのオデコでピカーッと照らして見りゃいいじゃん」
「今はオデコ出てないもん!」
「あーはいはい、デコ出てない出てない」

 眼鏡の少年の隣、ショート丈のケープを羽織った少女が柵越しに双眼鏡を覗き込んで、ビルとビルの隙間の闇を凝視している。時間は夜。路地裏はより暗く、闇に沈んでいる。 

「多分アタリだと思うんだよね……動いてるし」
「そりゃー動くだろ、生きてんだから」
「そういうんじゃなくってー! ちょっと、キョウちゃんも動いてよぉ」

 呼ばれたのは別の少年だ。少女と少し雰囲気が似ている。しかし、彼は柵の片隅を熱心に見つめているばかりだ。

「ちょっと! キョウちゃん何やってんの?」
「……見て、これ。カマキリが卵産んでる。こんな寒い時期に大丈夫なのかな」
「そっちじゃなくてぇ! こっちを! 見るの!」

 少女に怒られ、少年は渋々と移動する。なんとなく被っていたパーカーのフードを外して、眼下を覗き込んだ。

「あー……いるね。一、二、三、四……」
「数、分かる?」
「多分、八体。タマちゃんの方が見えるんじゃない? 双眼鏡、あるんだし」
「うぅ……キョウちゃん、はい」

 ただ単に、上手く使えなかっただけであるらしい。少女から双眼鏡を受け取った少年は、微調整をしてから改めて路地裏を見つめた。

「うん、八体。確認した」
「真文さんにも確認してもらう?」
「一応、その方がいいんじゃないのかなぁ」

 少年と少女が話し合っている横から、眼鏡の少年が双眼鏡を奪い取り下を見る。

「んだな。ゴブリンだ。ゴブリン八体を確認。とっととケリ付けちゃった方がいいんじゃねぇの?」
「えー、でもお兄ちゃん」
「お兄ちゃん、いいの?」
「いいっていいって。つうかさ、移動される方がマズイだろ」

 二人の上着を掴んで引っ張り、柵の上に立たせる。そして。

「おし、んじゃあ行ってこい!」

 兄と呼ばれた眼鏡の少年は、二人の尻を叩いて突き落としたのだ。

「うぅわああああ!」
「キャアアアアア!」
「だーいじょーぶだーいじょーぶ、着地は任せろー」

 ビルは四階建てだ。その高さから迷いもなく落とすとは。しかし、落とされた方は「突然の出来事」に対して悲鳴を上げているだけで、実は恐怖など無いのだ。

「そろそろかな……ホイ着地!」

 下に向かって叫ぶと、二人の体は見えないクッションの上にでも落ちたかのようにふわりと浮いた。体勢を整えてからストン、とアスファルトに降り立つ。位置は丁度、群れを二人で挟む形だ。

「キョウちゃん、そっちの手前まで行くよ!」

 少女が鋭く叫ぶと同時に、片膝を付いてしゃがみこんだ。ケープに隠れていた両腕を出し、掌をアスファルトに密着させる。
 その瞬間、何か奇妙な、違和感にも似た「何か」が路面を走り抜けた。路地裏にたむろしていた異形の者達、ゴブリンと呼称された彼等――確かに、彼等は少なくとも人間ではなく、かと言って猿でもなかった――は、ただでさえ現状の把握が出来ない状態であるのに、さらに混乱することとなる。つい今しがたまで硬い地面だと思っていた部分が、急に液体へと変化したからだ。
 彼等でなくとも、そのような現象はあり得ないと分かる。アスファルトが一瞬にして液化するなど、一体誰が信じられるものか。だが、現実にそうなっているのだ。最初の数秒はまだ柔らかい程度だったが、見る間に稠度は落ちてゆく。獣のような声を上げながら、ゴブリン達は液化したアスファルトに肩までズブズブと沈む。

「もういいかな」

 今度は少年だ。腕まくりして少女と同じようにアスファルトに手を付く。同じような違和感が走り、沈んだゴブリン達が更に騒ぎ始めた。先程まではまるで液体の如く柔らかであったのに、一瞬にして元通りに硬化してしまったのだ。当然身動きは一切取れなくなる。頭部と上に伸ばした手だけが辛うじて地上に出ているので、グギャア、ゲギャアなどと耳障りな鳴き声を上げながら藻掻くがどうにもならない。
 一分未満の時間で、少年と少女はこの異形達を行動不能にしてみせた。学校帰りに本屋に寄る程度の気軽さで。


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。