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我が友、その死について 6

【前】

 ずっとエリュートにへばりついている訳にもいかない。バノンには宿の切り盛りという仕事があるからだ。故に、次に彼の顔を見たのは魔法陣の見直しから三日後であった。

「やーっとこさ自分でメシ食いに出てきやがったか」
「いや、食事のついでにね、また君に手伝いをしてもらおうと思って」
「人使いが荒いぜ」
「アハハ、そこはまあ大目に見てもらって。あ、ルービィさんもちょっと手伝ってもらいたいことが」
「ほんっとうに人使いが荒いなぁエリュよぉ!」
「アハハハハ」

 少し疲れた様子ではあったが、一応元気そうだ。だが、その元気さ加減がバノンには恐ろしかった。何を持ってそんなに陽気なのか、元気なのか。

「今日は肉が食べたいな」
「おうおう肉でも魚でも何でも食え」
「体力つけないといけないからね」

 思わずエリュートの顔を正面からまじまじと見つめてしまうバノン。満面の笑顔で返すエリュート。

「万全の態勢で臨まなくちゃ。さあ、どんな肉を食べようかな」


 食堂の客が全てはけたあと、バノンは言われた通りにエリュートの部屋へと顔を出した。先日ほどではないが床には大量の魔法陣。部屋に備え付けてある小さな机に向かって、黙々と手を動かしている。

「おい、来たぞ」
「ん、ああ、すまないね。補助系を書いてもらいたいんだ。各三十枚ほど」
「簡単に言うよなぁ、全く」

 文句を言いつつもベッドを椅子代わりに、素朴な収納箱を机代わりにして、予備用の羽ペンをエリュートの机から何本か拝借。

「どれ書きゃいいんだ」
「ええと、シールドとガイダンスとアジリティ」
「はいよ」

 そこいらに置いてある紙を適当に束で取ると、バノンは慣れた手付きで魔法陣を書き始めた。
 このようにあらかじめ紙に術式を書いておき、使用する段階になってから魔力を注ぎ込んで「補助系魔法」を発動させる。いわゆる護符。教会の提供するポーションに比べかさばらないのが利点であるが、効果を得るために魔力を注ぐという行動を挟まなければならないのが弱点だ。勿論、誤った術式を書けば発動しない。その場その場で毎回詠唱するよりは遥かに効率的であるし、気楽であるので、どの手段を選ぶかは好みであったり状況であったりで左右される。
 部屋の端には教会から購入したと思わしきポーション類も多数置いてあった。体力の回復であるとか、聖属性の関連であるとかは教会でなければ作成できない。そこの点は仕方ないだろう。

 紙の上をペンが走る音。夜の静けさの中、そればかりがかすかに空気を揺らす。
 バノンが防御の護符を書き終える頃、口を開いたのはエリュートの方だった。

「バノさん」
「なんだ」
「色々ありがとう。助かってる」
「突然なんだよ、今更だろ」
「該当人物、目星がついたんだろう?」
「まあな。目星、って程度だが」
「そうか。記録に残す必要が出てくるかもしれないものな。きちんと調べておいてくれ。僕には必要ない情報だけど」
「相手が何者か、んなこたぁ関係ねえってことか」
「そう。まさにその通り。相手が、僕の望むような相手であれば……正直、仇討ちの相手でなくともいいのさ」

 一瞬、手が止まり、静寂が訪れた。小さな溜息があって、エリュートは言葉を紡ぎ続ける。とりとめもなく。

「僕は、さ……伯父が、羨ましくなってしまったんだ」
「羨ましい?」
「ああ……伯父はね、笑顔で死んでた。今まで見たことのないような笑顔だった。切り刻まれた瓦礫の中で、首を飛ばされ、更には縦に真っ二つになった状態で、伯父は笑顔だったんだ。本当に……心底、満たされた顔をしていた。伯父は己の望みを叶えたのだと、すぐに分かった」

 レジナルド卿は確か、別宅で殺されたのだったなとバノンは記憶を引っ張り出す。遺体を発見したのが家族であるというのは、ごく自然な流れだ。

「伯父と僕は似ている。同じ望みを抱えていたんだ。全く同じ、望みを」

 羽ペンの先端が裂ける音がした。力を入れすぎたのだろう。羽ペンを取り替える間があり、だが書き進める音はせず、羽ペンの先端はインク壺の中に入ったまま、エリュートは呟く。

「伯父はねえ……父のことを羨ましがっていた。自分もあんなふうに戦って死にたいと、よく言っていたよ。ああ、僕の父は病死ってことになっているだろう? あれ嘘だ」
「おいおい、嘘なのかよ」
「邪竜討伐でね、死んだんだ。一応遺体は帰ってきたけれど……死後の魔素放出すらほとんど無いくらいに魔力を使い果たしていた。邪竜の住処も辺り一帯すっかり魔素が枯れ果てて、もう草一本生えやしない。現場を見た伯父いわく、父が全て使い果たしたのだろうって」
「無茶苦茶だな」
「だろう? 邪竜を倒したのはいいんだけど、代償として死の大地。世間体的に宜しくないってんで、病死扱いになったんだ」
「あー……よくあるやつだな。あっちこっちからギャアギャア言われるくらいなら、最初っから隠しちまったほうが早いってか」
「そうそう、それそれ。ま、名誉だとか真実だとかはどうでもよかったから、そのままにしているけれどね。そんなことは問題じゃない」

 ようやくペンを手に取る。だが、動かない。

「どうやって戦ったのか。どうやって死んだのか。いや、それすらどうでもいい。全力を出し切れたのか……これが、一番の問題なんだ。僕にとって。伯父にとって。そして多分、父にとっても」

 インクが紙にぽたり、落ちる。

「己の持てる全てを。考えうる全てを。なにもかも。父は成功した。全て出し切った。その結果、邪竜は倒された。平和が訪れた。それがいいんだろうさ、平和が一番。でもね、残された僕らは……この平和の中で願いばかりを持て余す」

 インクの染みを中心にして、エリュートは護符を書き始めた。文字と図形によって染みは元からなかったかのように馴染んでゆく。

「伯父は魔導兵団でその時を待った。結果としては惨敗さ。特に大きな事件や事故は発生しなかった。全てをぶつけても受け止めきれる相手は居ただろうけど、実行していい相手ではなかった。全力を出し切る前に終わる相手も沢山居た。そして願いが、欲望が、ただひたすらに膨れ上がる」

 一枚。もう一枚。順調に。さらさらと。

「僕はね、学府に残って、願いを叶えることはできないという証明を立てようとしたんだ。そうやって諦めようとした。思い描くことはただひたすらに荒唐無稽で実現できない。現実を己に突きつけて、きれいさっぱり忘れようとした。夢は夢でしかない。叶わない。でも」

 描かれた円が閉じる。

「伯父は、叶えた。己の全てを出し切った。それを受け止められる相手に出会った。受け止めて、返してくれる相手に。全力を発揮できる場に。その機会に」

 バノンの手も止まっていた。エリュートの背中を見つめて、何も言えずに。

「殺し合いがしたいんじゃないんだ。それだったら傭兵団にでも入ればいい。一方的な虐殺がしたいわけでもない。そうしたいのなら騎士団にでも入って辺境警備で弱い魔物を殺せば済む話だ。そうじゃない、そうじゃないんだ……」

 深い深い溜息があり、エリュートの背中は小さくなる。

「狂人だという自覚はある。闇雲に暴れることもできない、ひどく臆病な狂人だ。一笑に付されるだけの……でもね、バノさん。せめて、バノさんだけは覚えておいてくれないか。僕のような滑稽な奴がいたってことをさ」

 くるりと振り向いたエリュートの顔は相変わらず少し幼くて、学府にいたころから全く印象が変わっていない。

「ああ、覚えておいてやる。任せとけ」


 翌朝、エリュートは宿から姿を消していた。


【続く】

恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。