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04-5

「しかしだな、ええと、どうすればいいんだ?」
「今の状況のありがたさをとにかく噛み締めろ。目澤にはそれが限界だ」
「限界」
「俺らが何言っても駄目だってのは、昔から分かっちゃいるしな。だが極度の朴念仁だけは許さん」
「極度」

 まるで状況が分かっていない目澤にとって、何を言われているのかすら分からないのが本音であるが、中川路が手を緩めてくれたのはさすがに分かる。
 塩野も頭を押さえつけるのはやめてくれたので、ようやっと背筋を伸ばすことができた。

 腕を組み、首を少しかしげて、目澤は考えた。

「謝罪した方が、いいかな」

 もう一発チョップが飛んできた。やはり塩野の仕業であった。

「旦那は分かってないニャル! 全くもって分かってないニャル! その女の子は……」

 両手をバタバタさせて力説を始めようとした塩野であったが、何かを悟ったような微笑みの中川路に制止されて口をつぐんだ。

「おやめ。諦めましょう。諦めて、ただ穏やかに見守りましょう」
「川路ちゃんが悟り開いちゃったニャル」

 ここでふと目澤が時計を見る。そして思い出した。

「いかん! 会議!」

 会議五分前である。目澤は転げ落ちるようにテーブルを離れ、そのまま食堂の出口へと走って行ってしまった。
 後に残された中川路と塩野は、ため息混じりにヘラリと笑う。

「ま、様子見だな。塩野はどう思う?」
「昨今の女子大生と比べると、生真面目っていうか、多少? 朴念仁要素アリだと思うんだよねーみさきちゃんって。だから、まだしばらくは生暖かく見守っていたいって言うか」
「観察したい?」
「イエース」
「酷いなお前」

 すっかりぬるくなってしまった水を飲み干して、中川路は三人分のコップを重ねてしまう。

「ところで、塩野はいつから気付いてた?」
「んー?」
「相手が加納先生の娘さんってところだよ」
「ああ、それね。こないだ見たって言ったじゃん。病院まで届けに来てたんだよね、みさきちゃん。んで、あぁー加納センセイんとこの娘さんだーって」

 立ち上がり、すっかり真っ平らになってしまった尻を叩く塩野。ついでに背中も伸ばし、肩を回す。

「さぁて! 甘酸っぱい話で春っぽさを満喫したから元気になった! 午後のお仕事がんばるど」
「頑張りましょー。春だからな」

 二人も去って、ようやっと食堂は静かになった。

 次に動きがあるのはしばらく後の話である。

                      04 中年と手作り弁当 終


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。