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05-1

 簡素な会議机の上に、四段の重箱が二つ。大量のおにぎりが入っている大きいタッパーが二つ。
 重箱の中には惣菜がぎっちりと詰められており、その美しさと迫力は広告の撮影用かと思う程だ。
 
 実際、佐伯は思わずスマートフォンで写真を撮ってしまったし、豪徳寺は至近距離でおにぎりを凝視している。

「良かったら皆さんで食べて下さい」

 大量の食料を運び込んだ張本人である網屋は、風呂敷を畳みながら同好会のメンバーに勧めた。

「相田はこれな」

 スーパーの袋に入った巨大な塊を受け取った相田は、取り出してようやく、それが見たこともない程大きい一個のおにぎりであることを知る。

 修理した車の回収と代車の返却、料金の支払いと、もろもろの用事を済ませに再び同好会のガレージへやってきた網屋は、「実費だけでは悪いから」と、問答無用で差し入れを持ってきた。
 明らかに相田を基準として考えられた物量である。

「おにぎりはこっちから、かつお梅、昆布、鮭、醤油の焼きおにぎり、チーズと大葉とハムの混ぜ込み、ランチョンミートの薄焼き卵巻き。梅、苦手な人いる?」

 全員が頭を横に振る。

「おお良かった。苦手な人いたら悪いなーと思ってたのに、つい握っちゃったもんだから」
「分かります」

 と、みさきがやたらと力を入れて相槌を打ってきた。

「梅干しのおにぎり、作っちゃいますよね」
「つい、ね。後から、あ、しまったって思うんだけどね」
「梅と言ったら、こちらの手羽元は梅煮ですか?」
「そうそう。作るの簡単だよ」
「えっ、作り方を知りたいです、是非」
「鍋にひたひたくらいの酒を入れて、梅干し入れて、煮るだけ。俺は手羽元五本に梅干し三つくらいにしてる。二十分も煮ればOKかな」
「なるほど。勉強になります」

 主婦のような会話をしている二名を、相田を除く全員が奇異の視線で見つめる。相田は勿論、巨大おにぎりの攻略に集中していた。

「あ、沢庵出てきた」

 この場にいる全員の好き嫌いに抵触しなかったことに胸を撫で下ろす網屋。前回と人数が変わらない事に気付き、素直に聞く。

「ここの同好会って、これで全員?」
「ですね。四年が四人と三年が一人、以上です」
「一・二年はいないんだ」
「まぁ、大抵は自動車部行きますからね」

 答えた後、自嘲気味に笑う佐伯。

「うちは派手なことしない主義なんで。な? ヨネやん」

 豪徳寺は黙って頷いた。この会長が喋らないので、佐伯は後を続けた。

「学生レースにも出ない、速度を追求する訳でもない、誰かと競うこともしない。そうするとまあ、こんなのばかりがふるいに掛けられて残るってな具合です」

 椿が弾かれたように笑う。

「競うのは、然るべき場所で。ねぇ?」
「なるほど」
「で、この子は私が巻き込みました。幼なじみなんで」
「巻き込まれました。楽しそうだったので」

 肩を組む椿とみさき。姉妹のようにも見える。
 そんな中、

「お、焼き肉出てきた」

 相田はおにぎりを食べていた。網屋から哀れみの視線。

「お前は変わらないなぁ相田。んまいか?」
「うんまいです。おかずとか残ったら俺もらっていいですか」
「馬鹿、残ったら分配して持ち帰ってもらうんだよ馬鹿」
「えー」
「えー、じゃないよ馬鹿。何のためにそんなデカイの握ったと思ってんだ馬鹿」
「じゃあ夕飯作って下さいよ先輩」
「え、何その流れ不自然じゃね? おかしくね? 馬鹿なの? ねえ馬鹿なの?」

 ありとあらゆる隙間に馬鹿を挟みながら罵る網屋に食い下がる相田。そんな二名を眺めながら突然「夕飯かぁ……」と呻くみさき。さらにそれらを眺めながら無言で食べる豪徳寺。

 最終的にはひとつ残らず食料は食い尽くされ、相田の思惑は露と消えた。


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。