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小説版禍話03「赤い女のビラは探すな」

 赤い女、という話がある。
 おそらく、赤い服を着た女をモチーフにした怖い話は古今東西に様々なパターンが存在するだろうが、私達の間で話題になっているのは「赤い女に気をつけてください」という内容のビラがポストに投函される、という話だった。
「そのビラ、実在すると思います?」
 サークルの飲み会で、その赤い女の話をしていたら、ひとつ下の山口という男子がヘラヘラとそう言った。
「いやーどうだろうね、でもエリア的にはこの辺って話なんでしょ?」
 山口の同級生の、たしか高橋さんという女の子がそう返す。
「俺、探してみようかな」
 ねえ先輩、と私に水を向けてくる。どうかな、みんな捨ててるんじゃない? とか適当なことを言って、その話題はなんとなく終わった。
 二週間くらいして、グループLINEに山口の投稿があった。
『赤い女のビラ、手に入れました!』
 その話を一緒にしていたメンバーからすぐに返信が来る。
『まじ?』
『どこで見つけたの?』
『特別なルートで入手した』
 なんだよ、特別なルートって、と通知を見て笑ってしまった。
『今度見せますよ』
『えーいいよ、捨てなよ』
『俺ちょっと見たいかも』
 そのコメントを最後に、スマホはぶーぶーと震えるのをやめた。
 
 次の日から、山口は大学を休んだ。二日経っても三日経っても出てこないから、同級生が電話をしてみたが、出ない。家にまで行ったらしいが、チャイムを鳴らしても返事がなかったという。
 山口は私に妙に懐いてくれていたから、心配でLINEや電話も何度かしたが、やはり既読はつかず、電話にも出なかった。
 ところが、山口が休んで一週間くらい経った平日の夜、深夜二時を回った頃、電話が鳴った。山口だった。慌てて通話ボタンを押す。
「山口、あんた大丈夫なの!?」
「いやぁ、あれ読み方があったんですねぇ」
 ――は?
 開口一番、会話が噛み合わない。山口は私の言葉など全く聞いていないようで、妙にのんびりした口調で勝手に話を続ける。
「あれ、特殊な読み飛ばし方をしないといけないんですよ」
「ん、山口、何言ってんの?」
「いやね、特殊な読み方があることに気がつきました。行ったり戻ったりするんですよ」
 行ったり戻ったり、行ったり戻ったり――山口はそのフレーズを何度も繰り返す。正直、不気味に思ったが、体調を崩して意識が朦朧としているのかもしれない。
「ねえ、大丈夫? 大学も来てないし、バイトも行ってないんでしょ? みんな心配してるよ」
「でも先輩にはね、お伝えします。あのビラに書かれていたことを」
 山口の語気が強くなる。なんだか興奮しているようだ。
「いや、それはいいからさ。今家にいるの? 家で寝てるとかなら、明日にでもみんなで行くからさ、ドア開けてよ」
「あのビラにはこう書かれていました」
 私の話にかぶせるように山口は言って、そして叫んだ。
 
「タ ス カ ラ ナ イ !」
 
 それは、山口の声じゃなかった。
 どう聞いても、中年女性の金切り声だった。
 元々声の低い山口には、絶対に、出せるわけもない声。
 ぶつり、と電話が切れた。
 あまりの異様さに、これは何かやばいことが起きているのではないかと思って、グループLINEに声をかけた。幸い、こんな時間まで大学近くで飲んでいるのが何人かいたので、その居酒屋まで走って行って、事情を説明した。
「え……」
 話し終わると、それまで盛り上がっていた子たちもシンと静まり返って、まるでお葬式になってしまった。
「行くんですか、山口んとこ……?」
 一人が恐る恐るといった様子で口を開く。いかにも行きたくない、と全身から拒絶のオーラを出していた。
「でも、なんか病気でおかしくなってるとかだと……ほっといて大事になっても嫌だし、お願い」
 手を合わせてそう頼み込むと、みんな渋々ではあるが、一緒に行ってくれることになった。
 山口のアパートについたら、前にパトカーが停まっていた。思わずみんなで顔を見合わせる。おそらく、みんなが同じ、嫌な想像をした。
 遠巻きにながめている野次馬のおばさんに声をかけた。
「あの部屋の人が、変な声上げて飛び出していっちゃったんだって」
 それで、今警察がその人探してるみたい、とおばさんが指差したのは、案の定山口の部屋だった。
 別のメンバーが警官に、いなくなったやつの友達ですと言って話を聞いていた。それによると、部屋の窓ガラスは内側から割られていて、部屋の中に、ビリビリに破ったビラのようなものがあったらしい。その紙片はどうも一部分で、ビリビリに破ったうちの半分くらいをひっつかんで、山口は出ていってしまったようだ。
 その日はなにも出来ず、私達はただ山口の部屋を外から眺めて、しばらくして各々自宅へを返った。
 
 その後、山口は見つかった。でも、見つかったという報告が警察からあっただけで、結局、大学には戻ってこなかった。

※本作品はツイキャス「禍話」より「THE禍話 第20夜」に収録の「赤い女のビラは探すな」の話を小説風にリライトしたものです。
http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/581754361

また、「赤い女のビラ」の話はこりんさんがリライトされているので合わせてお読みください。
https://note.com/korin_0411/n/nb25b78b7677f

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